貴族連合領侵攻作戦
翌日。ローエングリンが執務室にて政務に勤しむ中、情報大臣コンラート・ゲッベルスと第一提督ヘンリー・ガウェイン上級大将の2人が来訪した。
予約無しの突然の来訪であったが、珍しい組み合わせの2人だなと思ったローエングリンは2人を執務室まで通す。
「総統閣下、急に押し掛けたにも関わらず、お目通りをお許し頂き感謝致します」
ガウェインがそう礼を述べながら敬礼をした。
「構わぬ。で、今日は何用だ?」
「帝国軍の首脳部に関する事で、総統閣下に意見具申を行いたく参上致しました」
「軍の首脳部? というと皇帝騎士団か?」
皇帝騎士団に関する話なら、軍人ではないゲッベルスがなぜ一緒にいるのかとローエングリンはまず疑問に思うが、ひとまずはガウェインの話を聞くとしようと考え、その疑問を口にはしなかった。
「現在、軍事大臣、軍令部総長、統合艦隊司令長官の三元帥は総統閣下の手中に御座います。三職を1つに統一する事で軍の運営効率は大きく向上したのは事実ですが、その一方で元々3人で分割するはずのものを1人が纏めて掌握している事、そして何より総統閣下には軍の外に多くの職務を抱えておいでです。それもあり、軍の首脳部に空洞化の気配が見えつつあります。今はまだ問題ありませんが、いずれ状況が悪化すれば無視できないものになるでしょう」
「それで私に三元帥の地位を全て手放せと言いたいのか?」
「恐れ多い事ですが」
「……」
ガウェインの提案には聞くべく点がある。そうは思いつつもローエングリンは即答しなかった。元々帝国軍は、皇帝騎士団が帝国政府からやや独立した形で管理・運営を行なっていた経緯もあって、軍の上層部にもヘル党員ではない人物が数多く存在していた。それもあり、三元帥の地位を独占する事は、ローエングリンにとって軍を掌握する上で重要な意味を持っていたのだ。
「因みにガウェイン提督は、私の後任としてそれぞれの職に誰を当てるつもりだ?統合艦隊司令長官は貴官に任せるとして、」
ローエングリンの言葉を遮ってガウェインが口を開く。
「いえ。私は今の地位でも充分過ぎる程です。統合艦隊司令長官など私にはとても務まりません。それに、地位欲しさにこの提案をしたと思われるのは心外です」
「ふん。殊勝な男だ。だが、であれば誰が適任か目星も着けていると見たが、どうだ?」
「御推察、恐れ入ります。軍事大臣にはクリスティーナ・ヴァレンティア上級大将を、軍令部総長にはトーマス・コリンウッド大将、統合艦隊司令長官にはジュリアス・シザーランド大将が宜しいかと」
ガウェインの提案にローエングリンはあまり好意的ではなかった。
「まだ二十歳にも満たない若者を推挙するというのか?」
「失礼ながら、ローエングリン公が総統となられたのも未成年でした」
「……では、彼等を推挙する理由は?」
「あの3人は亡きネルソン提督の部下達です。国民的人気も高かった提督の部下で、前線では数々の戦いに勝利し、兵士達からの人気も高いです。軍の求心力としては充分な効果が期待できるかと。そして何より3人とも若く、美男美女揃いです」
ガウェインがそう言った後、続いてゲッベルスが口を開いた。
「彼等を三元帥にする事は、情報省としても良い広告塔として扱えます。大貴族の横暴に倒れたネルソン提督の意志を継ぐ3人の若者。これ以上に優れた宣材は無いでしょう」
「また、彼等が未熟であればこそ、帝国軍最高司令官代理である総統閣下の軍内における発言力も現状を維持できます」
「……貴公等の意見は分かった。だが、人気取りに走って飾りをトップに据えるのでは三元帥の地位そのものの価値が下がって、却って軍の首脳部の権威を損なうのではないか?」
「経験不足は否めませんが、能力については問題ないと小官は考えております。ヴァレンティア上級大将は真面目で公明正大であり、大臣としての素質は充分にあるかと。コリンウッド大将は発想力・独創性には些か難がありますが、堅実かつ緻密で、軍組織を纏める上で良い下地となれる器を持ちましょう。シザーランド大将も若さ故のやんちゃがやや目立ちますが、並外れた行動力で部下達を引っ張っています。それは統合艦隊司令長官を務めるのに充分なものでしょう」
「……」
ローエングリンはガウェインの提案を否定するような事はなかったが、快諾もしなかった。しかしこれはガウェインにとっては少々意外な反応だった。ローエングリンがあの3人を、特にジュリアスを高く評価している事はガウェインも承知していたためである。
「皇帝騎士団の一員でもない者をいきなり三元帥に押し上げては諸提督の不満を買おう」
「では武勲を立てる機会を与えてはどうでしょう? 総統閣下が立案されておられるバルバロッサ作戦で」
バルバロッサ作戦とは軍令部総長でもあるローエングリンが軍令部にて密かに立案を進めていた貴族連合領侵攻作戦である。銀河系外縁部に広がり切った戦線の悉くを平定して、貴族連合の根拠地である惑星エディンバラを孤立させ、一気に内戦の終結を目指すというものだ。
「……ふん。なるほど。元よりバルバロッサ作戦ではヴァレンティア艦隊を最先鋒に使うつもりでいた事だしな。良かろう」
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翌日。軍令部で最高幕僚会議が開かれた。皇帝騎士団の面々は勿論の事、他の上級大将や大将が列席している。
ローエングリンが会議室に入ると、既に集まっている提督達が席から立ち上がって、銀髪の独裁者に敬礼をした。
