コリントス軌道上の戦い・再戦
惑星の周囲に配置されていた連合軍の各包囲軍は、その包囲網を解いて戦力の再集結を図ろうとしていた。
しかし、その前に敵の総司令官を討ち取ろうと帝国軍は、艦隊を惑星コリントスの低軌道に沿うように進軍。両軍は低軌道上にて再び砲火を交わすのだった。
連合軍艦隊は前回と同じように空母を背に護衛艦隊を展開する戦術に出ていたが、前回と異なっているのは護衛艦隊の動きが空母を事実上の盾にするのではなく、本当に空母を守ろうとしている点だ。現に空母は後退して離脱行動を取っている。
そんな連合軍艦隊の動きを、戦艦ヴィクトリーの艦橋から眺めていたネルソン提督は笑みを浮かべる。
「連合軍も流石に2隻も空母を沈められるのは嫌らしいな。確かに私が敵将と同じ立場ならそうするが」
戦艦1隻を無人艦にして空母に特攻させ、核融合爆発を引き起こす。一見滅茶苦茶な作戦ではあるが、敵味方が被る損害比率を考えれば、極めて有効な作戦と認めざるを得ない。
戦艦1隻を建造するだけでも巨額の必要を投じるため、まさかそれを初手から特攻させてくるとは誰も考えない。
それで油断している空母を沈められれば、戦艦以上に建造費を要する空母と空母に搭載されている戦機兵、そして空母に乗る兵士達と、戦艦1隻分を遥かに凌ぐ損害を敵に与える事ができるのだ。
「よし! もう遠慮する事は無い! 正面の敵艦隊を打ち破るのだ! 中央の敵戦艦に砲火を集中させよ!」
ネルソンは勇猛果敢な指揮ぶりを見せて、あっという間に敵の戦艦1隻を撃沈するという戦果を上げた。しかしそれは、敵の反撃を無視する、半ば強引な攻勢と言わざるを得ない。だが、ネルソンにはそうしなければならない事情があった。
総司令官フレイランド大将は、惑星の周囲に展開している連合軍の各艦隊が集結する前に敵将モンモランシーを討つという各個撃破戦法に出ているわけだが、各艦隊が集結するまでそう時間があるわけではない。仮に正面の敵を打ち破る前に他の艦隊の集結を許した場合、帝国軍艦隊は敵に包囲されてしまう危険すらある。それを回避するためにもネルソンには多少無理をしてでも短期決戦で勝負を決める必要があったのだ。
そんなネルソンの考えは戦艦アルビオンにいるジュリアスもよく承知はしていたが、その一方でこんな言葉を漏らしている。
「いっそ敵に背後を襲わせれば良い。そうすれば、俺達の後ろで偉そうにふんぞり返ってる総司令官閣下も血相を変えて戦ってくれるだろうぜ」
ジュリアスは部下を制御し切れずに大きな損害を出してしまった失態を自分達ネルソン艦隊に清算させようとするフレイランド大将のやり方が気に入らなかったのだ。
「まあまあ、ジュリー。そんなに怒らないで」
そう言ってジュリアスを宥めるトーマス。彼もジュリアスの言う事には賛同しているものの、ジュリアスのように公然と口にできるだけの度胸は持ち合わせていなかった。
「2人とも! 今は戦闘中ですよ! 気を引き締めて下さい!」
「「りょ、了解」」
クリスティーナの怒気に当てられて、ジュリアスとトーマスは揃って大人しくなった。
両軍は激しい砲撃戦を繰り広げるも、数の差から連合軍は劣勢に陥り、1隻または1隻と戦艦を沈められていく。だが、正面の敵艦隊を壊滅させる前に背後を別の連合軍艦隊に襲われた。
フレイランド艦隊旗艦グラスゴーの艦橋では、フレイランドが反転迎撃の指示を出す。
「まったくネルソンめ! 軍人家系の名門が聞いて呆れる! あの程度の敵に手こずりおって!」
