ブリオウェル星系の戦い
貴族連合領深くに侵攻したヴァレンティア艦隊は、ノルマンディー星系駐屯艦隊を壊滅させた後、計5つの星系にて貴族連合軍艦隊と交戦し、その全てに勝利していた。
5つ目の勝利に勝ち取り、戦場より艦隊が離脱した頃。
旗艦ヴィクトリーの格納庫に帰還したパイロット達は、多くの整備兵から歓呼の声をもって迎えられた。ラプターEXから降り立ったジュリアスは無邪気に手を振ってそれに答える。
そんな彼の下にネーナが駆け寄る。
「大将! 軍医がお待ちです! すぐに医務室に行きましょう」
「え~! また診察かよ。ったく。俺は健康体なんだから別に良いだろう」
「ダメです! ラプターEXはパイロットへの負担を一切考慮していない機体だから、帰還後は必ず軍医の診察を受けるように、と言われているでしょう! それに軍医からは極力休息を取って体力を付けておくようにと言われているのに、ずっとお仕事ばかりされてほとんど休んでいないでしょう!」
「うッ! そ、それは、まあ、一応、副司令官と師団長の立場もあるからな。ただのパイロットってわけにもいかないのさ」
「では、次からはその立場に相応しい振る舞いをして下さい。帝国軍大将が自分で戦機兵に乗って出撃するなんて極めて異例だと伺いました」
「え!? い、いや。でも、これは俺の考えた作戦だ。他人に任せるわけにはいかないんだよ!」
「なら診察を受けて下さい。さ!行きますよ」
「は、はい」
ネーナに言いくるめられたジュリアスは、その足で医務室へと向かった。
そこで軍医からこれまでの4度の戦いの後にも行なったものとまったく同じ診察を受ける。
「お身体に特に異常は見つかりませんので大丈夫かと思います。しかし、それとは別に少しお疲れのご様子が見て取れます。パイロットというのは非常に体力を使うものですから休息を充分に、とはいかないでしょうが、もう少しお身体を労わって下さい」
診察の後、ジュリアスはこのような診察結果を告げられた。
この結果を聞いたジュリアスは身体に異常は見つからなかったという一文だけ受け取って、その後はまったく意に介していない風だった。事実、その後もジュリアスは副司令官と師団長の職務に精励していた。
横でネーナに部屋で休むようにと怒鳴られながら。ネーナもジュリアスを心配していたのだ。戦機兵部隊は負担軽減のために二分してこれを交互に出撃するという形式を取っていたが、ジュリアスは最高指揮官だからと言って全ての戦いに参加しており、単純に考えても他のパイロットに比べて倍の時間を戦っている。
そんな状態で副司令官と師団長の職務を果たしていては身体を休める間もなく、疲労は溜まる一方だった。
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ヴァレンティア艦隊は貴族連合軍の艦隊が駐屯しているブリオウェル星系へと進出した。
今回もこれまでと同様、連合軍の不意を突く事には成功したのだが、今回は戦艦8隻、巡洋艦11隻とこれまでにない大規模な艦隊だった。
この星系は最前線の各星系と後方を繋ぐ戦略的に重要な位置なため、それだけ配備されている艦隊の規模も大きかった。
その様を旗艦ヴィクトリーの艦橋で確認したトーマスは「これまでみたいに先制攻撃で敵を倒すってわけにはいかなさそうだね」と言う。
「そうだな。流石のラプターでもあれだけの数は仕留め切れん。今回は艦隊からの援護射撃に期待させてもらうよ」
「ってジュリー、また出撃するの!?」
「何を驚いてるんだよ?当然、出るに決まってるじゃないか」
「……で、でも、大丈夫なの?流石に疲れてるんじゃない?」
トーマスは心配そうな表情でジュリアスに言う。しかし、トーマスには次にジュリアスがどういう返事をするかおおよその見当がついていた。
「俺がこのくらいで疲れるわけないだろ! トムは心配性だな~」
予想通りの返事にトーマスは溜息を吐く。
「君が自分の事に無頓着過ぎるんだよ。僕はともかくネーナちゃんがどれだけ君の体調を心配してるのか知ってるかい?」
「うぅ」
今は所用で席を外しているネーナだが、つい先ほどまでも休息を取るようにと散々叱ってきていた彼女の名を出され、ジュリアスは言葉を失う。
「こ、この計画を考えたのは俺なんだぞ。その俺が兵士達に戦わせて自分が後ろにいるわけにはいかないだろう」
「その考えは立派だと思うけど、それで倒れたりしたら、皆の笑い物だよ」
「大丈夫だって!」
結局ジュリアスは、トーマスの説得を軽くあしらって今回も意気揚々と出撃していった。
だが、トーマスもただジュリアスに屈したわけではない。護衛に1個小隊を付けて決して突出し過ぎない事や無理をしない事などを約束させた。
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このブリオウェル星系に駐屯している連合軍艦隊を指揮しているのは連合軍中将モーリス・マクマオン伯爵。彼は今だヴァレンティア艦隊の接近には気付いていないものの、帝国軍の電撃的侵攻からこの星系に敵が進出するのも時間の問題と考えて、既に警戒レベルを上げて索敵に細心の注意を払っていた。
