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デナリオンズ結成

 帝国総統コーネリアス・B・ローエングリン公爵は、グリマルディ財閥を掌握して以降、支出削減と減税という大胆な経済政策を打ち出した。しかも、この支出削減の対象となったのは、大貴族が資金の一部を着服するために継続されていたようなものばかりであり、この政策に大貴族達は強く反発した。


 しかし、大貴族の中でローエングリン公の政策に公然と逆らう者は非常に少数だった。

 それはローエングリン公がグリマルディ財閥を掌握していた事が大きく起因している。大貴族達がこれまで私腹を肥やすためにグリマルディ財閥及びグリマルディ銀行に与えてきた様々な特権は未だに健在であり、銀行と大貴族の癒着も継続されていた。

 そのためグリマルディ銀行との関係を断つと破産しかねないという貴族は大勢存在しており、ローエングリンに表立って逆らって、銀行の口座を強引に凍結されでもしたら身の破滅だ。そう考えて、貴族達はこれまでのように総統批判ができなくなっていた。


 総統官邸ヴィルヘルム宮の総統執務室では、この大貴族達の動きをまだ若い茶髪の美青年が楽しげに話している。

「大貴族どもは、文句があるくせにそれが口に出来ない。何とも滑稽な姿ではないか」

 やや収まりの悪い茶髪をした青年は帝国軍の軍服に身を包み、妖しい美貌を持つ。

 彼の名はアルベルト・ボルマン。今年19歳になる帝国軍最高司令官代理の副官という名目でローエングリンの傍に付いている帝国軍大尉である。平民出身で大貴族の圧政に不満を持つ彼は、大貴族に敵対的で善政を敷こうとするローエングリンに心酔していた。


「でも、大貴族がこのまま黙っているはずがないわ。きっと何か手を打ってくるはず」

 そう語るのはボルマンよりも更に若い桃色の髪にメイド服を着た美少女エルザだった。ローエングリンの奴隷である証の首輪をその細い首に嵌めた彼女は幼い見た目とは裏腹に落ち着いた口調で話す。


「それはそうだろうな。奴等は総統閣下を目の敵にしている事だし、何の反発もしないというのでは奴等の下らない自尊心がズタズタになるからな」


 デスクに座る銀髪の美青年ローエングリンは、青と赤の異なる色をした瞳で2人の顔を見た後に口を開く。

「お前達の言う通り、大貴族達は何かしらの行動を起こすだろう。単なる嫌がらせなら無視しても良いが、今後何かの火種になりかねないようなものなら早めに摘み取っておくに限る。エルザ、連中の動向には注意をしておいてくれ。ボルマンは何か事が起きた時に備えて準備を進めろ」


仰せのままにご主人様(イエス,マイ・ロード)


「お任せ下さい、総統閣下」


 ローエングリン自身、今すぐに動いて先手を取る必要性を感じてはいなかった。

 銀河系という広大な領域を統治するためには、大貴族の存在はある程度容認せざるを得ず、ローエングリンとしては大貴族の全てを敵に回して全面対決に及ぶのは時期尚早という考えがあった。

 実際、大貴族の大部分が一致団結した場合、武力も財力もローエングリンの総統勢力を遥かに凌ぐ勢力となる。帝国軍最高司令官代理という肩書きを持つと言っても、皇帝騎士団ナイツ・オブ・エンペラーを完全に掌握しているとは言い切れず、仮に大貴族と事を構えるとなると、半分以上は敵側に付く事が予想できた。また、財力についてもグリマルディ財閥を掌握して貴族の多くの財布を握ったとはいえ、接収したわけではないので彼等の資金を完全に絶ったとも言い難い。

 だが、ローエングリンが皇帝という絶対的な権威を後ろ盾にしている以上、彼等がローエングリンに下手に手出しできないというのも事実であった。



─────────────



 帝都キャメロットの中央地区セントラル・エリアに無数に聳えるビルの1つ《ディナール・センタービル》。このビルに帝国の有力貴族リチャード・ウェストミンスター公爵を初めとする2000人以上の貴族が集まっていた。

 このビルは数多くの帝国貴族の出資によって運営される、銀河系最大規模の財団法人ディナール財団の本部が置かれており、今日はその臨時財団総会が開かれる日だからだ。

 この財団は、地球時代の歴史的価値のある美術品や伝統文化を保護する目的で設立された組織である。

 しかし、それはあくまで表向きの話であり、実際には投資された資金の一部を流用して闇事業や裏投資で巨万の富を築き、出資者である帝国貴族達の間で分配するという機関だった。