苛立ちを隠せない様子のフレイランド。
彼の命令は正確には少々遅過ぎた。艦隊が反転して迎撃態勢を整える前に、フレイランド艦隊は連合軍艦隊の艦砲射撃に晒されたのだから。
「何をしておる! さっさと反撃しないか!」
「回頭中です! 艦砲の照準が定まらず、とても砲撃などできません!」
「威嚇にはなる! 良いから撃てッ!」
幕僚の忠告を無視してフレイランドは砲撃を強行した。
フレイランド艦隊は砲撃を開始するが、回頭中で艦体が大きく動いているため、火器管制システムを以ってしても精確な砲撃ができず、そのほとんどが空振りに終わってしまう。
しかし、その間にも連合軍艦隊の攻撃はフレイランド艦隊に襲い掛かり、フレイランド艦隊の戦線は脆くも崩壊した。今は個々の艦が奮闘して辛うじて戦線を支えているが、敵が今一歩攻勢に出ればあっさりと崩れ去るのは誰の目にも明らかである。
「ええい! 怯むでない! 皇帝陛下のご威光を忘れた帝国貴族の恥晒し共に、栄光ある帝国軍が破れる事などあってはならない!」
その僅か1分後、旗艦グラスゴーは激しい爆発光と共に消滅するのだった。
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旗艦グラスゴーの撃沈。総司令官フレイランド大将の戦死。
この2つの報はすぐに帝国軍の全艦に伝わり、これを知ったネルソンは舌打ちをした後、艦隊の指揮は自分が執るとの旨を全軍に通達する。
ネルソンはすぐにフレイランド艦隊の残存艦艇を再編成して守りに徹しさせた。その間にネルソン艦隊自身は正面の敵艦隊を打ち破り、敵将モンモランシーの旗艦マルシュへと肉薄する。
「全艦、砲撃開始!敵空母を完膚なきまでに粉砕するのだ!」
あまり時間を掛けていられないネルソンは、惑星へ空母が落下するリスクを承知の上で撃沈を選択した。動力部を破壊してしまえば、艦体は木っ端微塵に消滅する。多少の破片が地上へ落下しても、都市を覆うドーム型シールドで充分に防げるはずだ。民間人に被害が及ぶ可能性はとても低い。そう自分に言い聞かせ、ネルソンは空母の撃沈という命令を下した。
しかし、仮に動力部を破壊できずに惑星への落下を許した場合、コリントスは核汚染という極めて深刻な被害を受ける事になる。
空母マルシュの艦橋では、ネルソンの決断を嘲笑うモンモランシーの姿がある。
「ふん。この船を潰しに来ますか。いくら高貴な帝国貴族と言っても、自分の命と辺境の平民とでは天秤に掛けるまでも無いらしい」
「……提督、指示をお願いします」
「総員、退艦しなさい」
「え?この空母を捨てるのですか!?」
「どの道、この船はお終いです。ならば、せいぜい敵の注意を引く囮になってもらいましょう」
マルシュの放棄。それはマルシュから次々と発艦される戦機兵と小型艇から帝国軍艦隊でも容易に察知できた。
しかし、最後の小型艇が脱出した直後、マルシュは突如針路をコリントスに向けて移動を開始する。
その様を確認し、すぐにどこへ向かっているのか計算するように命じた帝国軍士官はネルソン艦隊第2戦隊司令官のクリスティーナだった。
彼女の命令を受けてアルビオンのオペレーターがしばらくパネルを操作した後に導く出した答えは惑星コリントスの都市アティキアだった。
それを聞いた瞬間、ジュリアスは怒りのあまり右足で艦橋の床を蹴る。
「クソッ! あの野郎、空母を質量兵器として町に落とす気だな!」
先ほどまでいつも通りに戻っていたジュリアスは、再び怒りに顔を歪ませていた。