その甲斐もあって彼の旗艦であるマジェスティック級宇宙戦艦マジェンタに敵影発見の報が届く。既にかなりの近距離まで迫っていたものの、ステルス機能で身を隠している敵編隊を攻撃前に発見できた事は充分な成果と言える。
「全戦機兵を出撃! 敵はバーミンガム星系にいた新型機かもしれんぞ。油断するな!」
マクマオン伯爵はウェルキン侯爵の指揮下でバーミンガム星系の戦いに参加した経験を持つ提督だった。それだけに帝国軍のラプターの脅威は身をもって体験しているのだ。
ウェルキンには劣るが、高い能力と実績を持つ彼は、伯爵という実家の力も手伝って29歳で中将という地位を得ていた。しかし、バーミンガム星系の戦いでの敗戦の責任を問われてウェルキン同様に左遷されて、今では辺境の後方基地の駐屯艦隊司令官に回されていた。そんな中で訪れた汚名返上の好機を逃すまいとマクマオン伯は戦意を一気に高める。
戦艦の装甲をいとも簡単に突き破ってしまう強力なビーム砲を持つラプターを艦隊の間近にまで引き込むわけにはいかない。そう考えたマクマオン伯はシュヴァリエ部隊を艦隊の前面に展開して敵を食い止める手に出た。
やがてシュヴァリエ部隊とラプター部隊の戦闘が始まるが、その戦いはあまりにも一方的な展開となる。ラプターのあまりのスピードと機動性にシュヴァリエはまったく追いつけなかったのだ。元々シュヴァリエはセグメンタタに比べると火力・防御の2つを重視して機動性を犠牲にしている。
しかし、ラプターと比べると火力は当然遠く及ばず、防御性能もラプターのビームランチャーの前では紙切れ同然。この状態で機動性に大きく劣るシュヴァリエはラプターの動きに付いていく事すらままならない。
極端な言い方をすれば、ラプターの動きの前では、シュヴァリエはまるでスローモーションで動いているかのようだった。
この戦況を旗艦より見守っていたマクマオン伯は舌打ちをした後に指示を下す。
「止むを得ん。戦機兵を全て呼び戻せ。艦隊の対空砲火と合わせて、強固な弾幕を張り、敵機を撃退するんだ!急げ!」
マクマオンの判断により艦隊と戦機兵の連携による強固な弾幕は、ラプターの攻勢を艦隊に呼び込むリスクこそあったものの、ラプター部隊も容易に艦隊には近付けなくなった。
「よし。敵の攻勢が止まったぞ。このまま敵を押し返せ!」
このまま反撃に転じよう。そうマクマオンが思う一方で1つの不安要素があった。それは敵艦隊の所在である。戦機兵だけで恒星間航行を行なうのは技術的に不可能というわけではないが、実戦の運用にはまだまだ課題も多く、母艦による運用が基本となっている。そのため、この星系に戦機兵による奇襲があったという事は、近くに母艦がいるという事だ。では、その母艦は今どこで何をしているのか。なぜ戦闘に参加しないのか。マクマオンはそこが気になってならなかった。
その時、索敵オペレーターが慌てた様子で声を上げる。
「は、背後に敵艦隊!」
「何! 回り込んだのか!?」
驚く間にその艦隊より無数のエネルギービームが飛来する。
その内の1つがマジェンタに被弾し、艦全体に強い衝撃が走った。
「さ、左舷に被弾!」
「損傷軽微! 戦闘及び航行に支障ありません!」
「ですが提督、このまま敵艦隊に背を向けたままでは我が艦隊は全滅します」
「分かっている! だが……」
ここで陣形を組み直そうとすれば、正面の敵戦機兵部隊の攻撃を許して艦隊は結局全滅させられる。それが分かっているからこそマクマオンは決断し損ねた。
その間に、艦隊陣形が僅かに崩れ、その隙を突いてジュリアスの乗るラプターEXが弾幕を突破してマジェンタの懐近くにまで迫る。
「て、敵機、急速接近!」
「迎撃せよ!」
「間に合いません!」
次の瞬間、マジェンタの艦橋はラプターEXのビームランチャーから放たれた高エネルギービームに焼き尽くされて消滅。マジェンタは程なくして撃沈され、ブリオウェル星系駐屯艦隊は司令部を失ってしまう。
指揮機能が麻痺した連合軍艦隊は、正面からラプター部隊、背後から帝国軍艦隊の挟撃を受けてあっけなく壊滅した。
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敵艦隊壊滅の報告を、ヴァレンティア艦隊旗艦ヴィクトリーの艦橋にて聞いたクリスティーナとトーマスは安堵の息を漏らす。
「どうにか圧勝で勝てましたね。しかし、戦機兵部隊にもそろそろ損害が目立ってきたような気がします」
「うん。まだ詳細は不明だけど、こっちで確認できた数だけでも16機は撃墜されたみたい」
「……16機、ですか」
クリスティーナは苦々しい表情を浮かべる。
全体数に比べれば、たかが16機。しかし、孤軍奮闘する中で最新鋭機を16機も失ったのは惜しい痛手である。
「これまではこっちが圧勝で勝てていたから良いけど、これからはこっちの損害も増えていくと考えた方が良さそうだね」
「ええ。我が艦隊の攻撃目標はあと3つ。このまま一気に乗り切れると良いのですが」




