バーミンガム星系の戦い・後篇
ウェルキン侯が直接指揮を執るヴァンガードが艦隊の隊列から離れて突出したのを見て、ガウェイン提督はすぐに回避行動を取るように指示を出す。
しかし、艦隊の陣形を維持したままの回避行動などできるはずもなく、ガウェインは各艦隊毎に分散する散会戦術に切り換える事を決断した。
これにより、個々の艦隊でのある程度は自由な動きが取れるため、敵の攻撃に対処をしやすくなる。しかし一方で戦力が分散してしまうので各艦隊の連携を欠き、最悪各個撃破のリスクも負うことになるが。
「全艦をこのまま前進させ、一気に敵の戦力を削り取りましょう。敵は艦隊の防空に専念して守りを固めつつあります。この戦機兵で攻めるのは愚策というものです」
艦隊の回避行動の指揮を執りつつ、クリスティーナは自分の考えをトーマスに打ち明ける。
「うん。僕もそう思う。それにこっちが攻勢を強めた方がジュリー達への敵の追撃の手も緩むだろうからね」
「ええ。では、直ちに艦隊を前進させましょう。無論、敵要塞砲と敵艦の主砲の射線上には入らないように細心の注意を払いながら」
クリスティーナの指示はトーマスを介してすぐにも各艦に通達され実行に移された。
激しい砲火に晒された連合軍艦隊は艦列に隙が生じ、ジュリアスのラプター部隊を追撃する余裕は無くなった。
しかし、それ以上は中々思うようにも進まなかった。1隻の巡洋艦が自らを盾としてヴァレンティア艦隊の集中攻撃を浴びている間に戦線を立て直し、その巡洋艦が撃沈した直後には反撃の態勢を整えた。
「く! 陣形を整えられてしまいましたか。こうなっては仕方がありません。全艦、後退して下さい」
クリスティーナは悔しそうにするが、ずっと悔しがってもいられない。ヴァレンティア艦隊は他の艦隊に比べて敵陣に痛感突出している形であり、このままではこちらが包囲されかねないのだ。
「でも、これでジュリー達が無事に撤収できたし、敵にも少なからず損害を与えられたし、成果としては上々じゃないかな」
悔しがるクリスティーナを元気付けようとトーマスが言う。尤も彼自身もそうだと本気で考えているのだが。
トーマスの言葉を聞いて気が軽くなったクリスティーナは、やや表情が柔らかくなった。
「……そうですね。そう思うことにしましょう。それにしても、トムもジュリーみたいに楽観的に物事を見るようになりましたね」
「そりゃ。いつもジュリーみたいな人と一緒にいたらね。このくらいでないとメンタルが持たないよ」
そう言って2人は笑い合う。どんなに危機的状況であってもジュリアスの話題になると、2人の顔には笑みが零れる。それは2人のジュリアスへの厚い友情と信頼の表れでもあった。
─────────────
ヴァンガードにて指揮を執るウェルキンは、ひとまず敵の戦機兵別動隊を撃退し、突出してきた敵艦隊を追い払う事に成功した事に満足していた。
そんな中、副官ウィリマースがした報告が彼の興味を引く。
「提督、先ほど追い払った敵艦隊ですが、艦の識別信号を調べましたら戦艦ヴィクトリーがおりました」
「ヴィクトリー? あぁ、あのネルソン提督の旗艦か。という事はあれが旧ネルソン艦隊か。道理で攻めるポイントも退き際も見事なはずだ。司令官が亡くとも彼女の意志は健在らしい。今あの艦隊を指揮しているのは誰であったか分かるか?」
ウェルキンの問いに対して、ウィリマースは「少々お待ちを」と述べた後、ブレスレット端末を起動させて少しの間、3Dディスプレイのタッチパネルを操作する。
「……クリスティーナ・ヴァレンティア提督、だそうです。しかも年齢は17歳とか」
「ほお。貴官よりも若いな。ネルソン提督も若い提督だったそうだが、そのヴァレンティアとやらは更に若い。だが、だからと言ってこちらが手加減をする義理も無い」
陣形の立て直しを完了したウェルキンは、今度は逆に攻勢に打って出る。
