喫茶店での一時
ディナール財団直轄部隊“デナリオンズ”の創設とその詳細についてジュリアスが知ったのは、帝都キャメロットの中央地区の外れにある《ティラミス・ハウス》という名のカフェで、トーマスとクリスティーナ、そしてネーナの4人で昼食を食べていた時だった。
このティラミス・ハウスの洋菓子がジュリアスはお気に入りであり、時折皆で足を運んでいたのだ。
庶民向けのこじんまりとした喫茶店ではあるが、風情ある佇まいと低価格な割にはお洒落な料理を提供すると評判の店である。
カフェに設置されている立体映像のTVモニターに、帝国放送委員会《IBC》が流しているニュース報道が映し出されており、そこでデナリオンズに関する報道が行なわれていたのだ。
「何だかすごい事になってきたね」
昼食の最後にデザートのチーズケーキを食べながら、より多くの客に見えるように高い位置に表示されている立体映像のTVモニターを見上げてトーマスが呟く。
「大貴族が国を好き勝手にするのは今に始まった事でもないでしょう。それが明確な形として現れたというだけの事です」
一足先に食事を終えたクリスティーナは食後のコーヒーを飲みながら答える。
「ふふ。大貴族のお嬢様がそれを言うと何だか妙な気分だな。それはそうとクリス、本当にこのショートケーキを貰っても良いのか?」
「ええ。構いませんよ。それよりジュリー、今の発言は心外ですね。私をあんな連中とは一緒にしないで頂きたいです。父上だってあのディナール財団には参加していませんし」
「ああ。ごめんごめん」
そう言いつつ、クリスティーナから貰ったショートケーキと自分が注文したティラミスとフォークで切り分けながら交互に口に運んでいく。
軽くあしらうような雑な謝罪にクリスティーナは一瞬腹を立てるも、2つの洋菓子を同時に食べて幸せそうにするジュリアスの顔を見て、怒りもなりを潜めて思わず吹き出してしまう。
3人は丸いテーブルを囲うように座って食事を取っているのだが、ネーナだけはジュリアスの傍の床に座った状態で食事を取っていた。奴隷であるネーナが主人と同じようにテーブルについて食事をするわけにはいかない。
それが帝国の常識であり、さほど珍しい光景でもなかった。店によっては無理に奴隷を席に座らせようとすると、店側から「他のお客様を不快にさせてしまいますのでご遠慮下さい」と注意が入る事もあるほどだ。こうした事情もあるので、ジュリアスは当初あまり外食をしないようにしていたのだが、過去に1度、自分に遠慮はしないでどんどん行って下さい、と鬼の形相でネーナ本人から叱られた事があった。食べる事が何より好きなジュリアスが、自分のためにそれを我慢するというのがネーナには耐えられなかったのだ。
本来であれば、多くのカフェでは奴隷用の粗末で安価な餌という名の食事がメニューにあるのだが、ジュリアスは流石にそれを可哀想だと思って自分達と同じ物を注文していた。
「准将、顔にクリームが付いてますよ」
そう言って床に座り込んでいたネーナは立ち上がり、ケーキを食べ終わったジュリアスの頬をハンカチで拭う。
「ありがとうな、ネーナ」
お礼を言われてネーナは心底嬉しそうに笑みを浮かべる。
そのやり取りを見てトーマスは微笑ましく感じた。
「ネーナちゃんってまるでジュリーのお母さんみたいだね」
「お、お母さん、ですか?」
嬉しいやら恐れ多いからという複雑な心境の中、ネーナは顔を赤くして咄嗟に下を向く。
「確かにトムの言う通りですね。朝はネーナちゃんに起こしてもらって、食事の支度も全てネーナちゃん頼り。それどころか家事全般は全てネーナちゃんに依存していますからね、ジュリーは」
「うぅ。お、俺だってやろうと思えば、できるんだぞ」
「ほお。そうですか。では、今日から1週間、ネーナちゃんは私が借りますから、ジュリーはその間1人で頑張って下さい」
「え!? そ、それは。……トム、悪いけど朝起こして~」
ジュリアスは縋りつくような眼差しをトーマスに送る。
「え~!ネーナちゃんが来てくれて、ようやくジュリーを起こす役目から解放されたと思ったのに」
惑星ケリーランドのシザーランド宅では、ジュリアスを起こす役目はネーナが務めていたが、それ以外ではトーマスとクリスティーナがその任に当たっている。しかし実際のところ、トーマスはこの役目を厄介に感じており、ネーナが小姓として常時ジュリアスの傍に付く事になったと知った時は歓喜したほどだ。
「そ、そんなに嫌がらなくても良いだろ。俺達親友なんだからさ!」
「親友だからって何でも許されるわけじゃないんだよ」
「うぅ」
心底困った様子のジュリアスに、トーマスとクリスティーナは内心でクスクスと笑っていた。
そんな中、ネーナがジュリアスに勢いよく詰め寄る。
「准将、安心して下さい! 准将の生活はネーナが生涯を掛けてお支えしますから!」
「ふふ。ありがとう。ネーナは良い子だな」
そう言ってジュリアスはネーナの頭を撫でる。
話が一段落着いたところでクリスティーナは真剣な顔をしてジュリアスとトーマスに話し掛ける。
「話は戻りますが、ジュリーはあのデナリオンズの創設をどう思いますか?」
「……大貴族と総統閣下の対立がもうワンランク上の段階に移った、と思うよ。でもだからって、今からどうこう動く事もないだろうし、そんなに気にする必要も無いんじゃないか」
ローエングリン公と大貴族が対立しているのは今に始まった事じゃないし、ちょっとそれが過激になった位でこっちまで過敏に反応する事もないだろう。そうジュリアスは楽観的に考えていた。
「ジュリーは相変わらずだね。でも、もしあのデナリオンズが武力蜂起に出たらどうするのさ?」
この銀河で軍隊と呼べる者は帝国軍と貴族連合軍の2つしか存在しなかった。そこにデナリオンズという第三勢力が誕生したというわけだ。これまでにも帝国政府または皇帝騎士団で軍備増強策の1つとして義勇軍の創設など帝国軍とは別枠の軍隊創設が検討された事は何度かあった。しかし、トーマスの言うような事態を懸念する声があった事などが理由で不採用となっていた。
「どうするも何も俺達は上の命令に従って戦うだけだろ。そういう質問はネルソン提督にすべきと思うぞ」
「あぁ、それもそうだね。今ここで考えても始まらないか」
「ですが、もし両者の対立が本格化した時、貴族連合がどう動くかが不安です」
現状、貴族連合軍の作戦は失敗続きな上に、戦線も銀河系外縁部広くに拡大しているために、あまり大規模な干渉はできないだろうが、それでも混乱に拍車をかけて長期化させる事はできる。場合によってはそれは帝国を崩壊させる事態へと導くかもしれない。
「総統閣下も大貴族もそれを警戒して、これ以上の進展は無いかもしれないぜ」
「ふふ。だったら良いんだけどね」
ジュリアスの言う通り、今すぐに武力衝突が起きるという可能性は非常に低かった。
それは貴族連合軍の介入を警戒してというのも勿論あるが、そもそもデナリオンズという軍隊を創設するのに、それなりの時間を要するためだった。




