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戦火に焼かれる銀河

 ヴァレンティア艦隊がノルマンディー星系に出現し、現地の駐屯艦隊を全滅させた。更にヘンリー・ガウェイン上級大将率いる第1総力艦隊を主軸とした帝国軍本隊がノルマンディー星系に侵攻。それに呼応として周辺星系の帝国軍前線部隊も貴族連合領への侵攻を開始。


 これ等の事態は、惑星エディンバラの貴族連合執政官アーサル公爵の下へすぐに報告された。

「くそッ!帝国軍め。アンダストラを討った勢いで我等を潰しに掛かってきおったか」

 帝国軍の攻勢自体は、予想外の展開というわけでもなかったので、その意味ではアーサルは冷静な方だった。

 しかし、ノルマンディー星系駐屯艦隊が数分間の戦闘で全滅したという報告には流石に驚かされた。

「まったくケッセル提督も不甲斐ない」


「戦死者をどうこう言っても仕方ないでしょう。問題はこれからどうするかです」

 そう言うのは財務官コルベールだった。


「分かっている。だが、これほどの迅速な侵攻となると、もはや最前線で食い止めるのは困難だろう。敗残兵と周辺部隊を全てアンウェルス星系にいるトラバース提督の下に集結させるべきと思うが?」


「そうですな。それが宜しいかと」


 しかし、彼等は知る由も無いが、今とほぼ同じ時刻に、アンウェルス星系はノルマンディー星系を離れたヴァレンティア艦隊の襲撃を受け、現地の駐屯艦隊もあっさり壊滅。トラバース提督も戦死してしまった。

 後にこの知らせを受けたアーサルは即座に命令の撤回と再集結の星系の指示を出すのだが、これが却って各部隊に混乱をもたらし、前線で戦う各部隊の足並みを乱して帝国軍を利する結果となってしまう。だがその後の話である。


「それにしても帝国軍の侵攻がこの規模で留まるとは思えません。もっと大規模な侵攻計画が背後に控えているのではありませんか?」


「つまり帝国軍は、この勢いで一気にエディンバラへと兵を進めようとしていると言うのかね?」


「最悪の事態も想定しておく必要があるかと」


「ではどうせよと?」


「謹慎処分にしているウェルキン提督に艦隊を返して迎撃に向かわせてはどうでしょうか?」


「……だが、失敗続きの彼をこれ以上許しては他の諸侯の示しが付かん。流石の私も庇い切れん」


「ですが全力を出して応戦すべき状況と考えます。如何に彼は連敗続きとはいえ、彼を超える指揮官は我が連合軍にはおりませんからな」


「ではモンモランシー提督にやらせよう。彼も先の戦いでは失敗しているが、まだ汚名返上の機会を与えても良かろう。それに奴は守勢に定評のある男だ」


 コリントス軌道上の戦いで大敗を喫したジラード・モンモランシー中将は、その後辺境の防衛戦線に回されて不遇を託っていた。ウェルキンと違って平民出身の彼は失敗しても庇ってくれる有力な後ろ盾がいなかった事が災いしたのだ。


「それも宜しいでしょう。では、彼に帝国軍の進撃の足を止めさせている隙にウェルキン提督に敵の背後を襲わせる、というのはどうです?上手く行けば敵軍を一気に殲滅できますよ」


「……なるほど。よし、そうするとしよう」


 こうして、ウェルキンとモンモランシーの両提督による反抗作戦が決定した。

 しかし、その行動は迅速さを欠いていた。元々最前線から遠く離れたエディンバラに、最前線の戦況が伝わるのには若干のタイムラグがあり、アーサル公はリアルタイムで戦況を把握できているわけではない。人の頭ではとても理解できない位の広大さを誇る銀河系を横断して情報を届けるのには、どんな高性能の光速通信機器をもってしてもリアルタイムでというわけにはいかなかった。

 このタイムラグの間に、電撃戦を仕掛ける帝国軍は尋常ではないスピードで艦隊を展開したため、連合軍としては打つ手の全てが後手に回る事を余儀なくされてしまった。

 それもありこの後、帝国軍の迎撃を委ねられたウェルキンとモンモランシーの両提督は、アーサル公に自分達の作戦指揮に口出しをしないようにと要請を掛けてそれを承諾させた。