その猛攻に最も晒された帝国軍マイルズ艦隊は、要塞に多数設置された砲台からの砲撃、そして艦隊からの砲撃を浴び、身を守ろうとするように一ヶ所に集まるように誘導され、マイルズ艦隊が目標の座標に入ったところでウェルキンはヴァンガード級2隻から主砲をほぼ同時に斉射。戦艦の主砲を遥かに凌駕する高エネルギービームが、ドレッドノート級の艦体を貫通して撃沈に追い込む。
「敵の艦列に亀裂が生じました」
「よし。全艦、その亀裂に向けて前進しつつ砲撃を加えて、敵を圧迫せよ! 主砲は直ちに再チャージに入れ!」
敵艦隊を思い通りの座標に誘導する巧みな攻撃の掛け方は敵味方を問わずに「流石だ」と称賛の一言だった。しかし、これはまだ序章に過ぎない。この攻撃で生じた亀裂を修復される前にウェルキンはマイルズ艦隊を殲滅し、その勢いで帝国軍を一気に瓦解へと追い込みたかったのだ。
連合軍艦隊の激しい集中攻撃。そしてアンダストラからの援護射撃により、マイルズ艦隊は戦線が崩壊する。マイルズ艦隊旗艦ロクスベリーも撃沈して、司令官のマイルズ提督も戦死した。
しかしその間、帝国軍の他の艦隊も遊んでいるわけではない。連合軍艦隊を包囲すべく艦隊を展開させていたのだ。
「ふん。構うな。各艦は、アンダストラを中心に展開して密集陣形を取れ。砲火を厚くして敵を寄せ付けるな!」
その時、オペレーターが「敵艦隊より再度、戦機兵部隊が出撃しました!」と報告する。
「落ち着け。敵部隊の中に例の新型はいるか?」
「いいえ。全てセグメンタタです」
「そうか。では、シュヴァリエで充分に迎撃でき、」
「あ!せ、セグメンタタの後方に新型機の部隊を確認しました!」
「何だと!? くッ!」
ウェルキンは帝国軍の意図を精確に読み取った。
こちらの防空網をセグメンタタで取り除き、あの新型機で艦隊を直接叩こうとしているのだと。
「だが、そう簡単にはいかんぞ。直掩機のみを残してシュヴァリエは全機、迎撃に向かえ!敵を近付けるな!」
先ほどのような別動隊の存在を留意しつつも、ウェルキンは迫り来る敵戦機兵部隊を全力で阻止しようとしていた。戦艦をも易々と撃沈できるビーム砲を持った戦機兵に好き勝手に動かれては艦隊への損害が無視できないものになると考えたためだ。
そして両軍の戦機兵は正面からぶつかり合い、激しい格闘戦が展開される。それは逆に艦隊同士による砲撃戦がある程度は落ち着く事を意味してもいた。両艦隊の間で戦機兵が戦う中、平気で艦砲を放つわけにもいかないからだ。
この格闘戦により戦況は一時を膠着化するも、事態はすぐに急転した。
「敵戦機兵が後退を始めました!」
オペレーターの報告にウェルキンは胸をなでおろす。
「よし。このまま敵を蹴散らすぞ」
「敵艦隊が撤退する動きを見せています!」
「何? この状況でだと?」
ウェルキンは敵の動向を不審に思った。格闘戦が中々進展しない事に業を煮やして再び艦隊戦を挑むものと思っていたためだ。艦隊戦力は今だ健在であり、撤退を決意するのはあまりにも諦めが早過ぎると言わざるを得ない。
「提督、追撃しますか?」
副官が問う。
しかし、ウェルキンはそれに即答できなかった。
「……周辺索敵を厳にしつつ、艦隊の陣形を整えよ!それが完了次第、全面攻勢に打って出る!急げ!」
だがその時、索敵オペレーターが血相を変えた表情で声を荒げる。
「2時方向、敵艦隊のさらに後方に巨大な影が出現!」
「ん? 敵の増援か?」
「い、いえ。これは天体規模の大きさですッ! レーダーに突然、天体が出現しました!」
「な、何を馬鹿な事を言っているのだ?」
その時だった。突如出現したという天体から高エネルギー反応が発せられたのをレーダーが察知した。
それをオペレーターが報告しようとしたその時、艦橋を覆うディスプレイモニターが一瞬にして眩い光に包まれて真っ白になる。