 それだけに帝国政府の中枢にも根を張っており、帝国政府も手出しができず、不正行為を半ば公認していた。

 有力貴族のほぼ全てが出資者となり、財団総会に議席を置いている事から、時には帝国の議会のような役割を担う事があり、今回の臨時総会の目的がローエングリンの新たな政策について話し合う事は明らかだった。


 およそ2000人の貴族を収容した総会議場では今、このディナール財団理事長を務めるウェストミンスター公が演壇の上に立っている。

 しかし、ウェストミンスター公が演説を行なっているわけではなく、議場に集まっている貴族達がウェストミンスター公に対して声を張り上げていた。


「このような屈辱は耐えられません!」


「皇帝陛下のご寵愛を良い事に、国政を好き勝手にしているあの若造をこのまま放っておいて良いはずがない!」


「このままでは伝統ある我等帝国貴族の名誉に関わりますぞ!」


 貴族達が声を荒げる中、ウェストミンスターは静かに右手を上げて皆を制止する。

 それを目にした貴族達はすぐに口を閉じて、席を立っている者は一旦座った。


「我等栄光ある帝国貴族は今、大きな岐路に立たされている。先日、このブリタニア星系に辺境の逆徒の侵攻を許すという失態を帝国軍はしでかしたのだからな。ローエングリン総統が帝国軍のトップに立つようになってから、あるべき秩序は崩壊した!」

 そう壇上で語るのは、白髪に豊富な白い髭を生やした今年で74歳になる高齢の貴族である。ウェストミンスターは自尊心が高く、または選民意識も強い人物で典型的な帝国貴族と言えた。

 そして彼は、皇帝の諮問機関である枢密院すうみついん議長という要職を務めているのだが、帝国総統及び皇帝官房の登場によって枢密院は有名無実化し、個人的にもローエングリン総統を恨んでいた。


 しかし、ウェストミンスターのこの発言を素直に聞く事ができない貴族はこの中にも存在する。皇帝騎士団ナイツ・オブ・エンペラーの面々だ。

 軍事大臣サンドウィッチ侯爵は、思わず席から立ち上がって声を上げる。

「ウェストミンスター公は、我等の責任を追及するおつもりか!?」


「落ち着きたまえ、サンドウィッチ侯。貴公は職務に忠実だった。問題があるのは貴公の上官たるローエングリン公であろう」


「……それでウェストミンスター公は我等軍部に何を望まれるのでしょうか?」


「ローエングリン公は恐れ多くも皇帝陛下より任命された男だ。それに見合った能力があるのは疑う余地も無いが、まだまだ若く詰めの甘さは否めない。これを支え、陛下の御意を叶えるように努めるのは我等帝国貴族の義務というものだ」


 ローエングリンが皇帝より直々に任命された人物。という事実は、大貴族にとってローエングリンの行動を制止できない大きな要因となっていた。そのため、ウェストミンスターほどの大物貴族であっても、ある程度は言葉を選ばねばならなかった。

 それだけにウェストミンスターも建前を幾つか発言の中に組み込まねばならず、席に座る貴族達は彼が何を言いたいのか中々掴めずにいる。


「私はここに提言する! 我等は我等の身を守るための独自の武力の創設すべきなのだと!」


「ど、独自の武力、ですと?」

 あまりにも突拍子の無い提言にサンドウィッチは首を傾げる。


「そうだ。貴公ら皇帝騎士団ナイツ・オブ・エンペラーの承認と協力があれば、それも可能だろう」


 ウェストミンスターの提言にサンドウィッチは頭を悩ませて、大多数の貴族達は騒めき出す。

 表向きの理由はともかくとして、ローエングリン総統の帝国軍に対する影響力は日々増しつつあり、このまま帝国軍がローエングリンの私兵と化した場合、もはや彼の権勢を抑える事は政略的にも戦略的にも不可能になってしまう。それを阻止するための抑止力の役目を担う軍事組織を創設したい。ウェストミンスターの意図をこの場に集まった貴族達はすぐに理解するものの、あまりにも壮大な試みにすぐには賛成も否定もできなかったのだ。


「辺境の逆徒どもとの戦いは日に日に激しさを増し、もはや帝国軍だけでは対処できない状態にあるのも事実だろう。そこで、このディナール財団全面出資の下で軍を創設するのだ」


「それはつまり財団直轄の私兵集団という事でしょうか? それとも帝国軍の外局機関という位置付けでしょうか?」

 軍事大臣という立場上、ウェストミンスターがそういう立場の軍隊を作ろうしているのかをサンドウィッチは把握しておく必要があった。もし帝国軍とは無縁の立場の軍ともなれば軍事省としてはその存在自体が後々脅威にならないかを考慮する必要が出てくる。一方で、帝国軍の外局という立場であれば、少なからず予算や人員、兵器についても配慮しなければならなくなるからだ。


