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枢機卿

 御前会議が終了し、枢機卿達が聖座の間を退出する中、ガウェインはコンサルヴィを呼び止めた。


「貴公に色々と聞きたい事がある。少しお時間を頂けないでしょうか?」


「……良いでしょう。では、私の部屋で、紅茶でも飲みながら伺います」


 2人の枢機卿は、大聖堂の一室へと移動する。

 大聖堂の外観を思えば、やや華やかさに欠ける質素な造りだった。

 それは清楚を旨とする聖職者らしさの名残と言えなくもなかったが、後から豪華な調度品を色々と持ち込んだためにその謙虚さも今では失われている。


「それで、私に聞きたい事とは何ですかな?」

 ソファに腰掛けて、使用人が淹れた紅茶を飲みながらコンサルヴィが問う。


「ニヴルヘイム要塞で亡くなったはずのローエングリン総統、いや、陛下がなぜ地球で教会の宗教指導者になっているのだ? それに地球の衛星軌道上に展開しているあの教会艦隊は一体どこで用意した?」


 ガウェインはローエングリンが生きていたと知ったその瞬間から、ずっと気になって仕方がなかった。

 しかし、ガウェインはそれを本人に聞く事ができずにいた。それはローエングリンに異様な気配を感じたからだ。まるでローエングリンの姿をしたまったくの別人のような感覚を、理屈云々ではなく五感で感じていた。


「……その件については、私よりも適任者がおりますよ」


「適任者、ですか?」


「この部屋へ来るように先ほど連絡をしましたので、今しばらくお待ち下さい」


 それからしばらくしてだった。

 コンサルヴィの部屋に、やや収まりの悪い茶髪をした白い祭服姿の青年が現れる。

「お久しぶりです、ガウェイン提督」


「き、貴公は、ボルマン少佐か?」


 青年の名はアルベルト・ボルマン。

 かつてローエングリンの副官を務めていた人物だ。

 ニヴルヘイム要塞が陥落したグラナダの戦いから生還した後は、ローエングリンの妻であるエフェミアに従って地球に移住したのを最後に表舞台から姿を消していた。

 現在は便宜上司祭という聖職者の位階を得て、ローエングリンを支えている。


「お聞きしたい事は分かっています。なぜ総統閣下、いや神聖皇帝陛下が生きておられるか、ですな?」


「……その通りだ」


「グラナダの戦いで、陛下は亡くなってなどいなかったのですよ。ニヴルヘイム要塞が吹き飛ぶ直前、瓦礫に挟まれて意識を失っていた陛下を兵士が見つけて救出していたのです」


「ではなぜすぐに、我々の下へ戻ってこなかったのだ?」


「要塞爆発の衝撃に宇宙船が巻き込まれて損傷したため帰艦ができなかったようです。そこでひとまず安全な場所に身を隠して船を修理していたとか。また陛下は昏睡状態にあり、およそ1年もの間、意識不明の状態で生死の境を彷徨っておられました」


「……だとしても、なぜ地球なのだ? 帝都キャメロットに戻ってきて下されば、ヘルは分裂せずに済んだかもしれないというのに」


「要塞から脱出した直後、数分だけ意識を取り戻したらしく、その時に地球へ向かうように陛下御自身が指示されたようです」


「陛下御自身が?」


「はい。元々陛下は、グラナダの戦い以前より教会艦隊建造を立案しておられました。尤も私がそれを知ったのは、戦い後ですが」


「……どういう事だ?」


「陛下はあの戦いの最中で私に一通の手紙を託されました。そこにはもしご自身が戻らなかった際の大まかな計画とその詳細を記した資料の在処についてが書かれていたのです」


「その計画というのが神聖銀河帝国を作り上げるという事か?」


「そうです。陛下は、もしあの戦いでご自身が敗れた場合、地球聖教を基盤とする新帝国の建国を構想しておられたのです。現在、地球の再開発を進めている地球開発公社も元はヘルの全面支援の下に創設されました。ですが、この公社こそ秘密裡に教会艦隊を建造したのです。聖地である地球を再開発するという名目で銀河中から資金と資材を集めて、裏で艦隊を作り上げる。時間は掛かりましたが、思いの外簡単な作業でした。やはり教会の権威も侮れませんな」


「……では私は一体、何のためにネオヘルを作ったのだ? あのお方にそのような計画があったのなら、なぜ我等に伝えて下さらなかった? ネオヘルの武力と教会の財力と権威が合わされば、共和国を倒し、銀河統一というヘルの大願を成す事ができたというのに」


「そうでしょうか? レナトゥス書記長。あんな人形を持ち出さねば維持できないような政権など、いずれは滅亡の道を辿った事でしょう」


「……」

 ガウェインは否定できなかった。

 実際、ネオヘルの創設当初は激しい覇権争いが続き、多くの将帥を失う事になった。レナトゥス書記長の登場により、その権力闘争は終息したが、ガウェインとデーニッツの関係はあまり良好とは言えず、ガウェイン自身も心配の種になっていた。

 もしかしたら、それも全て計算して共和国とネオヘルの双方が適度に弱るのを待っていたのかもしれない。そうガウェインが推測するのに、そう時間は掛からなかった。


「どうかされましたか? まさか神聖皇帝陛下の御意に不満でも?」

 ボルマンの鋭い視線がガウェインに向けられる。

 かつて総統の忠臣として知られた彼の忠誠心は今も健在らしい。


「……不満など無い。あのお方には、これまでお取立て頂いた御恩がある。それに銀河に秩序を取り戻せるのは神聖皇帝陛下だけ。陛下がこの世に戻られたというのなら、私はあのお方に最後の瞬間まで忠を尽くすのみだ。だが、私としては貴公等、教会の本意の方が疑わしいがな」

 そう言いながら、ガウェインは視線をボルマンからコンサルヴィへと移す。


 それに対してコンサルヴィは、静かに笑みを浮かべて返す。

「ふふふ。何を言うのです? 我等は教皇聖下の孫娘であられるエフェミア様の夫、そして我等枢機卿の上に立たれる最高司祭様のご意志に従っているだけ。何も不自然な点はございますまい」

 かつて教皇の下で教会の勢力拡大に尽力したその手腕は今も衰えてはおらず、コンサルヴィは余裕の態度を保ったまま再度、紅茶を一口飲む。


 しかし、数々の苦難を乗り越えてきた歴戦の勇将も負けじと返す。

「ほお。てっきり私は、銀河統一が成った暁には、陛下を亡き者にしてあなたが聖座に座ろうと画策しているのではないか、と戯言にもならないような想像をふとしてしまいましてな」


「ふふふ。なるほど。面白い想像ですな。しかし、どうかご安心を。我等枢機卿は神々に仕える僕。その神々の恩寵を受けし皇帝陛下に弓を引くなどありえない話ですよ」


「……そうである事を祈るとしよう」

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