バルバロッサの軍靴が鳴り響く
銀河帝国軍ヴァレンティア艦隊は、帝都キャメロットを出撃した。対外的には新たに配備されたラプターMk-IIの慣熟訓練という名目ではあったが、この瞬間を以って貴族連合領侵攻作戦『バルバロッサ作戦』が発動となる。
出撃して3時間後、クリスティーナは艦隊の高級士官全員を旗艦ヴィクトリーに召集した。この出撃がバルバロッサ作戦の序章である事は艦隊将兵にも伝えられていたが、作戦の具体的な内容については情報漏洩の可能性を避けるために伏せられており、その説明を行うためである。
集まった将官達には、この作戦の詳細を立案したジュリアスが説明を行なった。
「俺達はこれから通常航路を外れて、敵の索敵網を回避しながら前線拠点の要所ノルマンディー星系を強襲し、現地の敵戦力を駆逐する。その足で俺達はそのまま貴族連合領に侵攻して敵を倒して倒して倒しまくる。惑星の制圧やその他諸々は全部後続艦隊に任せておけば良い。何も考えずに突っ走れば良いんだから楽なものだろ」
冗談めかしたジュリアスの言葉に将官達は思わず笑みを零す。
「貴族連合領に入っても、通常航路を使わなければ、敵はこっちを捕捉するのは難しい。加えて後続艦隊が一気に前線を圧迫すれば、敵軍としてはそちらへの対応を優先せざるを得んだろう。とてもちょろちょろ動き回る俺達に対応している余裕は無いだずだ」
敵に反撃の隙を与えずに一気に戦線を押し込もうというのが、このバルバロッサ作戦の基本である。ヴァレンティア艦隊が敵拠点の機動戦力を駆逐し、戦力が半減したところを後続艦隊が叩いて制圧する。
ジュリアスの話を聞き、艦隊参謀長のトーマスは大きく溜息を吐く。
「何が楽なもの、だよ。通常航路を離れて一体誰が道案内をすると思っているの?」
「う! そ、それは、我等が信頼する参謀長殿に決まってるじゃないか!」
「まったく」
今回の作戦に先立って、トーマスはナビコンピュータを用いずとも目的地に到着できるよう連日不眠不休で航路作成に従事していた。無論、最終的な調整はその時にならないとできないのだが、事前にできる事は全てやり切って、少しでも精度を上げておきたかったのだ。迅速さが問われるこの作戦では、1回のワープミスによる遅延は致命傷となりかねないから。
自分の苦労も知らないで、この副司令官殿は何を呑気な事を言っているのか、とトーマスは拗ねてしまった。
「い、いや~。頼れる親友を持てて俺は幸せ者だよ!あはは!」
ジュリアスの笑い声を聞くとトーマスは再度溜息を吐いた。
「まあ、2人の役に立てる事なんてこのくらいしかないんだから。別に良いんだけどね」
実戦ともなれば、ジュリアスは持ち前の行動力と発想力で部下達をぐいぐい引っ張っていく。クリスティーナも優れた統率力で司令官としての務めを充分に果たす。それに対してトーマスは特にこれと言って貢献できる事がない、と自分の事をやや自虐的に見ていた。
「何言ってるんだよ!! こんな緻密で気の遠くなるような作業、誰にでもできる事じゃないだろ! 少なくとも俺なら途中で投げ出してるね! だからこの作戦はトム無しが成り立たないんだよ!」
やや怒っている風な口調で荒い声を上げるジュリアス。
ジュリアスの思いをトーマスは、表情が一転して晴れ晴れとしたものになる。
「ジュリーのそういうところには頭が下がるよ」
「ど、どういう意味だよ?」
「別に何でもないよ。それじゃあ僕は僕にしかできない職務に励むとするよ」
「おう! 期待してるぜ!」
そう言ってジュリアスが見せた笑みは、トーマスだけでなくこの場に集まっている高級士官の心を和ませ、戦意を大きく向上させる。ジュリアスのやや無鉄砲な所は、彼の無邪気で気さくな人柄と相まって、部下達に母性本能をくすぐられるような感覚を覚えさせ、それが艦隊の心を1つの結集させる柱となっていたのだ。
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ヴァレンティア艦隊は、貴族連合軍の哨戒網に掛かる事はなくノルマンディー星系への侵入を果たした。そしてこの星系に駐屯する貴族連合軍にそろそろ捕捉されるであろう距離まで接近すると、艦隊からはラプターMk-IIが続々と出撃する。この艦隊に所属する戦機兵は、全てラプター系統で統一されていた。熟練パイロットの中には高性能なオリジナルのラプターを引き続き使用したがる者もおり、戦機兵部隊の中にはラプターMk-IIではなく、ラプターもちらほら見られた。
その中、戦機兵師団長であるジュリアスも自ら先陣を切って出撃していた。この時ジュリアスが搭乗した機体はラプター系統には違いないが、ラプターでもラプターMk-IIでもなかった。