─────────────



 宇宙機動要塞ニヴルヘイム。天体規模を誇るこの要塞は今、帝国総統ローエングリン公爵を迎え入れて、ノルマンディー星系近くの星域にまで進出していた。

 ローエングリンは今回のバルバロッサ作戦の指揮を前線近くにて直接指揮を執るために、ニヴルヘイムに“総統大本営”を設置したのだ。

「ガウェイン提督の艦隊はノルマンディー星系を完全制圧して次の目標へと進軍を開始しました。周辺の前線部隊もこれに呼応して進軍を始めました」


 中央指令室にてボルマン少佐の報告を受けたローエングリン公は「まずは順調な出だしだな」と満足そうな声を出した。


「はい。貴族連合軍は今だにヴァレンティア艦隊を捕捉する事すらできていないようで、我が軍の作戦行動に完全に後手後手に回っています」


「ふん。旧時代の一撃離脱戦法並みの攻撃で艦隊が全滅させられ、その後ろから大艦隊が迫ってきたとあってはその奇襲部隊がどこから現れて、どこへ向かったかなど気にしている余裕は無いだろうからな。だが、シザーランド大将の提唱した電撃戦の短所は時間が経てば経つほど如実に現れる。真に警戒すべきはここからと言ったところか」


「では、計画を早めて第2陣を投入しますか?こちらが戦線を拡大してやれば、敵軍の目は必然的にそちらへと向きます。それは結果的にヴァレンティア艦隊から敵の目を逸らす事になりましょう」


 僅かな時間悩んだ後、ローエングリンは「そうしよう」とボルマンの意見を聞き入れた。

 第2陣は、ヴァレンティア艦隊及びガウェイン提督の第1陣よりも更に広範囲に艦隊戦力を展開して侵攻させる。これにより貴族連合軍を混乱させて、戦線を一気に押し込むのだ。


「それからニヴルヘイムをノルマンディー星系まで移動させろ」


「え? 宜しいのですか?あまり突出させ過ぎない方が良いかと考えますが?」


「構わん。敵にもこの要塞をよく見せてやった方が牽制にもなるだろう」


 ニヴルヘイム要塞の防空網は鉄壁であり、下手に敵が近付いてくるものなら、それはむしろ絶好の獲物でしかない。敵中に突出し過ぎるのは流石に問題だが、敵によく見える位置に出る事は敵を心理的に追い詰める効果も期待できるとローエングリンは考えたのだ。


「このまま戦線を広げていけば、連合軍としては選択を迫られるだろう。守りに徹するか退いて態勢を立て直すか、と」


「総統閣下としてはどちらを選択してほしいとお考えですか?」


「どちらでも構わんさ」


「と言いますと?」


「考えてもみろ。今の貴族連合の財政状況を思えば、これだけの戦線を維持するのは重荷以外の何物でもない。奴等が今の戦線を維持しようとするなら、奴等は自分で自分達の首を絞めるようなものだ。どうせ長期に渡って戦線を維持するのは不可能だろう。だが、こちらは少々事情が異なる。大貴族どもから接収した莫大な財産のおかげで財政は一気に黒字に転じたからな。多少の出費は問題にもならん」


 ローエングリンは優れた戦略眼の持ち主であり、それは戦略家としては申し分ない力量だろう。しかし、彼の性根は軍人ではなく政治家だった。そういう意味では、ローエングリンは戦略家というよりは大戦略家と言った方が適しているかもしれない。

 彼は貴族連合を経済的に追い詰めてから、この作戦を仕掛けたのだ。


「まったくご主人様は性格が悪いですねえ」

 そう言ってローエングリンの奴隷エルザが姿を現し、主人の前に高価なティーカップとして注がれた紅茶を差し出す。


「己の出世と保身のためだけに兵士を死地へ送るような大貴族より私の方がずっと善良というものだろう」

 そう言ってエルザが用意した紅茶に口を付ける。


「それより総統閣下、先ほどの話ですが、連合軍が徹底抗戦を挑んできても良いというのは分かりましたが、撤収しても良いというのはなぜなのでしょうか?」


「敵が一ヶ所に集まると言うのなら、こちらも銀河系各地に展開した部隊を全て集結させられる。それに敵が集まったところを、この要塞のギガンテス・ドーラで打ち滅ぼす事もできよう」


「なるほど。流石は総統閣下です」

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