電撃戦構想
今日、ジュリアス、トーマス、クリスティーナの3人は来たる貴族連合軍との戦いをどのように展開すべきか論じるためにローエングリン公によって召集された軍令部最高幕僚会議に出席していた。
本来、この最高幕僚会議は皇帝騎士団及び熟練の帝国軍大将を十人程度招集して行なうものなのだが、オペレーション・ロングナイフで帝国軍の上層部が一掃された余波から、席の大半が空席になってしまった事とジュリアス等がヘル党員である事から出席が許可されたのだ。
皇帝騎士団もその組織図はかつてとはやや異なっている。
三元帥である軍事大臣、軍令部総長、統合艦隊司令長官の3つの職はローエングリン自身が就任する事で、皇帝騎士団は完全にローエングリンの掌握下となった。
帝国保安局は既に無く、その後釜になった国家保安本部の長官エアハルト・ヒムラーが上級大将として皇帝騎士団の一員になる。
帝国貴族の怠惰と浪費の象徴とも言われた近衛軍団は廃止。規模を縮小して《帝室警察》が国家保安本部の下に組織された。
そして、新たに《武装親衛隊》を組織し、その長官の地位を空いた皇帝騎士団の座に付けた。ローエングリンの私兵集団とも言えた親衛隊は統括する国家保安本部の地位向上と職務の増加に伴って、親衛隊の軍事組織的な部分を切り離して編成されたのが武装親衛隊である。この長官の座にはオペレーション・ロングナイフにて1個連隊を指揮して軍事省庁舎を制圧する役目を担ったアウグスト・ディートリヒが上級大将として就いた。
この場にてジュリアスは、新しい艦隊運用構想を提案した。
「ラプターMk-IIの生産ラインが整い、各艦隊に配備が始まろうとしている今、従来の艦隊運用法ではいずれ時代遅れと言わざるを得ない状況に陥るのは明白です。これまで艦隊戦の主軸は戦艦であり、戦機兵は補助的な役割でしかありませんでした。ですが、皆さんご承知の通り、ラプターが戦艦をも撃沈し得る驚異的な性能を叩き出しました。であれば、巨額の予算を投じねば建造できない戦艦よりも戦機兵をこそ艦隊戦の軸に定めるべきです。戦機兵の強力な突破力と機動性を活かして、敵陣に切り込み戦線を攪乱。透かさず艦隊戦力で敵部隊を蹴散らします。小官はこれを“電撃戦”と名付けました」
「つまりシザーランド大将は貴族連合がやっているように空母を建造せよと言うのか?」
そう問うのはマレー星系の戦いを指揮したガウェイン上級大将だった。彼はマレー星系の戦いの武功から上級大将へと昇進し、第1総力艦隊司令官、第一提督、つまり皇帝騎士団の座を手に入れていた。
「いえ。戦機兵を大量投入できるのであれば、武装商船でも事足りるでしょう」
「なるほど」
ガウェイン自身はジュリアスの言う“電撃戦構想”が戦艦を撃沈するという快挙を、マレー星系の戦いにて実際に目の当たりにした者の1人だった事が大きい。
会議が進む中で細やかな反論も徐々に終息していき、ジュリアスが提案した電撃戦構想は帝国軍にて採用される事となった。
以前であれば、ジュリアスが何を考えても軍の上層部にそれを伝えるのにはネルソン提督を通す必要があった。それが今では自分の口で言うことができるのだ。その事にジュリアスは嬉しく思う反面、主流から外れた意見を唱えることの孤独感を思い知らされ、改めて自分の意見を全面的に取り合ってくれたネルソン提督の偉大さを痛感するのだった。
この構想の最大の肝となる戦機兵を運搬するための空母建造計画は、軍令部と造兵廠統合本部で進めるとして、運用は提案者であるジュリアスの属するヴァレンティア艦隊にやらせようという声が多かった。誰もが新しい試みに伴うリスクを渋った末、押し付けるようにそのような話になったのだ。
新たな艦隊運用構想の形がある程度固まってきた時、若い士官が勢いよく扉を開けて入ってきた。突然現れた若い士官に「会議中に何事か!?」とガウェインが鋭い眼力と共に怒声を上げるが、その若い士官の慌て様から、何か緊急の事態が起きた事は誰の目にも明らかだった。
「も、申し訳ありません! 報告します! ブレスト星系に貴族連合軍襲来! 同地に配備されていた防衛艦隊は壊滅との事です!」
「何!? そんな馬鹿な! あそこには3個艦隊が配備されていたはずだぞ!」
ガウェインがそう声を上げる。ヘルとデナリオンズとの抗争が集結したと言っても、大規模な人事異動や粛清が行われて帝国軍の防衛網には隙が生じていたのは事実である。そのため、帝国軍は前線に近い重要拠点の防衛に戦力を集中させて防衛網の再編を図ろうと考えていた。ブレスト星系もその重要拠点の1つであり、それが呆気なく陥落した事がガウェインには信じられなかったのだ。
ガウェインの疑問に答えるべく、若い士官は右腕に付けたブレスレット端末を操作した。そして会議室に設置されている大型スクリーンにある映像が映し出される。
「こ、これは一体?」
誰もが目を疑うような光景を目の当たりにする。かつて帝都キャメロットの間近にまで迫った貴族連合軍のヴァンガード級宇宙超戦艦を遥かに上回る大型艦、いや、移動要塞が帝国軍艦隊を一方的に蹂躙する様を見せ付けられたのだから。
「こ、この映像は本物なのか?」
そう言って己の目を疑うのは武装親衛隊長官ディートリヒ上級大将である。
ここにいる者は知る由も無かったが、それはリクス・ウェルキン侯爵が完成させた機動要塞アンダストラである。
全翼機のような形状をしたその要塞は、かつてのヴァンガード級のように帝国軍艦隊の艦砲射撃はシールドによって防がれ、要塞からの砲撃に帝国軍艦隊は蹂躙されていた。そして、要塞の艦首に当たる先端部分に設置されている要塞砲は、1隻のドレッドノート級を一瞬にして撃沈してみせた。
「どうやら敵は、あのヴァンガード級のスケールを戦艦から要塞にまで上げてきたようですな。いやはや、あれだけの物を建造するだけの資金と労力が今の連合にあったとは驚きです」
国家保安本部長官ヒムラーはそう軽口を述べる。軽口でも言っていないと平常心を保てそうになかったからだ。
「別にそこまで驚く程の事では無いでしょう。ヴァンガード級やグラン・ガリア級に代表されるように、連合は大型艦の建造には一日の長があります。そのノウハウの集大成があの移動要塞というわけです」
ジュリアスがそう述べたのを皮切りに、会議の流れは自然とその新移動要塞の侵攻にどのように対処するかという作戦会議へと移っていく。