それはジュリアスの発注を受けて、シャーロットが新たに開発した《ラプターEX》。ラプターをMk-IIとは異なる形で発展させた機体で、パイロットへの負担等は一切考慮しないラプターの欠点をそのままに、代わりにハイスペックを追求した機体である。幾度かの戦闘でジュリアスは、ラプターを更に超える性能の機体が欲しいと感じるようになり、今回の作戦に先立ってシャーロットに発注を掛けていたのだ。
当初、シャーロットからは自分の作ったラプターに不満があるのか、とやや乗り気ではなかったのだが、一旦作業に入ってしまえばパイロットの負担を無視していいという条件から、彼女が好むハイスペックを次々と取り入れる事が可能になり、もはや趣味に没頭するかのように作業に勤しんだ。
そうして完成したのがこの《ラプターEX》。外見はラプターに翼のような形状をした大型スラスターが背中に取り付けられた感じで、違いは素人でも一目で理解できる。
「さてと。このEXの初陣。せいぜい派手に飾らせてもらおうか!」
ジュリアスは玩具を与えられた子供のように楽しそうにしていた。
ヴァレンティア艦隊の戦機兵は師団規模が配備されているが、その中で出撃したのは約半分に当たる第1戦機兵旅団のみが出撃している。今回は連戦が強いられる事から、戦機兵師団を構成する第1戦機兵旅団と第2戦機兵旅団の2つを交互に出撃させる事をジュリアスは考えたのだ。
ラプターMk-IIもラプターと同じく高いステルス性能を誇り、ノルマンディー星系駐屯艦隊は敵が迫っている事にギリギリまで気付かなかった。
そしてようやく気付いた時にも索敵オペレーターから報告を受けた艦隊司令官ケッセル中将も「どこの部隊だ?問い合わせてみろ」と答えるのみで敵襲だとはまったく思わなかった。
彼が敵襲だと理解できたのは、ラプター部隊による第1射目が放たれた時である。しかしそれでは時すでに遅し。ビームランチャーによる攻撃の応酬は、6隻ある駐屯艦隊の内の2隻を撃沈した。艦隊の周りを固める直掩機のシュヴァリエはジュリアスのラプターEXによってあっという間に撃墜されて、丸裸となった艦隊はラプター部隊の集中攻撃で全て撃沈された。
「全滅! 敵艦隊、全滅です! 味方に損害無し!」
旗艦ヴィクトリーのオペレーターが歓喜の声を上げ、それを聞いた艦隊将兵はこの大勝利に更に盛大な歓声を上げる。
「流石はジュリー。見事な手並みです」
クリスティーナはジュリアスの手腕を褒め称える。
この勝利の要因は、奇襲で敵が油断している所を突けた事やラプターの圧倒的性能などにあるわけだが、それと同じくらいジュリアスの戦術の正しさもあった。
ジュリアスはまず先制攻撃で敵艦を撃沈し、次いで艦隊の直掩機を叩く事で艦隊を丸裸にする。そして敵艦の格納庫を潰して戦機兵の出撃を少しでも遅らせ、その隙に艦隊の全てを叩き潰すというものだ。
ラプターにとっては戦艦よりは戦機兵の方が脅威となり得た。そのため、戦機兵による護衛が無い艦隊はラプター部隊には絶好の的でしかなかったのだ。
「でも、本当に大変なのはここからだよ。今回は完全な奇襲だったから楽勝なのは当然としても、これを続けていけば敵も少なからず迎撃の準備を整えてくるはずだからね」
皆が勝利に沸く中、トーマスは冷静に先の事を見据えている。兵士達であれば一時の勝利に浮かれて歓声を上げるのも良いだろう。いやむしろ、そうであってくれなければ指揮官としては困る。今後の士気にも関わる問題になるからだ。
しかし、指揮官は例外である。一時の勝利を喜ぶ一方で、厳しさを増すであろう今後の戦いに思いを馳せねばならない。トーマスはその事をよく理解していた。
「ええ。だからこそ、損害無しでこの戦いを終えられたのは喜ばしい事です。味方は1機でも多いに越した事はありませんからね」
その時だった。帰還してくる戦機兵部隊より通信が届いた。
「よう! クリス! トム! 俺達の勇姿をちゃんと見てたか!?」
兵士達の誰よりも勝利に浮かれているような声がヴィクトリーの艦橋に鳴り響く。その声の主が誰なのか、分からない者はこの艦隊には1人もいない。
「ええ。ちゃんと見てましたよ、ジュリー。今も流石だと話していたところです」
「うん。戦機兵だけで艦隊を仕留めるなんて戦史に残る快挙だよ」
「へへ! この勢いで、敵の艦隊を次々と仕留めてやるぜ!」
帝国軍大将たる者が一時の勝利に子供のように浮かれるとは何事か、と思う者が帝国軍中を探せば大勢いるだろう。しかし、少なくともこの艦隊にそう思う者は1人もいなかった。