「軍の指揮・監督は財団に帰属するものとするが、1つの国に複数の軍隊が乱立する状態が望ましくない事は歴史を紐解けば明らかだ。よって名義上は帝国軍の組織という風にすべきと考えている」


「……なるほど」


 これから数時間に渡り、軍の創設について白熱した議論が交わされた。

 政府高官や皇帝騎士団ナイツ・オブ・エンペラーの面々は勿論だが、それ以外の貴族達も自分の出資した金が軍事費用として運用されるとなると、気軽に座視する事はできない。

 しかし、ローエングリン総統への反感と先のブリタニア星系の戦いで感じた危機感、そしてウェストミンスターの貴族社会における影響力が後押しとなり、軍の創設が財団総会で賛成多数により可決した。


 そしてこの翌日、軍事省庁舎にて皇帝騎士団ナイツ・オブ・エンペラーもこれを追認する形で決定した。

 これにより誕生した軍事組織の名はディナール財団の名を捩って《デナリオンズ》と名付けられた。

 位置付けとしては軍事省の外局となるが、予算はディナール財団が全面負担する形となる。それもあって、デナリオンズの指揮・監督を行うデナリオンズ運営委員会の委員長はウェストミンスター公爵が務め、さらに軍人ではないディナール財団幹部5名が委員として参加。あとは軍事大臣サンドウィッチ侯爵と軍令部総長ウェリントン公爵、統合艦隊司令長官ハリファックス伯爵の三元帥マーシャル・ロードが委員を務めており、運営委員会の構成メンバー9人の内6人が財団関係者という事から、実権はディナール財団が掌握していると言っていい。



─────────────



 デナリオンズの結成。この事実は、帝国中に衝撃と不安を与えたが、それが最も顕著だったのは総統官邸だったのは言うまでもない。

「大貴族どもめ! 総統閣下に何の申し立ても無しに勝手な真似を!」

 総統執務室に若い青年士官ボルマン大尉の怒鳴り声が響く。


 それに対して、この官邸の主であるローエングリン総統の奴隷エルザが呆れたという風に口を開く。

「まったく煩いわねえ。少しは静かにしたらどう?」


「何だと小娘! 生意気な口を聞くな! だいたい貴様がもっと早く情報を掴んでいれば、事前に阻止できたかもしれんのだぞ」


「あら! 私のせいだって言うつもり? それを言うなら、あなたは事前に阻止するために何か行動を起こしたのかしら? 何もしてない人にあれこれ言われる筋合いはないわ」


「うぅ、そ、それは……」

 ボルマンは言葉を詰まらせて1歩後ろへとたじろいでしまう。


 醜く口論を交わす2人をデスクに座るローエングリンは落ち着いた様子で黙ったまま見物している。ローエングリン自身は事態をそれほど重くは感じていなかった。そして何より自分の奴隷であるエルザが敬語を使わずに口論に興じている様が物珍しく思えていたのだ。

 しかし、このまま2人の口論を見続けているわけにもいかない。

「もうそのくらいにしておけ2人とも。私は2人の働きには満足している。このデナリオンズとやらの創設には皇帝騎士団ナイツ・オブ・エンペラーも深く関わっている以上、エルザが事前に詳細な情報を掴んでいたとしても、こちらからはどうする事もできなかっただろう。むしろ今ここにこれだけの資料を用意してくれて感謝している」


 ローエングリンにそう言われて、エルザは得意げな表情を浮かべてボルマンの顔を見る。

 それに気付いたボルマンは軽く鼻を鳴らした後、そっぽを向いた。

 そんな2人のやり取りには目もくれずに、エルザが用意した書類を確認する。

「実戦部隊を指揮するのはあのモルドレッド大将か。能力的には申し分無いだろうが、典型的な大貴族を選んできたな」


 政治の上で軍隊の創設を決定しても、それを的確に運用できる人材と組織が無ければ烏合の衆でしかない。

 そこで三元帥マーシャル・ロードはデナリオンズ運営委員会にて、この委員会の下に実戦部隊の指揮・運用を行うデナリオンズ総司令部を創設するように提案して、その総司令部を纏める総司令官に帝国軍大将クラレント・モルドレッド子爵を指名した。

 能力に申し分無いのは勿論だが、人格面でも典型的な大貴族で、身分の低い平民階級を見下す姿勢を持ち、卑しい身分の出のローエングリンを毛嫌いしている男だ。


「いずれにせよ。これで新たな舞台の幕開けだ」

 そう呟いた後、ローエングリンは小さくほくそ笑むのだった。

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