ジュリアスはかつての惑星ロドスでの日々を脳裏に浮かべながら、怒りを増幅させていく。
「あの、准将」
恐る恐るネーナがジュリアスの肩に触れる。
その瞬間、ハッ!となったジュリアスはネーナの顔を見て、何とか笑みを作った。
「す、すまんすまん。俺は大丈夫だからな。そんな顔をしないでくれ」
そう言ってネーナの頭に優しく手を乗せる。
そして視線をクリスティーナの方に目を向けると、落ち着いた面持ちで口を開く。
「クリス、無人艦になった敵の空母なんて本当なら無視したいところだけど、仕方がない。当初の作戦通りにあの空母を攻撃しよう」
「ええ。無論、そのつもりです」
「でも、目標は撃沈ではなく、機関部を破壊して航行機能を奪い、艦砲射撃の勢いで針路を逸らす。あれだけの質量体だ。軌道を変えられれば、今すぐに地上に落下するという事はないはず。あれの撤去は戦闘後でも良い」
「分かりました。ではそのようにしましょう。ネルソン提督にもそのように伝えます」
この後、ネルソンもジュリアスの提案に同意し、空母マルシュへの攻撃を継続した。
しかし、モンモランシーがそれを黙って見ているはずもなく、マルシュの護衛艦隊所属だった戦艦アルヒーフに乗艦すると同時に、ネルソン艦隊に総攻撃を仕掛けるよう指示を飛ばす。
両艦隊は激しい砲火を交わし、その末にネルソン艦隊は遂にマルシュの機関部を破壊。さらに軌道を逸らす事に成功した。
その一方で、最も連合軍艦隊の砲撃を受け止めていた戦艦テメレーアが航行不能に追い込まれる。
「テメレーア、機関部停止。航行不能です!」
オペレーターからその報告を受けたネルソンは苦虫を噛み潰したような顔をする。
「くッ! 正面の敵の戦力はあと僅かです。このまま前進して近距離からの砲撃で確実に仕留めよ!」
帝国軍は決して有利な状況とは言い難かった。しかし、過酷な戦いを強いられているという意味では帝国軍も連合軍も同じ状態と言えるだろう。
戦艦アルヒーフにて指揮を執っているモンモランシーも戦況の過酷さは痛感しており、彼は撤退するかどうかを考えていた。
「空母を2隻も失った以上、ここは撤退すべきかもしれませんね」
「て、撤退ですか? しかし、この状況では撤退もままならないかと」
「もうじき分散配置していた味方の艦隊が到着するでしょう。それに合わせて退くのです」
「な!友軍を囮にして逃げると仰るのですか!」
「空母2隻が撃沈され、その護衛艦隊も壊滅状態となれば、もはやコリントスの制圧は困難です」
「で、では、地上にいる友軍は?」
「放っておきなさい」
「……」
「何か不満でもあるのですか?」
「い、いいえ」
やがて連合軍の別動隊が戦場に急行し、帝国軍に向けて砲撃を開始する。それに合わせるようにモンモランシーは乗艦アルヒーフを後退させた。
アルヒーフの後退を見て、他の連合軍艦隊も後退を始め、惑星コリントスの軌道上の制宙権は帝国軍の手に落ちた。
戦いに勝利したクリスティーナは、敵が地上の味方を置き去りにして撤退した事に嫌悪感を示している。
「味方を見捨てて自分達だけで逃げるとは。呆れた敵ですね」
「あいつは昔からああいう奴さ。自分以外は全てが捨て駒に見えてるんだろうよ」
この後、帝国軍はコリントスへの上陸作戦を展開。連合軍地上部隊は味方の艦隊に置き去りにされたという絶望的な状況下にあっても奮闘し、戦いは数日に渡って続くも、最後は帝国軍の攻勢の前に敗れて降伏。帝国軍はコリントスを死守する事に成功したのだった。