「今日、貴公等に集まってもらったのは、銀河系外縁部に広がる貴族連合勢力を一気に殲滅して50年に及ぶ内戦を終結させる。そのための作戦を貴公等と協議するためだ」
協議と言いつつ、ローエングリンはまず自身の案を述べるところから始めた。
作戦名は《バルバロッサ作戦》。バルバロッサとは、既に死語と化した地球時代の言語で、“赤髭”を意味する単語である。なぜ、このような単語をローエングリンが作戦名に選んだのかと言えば、バルバロッサとは、地球時代に存在した神聖ローマ帝国皇帝フリードリヒ1世のあだ名でもあったからだ。フリードリヒ1世は、死してもなお、帝国が危機に陥ると眠りなら目覚めて立ち上がり、帝国に栄華と平和をもたらすという伝説を持つ人物だった。それにあやかり、ローエングリンはこの皇帝のあだ名を作戦名に付けたのだ。
作戦の軸には、以前にジュリアスが提唱した電撃戦構想が採用され、少数精鋭の艦隊を以って銀河系外縁部を大回りするように進軍し、針路上の貴族連合軍の機動戦力を悉く殲滅。そして後続部隊がその星系を制圧するというものだ。
これが成功したなら、銀河系全域に拡大した戦線は一気に縮小して、ローエングリンの言った通り内戦の終結は目前となるだろう。
ローエングリンの話を聞いた後、ジュリアスは自分の考案した電撃戦構想が採用された事についてローエングリンに礼を述べる。バーミンガム星系の戦いではローエングリンに不信感を覚えたジュリアスではあったが、自分の案が採用された事は素直に嬉しかったのだ。また、喜ぶジュリアスを見て、トーマスとクリスティーナも自分の事のように嬉しそうな表情を浮かべるのだった。
しかし、実用性が実証された戦法では無い以上、机上の空論という可能性も否定し切れず、慎重論を述べる者もいた。親衛隊長官兼国家保安本部長官エアハルト・ヒムラー上級大将である。
「その先鋒部隊は基本的には足を止める事なく前進し続ける必要がありましょう。そうなれば当然、補給が困難になるというリスクが付いて回りますが、その辺りの点を総統閣下がどうお考えでしょうか?」
「ヒムラーの指摘は尤もだ。だが、先鋒部隊だけでなく全軍が電撃的侵攻を行えば問題あるまい」
「なるほど。……因みにこの先鋒部隊はやはりヴァレンティア艦隊をお使いになるのでしょうか?」
「私はそのつもりでいる。ヴァレンティア艦隊には最優先でラプターMk-IIを回している事だしな」
そう言うと、ローエングリンは視線をクリスティーナに向けて意見を窺う。
「直々のご指名、心より感謝致します。総統閣下のご期待に添えるより全力を尽くす所存です!」
自身よりもずっと年長の提督達を前にクリスティーナは、堂々とした態度で宣言した。
「うむ。期待しているぞ」
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最高幕僚会議が終わり、会議室を後にしたトーマスは憂鬱だった。
ジュリーの考える事だから、きっと成算は充分にあるんだろうとは思う。ジュリーはいつも滅茶苦茶な事を考え出すけど、何の根拠も無いような事を言い出したりしないのは僕も分かってる。でも、今回の任務はリスクが大き過ぎる。貴族連合領に入り込んで、ひたすら前進して敵と戦い続けるなんて。
トーマスの不安を他所にジュリアスは喜びの声を上げていた。
「やったぜ!こんなにも早く武勲を立てる機会が回って来るなんてな!このまま一気に上級大将に昇ってやる!」
ジュリーは本当に前向きで羨ましいよ。でも、最近ジュリーは妙に出世に拘るようになった気がする。ヘル党員になった辺りから。いや、ネルソン提督が亡くなられた辺りからか。前は出世を喜びはしてたけど、特に自分から求めたりはしなかった。でも今のジュリーは出世の機会を得たのを喜んでいる。何か良くない兆候になったりしないといいけど。
様々な不安と懸念にトーマスが思いを巡らせていると、そんな彼の不安や懸念を吹き払うかのようにジュリアスが勢いよくトーマスの肩に手を回した。
「おい、トム! 何、辛気臭い顔をしてるんだ!? この任務が終われば、俺達は上級大将、クリスはきっと皇帝騎士団の一員だぞ」
「それは成功したらでしょ。どうしてジュリーは僕等が勝つ事を前提に話を進めてるのさ?」
「初めから失敗をする事を考えてどうするんだよ! 成功するように最善を尽くす! それだけだろ」
言ってる事は尤もだけど、そこまで前向きな考え方は僕にはできないよ。やっぱりジュリーのこういうところは素直にすごいと思う。
トーマスがジュリアスの言葉に感心していると、クリスティーナが小さく笑みを浮かべた。
「それは正論ですね。元より軍人は受けた命令を忠実にこなす事に全力を尽くすものですから」
ジュリーには悪いけど、僕にはクリスの意見の方が得心が行った。確かに僕等は軍人だ。軍人は上からの命令に従うもの。まして帝国軍大将、艦隊参謀長という立場にある自分が、失敗する可能性に思いを巡らせるなんて怠惰の極みじゃないか。大勢の兵士の命を預かっている以上、僕は僕にできる事を全力でやろう。
尤も軍規違反の常習犯だったジュリーがこの台詞を言ったのだとしたら、ここまでの説得力を持たなかったかもしれないけどね。
そんな事を考えて僕が思わず笑っていると、ジュリーが「どうしたんだ?」と声を掛けてきた。
「い、いや。何でもないよ! それより早く艦隊に戻って出撃の準備を始めよう!」
「え? あ、ああ。そうだな」
「ふふ。トムもやる気充分という感じですね」




