エディンバラの女狐
会議室を後にしたジュリアスは、同じく別室へと移動したクリスティーナに張り倒されそうな勢いで詰め寄られていた。
「ジュリー、一体どういうつもりですか? あれは先日の閣議で否決になったでしょう!」
そのあまりの勢いにジュリアスはつい圧倒されそうにもなるが、彼も彼で何の考えも無しに独断であんな事を口走ったわけではない。
「そ、そうだがよ。ここで交渉が失敗して、この国がネオヘルに取り込まれたら、せっかくの優位な流れが崩れかねないだろ! それは絶対に避けないと」
「それはそうですが、今後の火種を新たに作っては意味が無いでしょう!」
「そうやって手をこまねいてたら、戦機を逸するってもんだ。それにエディンバラ側にとってもこれは有利は話ばかりとは言えないぜ」
「……どういう事ですか?」
「星間貿易ってのは儲かるが、管理が物凄く大変なのも事実だ。特に宇宙海賊への対処なんかがな。エディンバラの国力で広大な旧連合領全域をカバーできると思うか?」
「そ、それは、確かにそうかもしれませんが」
「だろ! エディンバラじゃ結局対処できずに共和国に泣きついてくるのが関の山さ」
「……それは流石に楽観視し過ぎと言うものではないでしょうか?」
「分かってる。でも、政治的に旧連合領域を統治するのは共和国だ。いざとなったら武力でどうにでもできる。そりゃもしそうなったら旧連合領域の経済網は麻痺して大変な事になるのは分かってるよ。だが、ネオヘルとの戦いを思えば安いリスクだとは思わないか?」
しばらく黙り込んで悩むクリスティーナは、小さくため息を吐いた後に口を開く。
「はぁ~。分かりました。トムや閣僚達は私が説得します。ジュリーの思うように進めて下さい」
「ほ、本当に良いのか?」
「今更、何を言うのです。どうせジュリーは私が何を言っても引き下がるつもりは無いんでしょ」
「ご、ごめん。いつもいつも我が儘ばかりで」
いつになくしょんぼりと小さくなるジュリアス。
「止めて下さい。そんならしくもない。ジュリーのその我が儘のおかげで危機を乗り切れた事が幾度もあったのもまた事実。今回もジュリーの機転を信じましょう」
「ありがとう、クリス! 恩に着るよ!」
「ですが今回限りです。次はありませんから、心して下さいね」
「わ、分かった。肝に命じておくよ」
クリスティーナの冷たい笑みを前に、ジュリアスは背筋が凍る思いがした。
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ジュリアスとクリスティーナが別室にて相談をしている頃。
エディンバラ大公夫人がいる会議室では、ネオヘルのレナトゥス書記長とガウェイン元帥が交渉に臨んでいた。
「かつて銀河は、ヘル政権によって統一されて平和な時代を迎えようとしていた。それを阻んだのは今は大統領などという地位にいる3人の反逆者達です」
レナトゥスの話を聞いていたエディンバラ大公夫人は不意に笑みを溢す。
「ふふふ。だから手を組んで平和の敵を共に討とうと?ふふふふふ。総統の再来は随分と青臭い事を言うんですね」
「長く続いた戦乱の世で国も民も疲弊し切っています。一刻も早くこれを終息させなければ人類の存続にも関わります」
「そのためにキャメロットを破壊したのですか?」
「そうです。帝国は共和国に迎合し、己の保身を図ろうとしていました。彼等のような輩を放置しておくわけにはいきません」
「もういいですわ。余興はここまでとしましょう。あなた方ネオヘルが欲しているのは我が国の経済力と影響力。そうですね?」
「……ご推察の通りです。我等が手を結べば、巨大な勢力が完成します」
「その巨大な勢力とやらで共和国を打ち破ったとして、一体この私に何の得があるのですか?」
エディンバラ大公夫人は、ここで先ほどジュリアス達にしたように、相手が自分達にどのような対価を用意しているのかを問い掛ける。
「今現在は共和国領となりながらも、元を正せば貴族連合領だった星系は数多あります。それ等全ての領有権を差し上げましょう」
共和国側の提案と違って権利だけでなく領地ごと丸ごと提供するというレナトゥス。
一見、彼の提案の方が魅力的にも見えるが、“今現在は共和国領”という部分にエディンバラ大公夫人は引っ掛かりを覚えた。
それはつまり今のネオヘル自身は身を切るつもりが無いという事だ。
そして共和国を打ち倒さない限り、その見返りをエディンバラが得る事はできない。
見返りを得たいなら、最後まで裏切らずに共に戦えという意図が見てとれた。
尤も共和国側が提示した見返りも全てを受け取ろうと思えば、ネオヘルが領有している旧連合領域を共和国に奪い取ってもらう必要があるので、一概に共和国の方が気前が良いとは言えないのかもしれない。
そうは思いつつも、エディンバラ大公夫人は共和国の出した見返りの方が魅力的であり、また個人的に好感を覚えもした。
「随分と気前の良いお話ですね」
「ネオヘルは礼には礼を尽くします」
「ふふ。なるほど」
その時、エディンバラ大公夫人の隣に座る行政官のブレスレット端末に着信があった。
行政官は一旦席を立って会議室の隅へと移動する。そこで静かに端末を起動して通信越しに用件を聞くと、すぐにその内容をエディンバラ大公夫人に耳打ちして報告する。
「今すぐにお通しして」
「え? で、ですが、」
「構いません。レナトゥス書記長、実はこの会談にもう2人ほど人を加えたいのですが、宜しいですよね?」
悪意に満ちた笑みでエディンバラ大公夫人はレナトゥスに問う。
「ええ。勿論、構いませんよ」
レナトゥスも当然の如く了承する。
それから少しして会議室の扉が開き、奥からジュリアスとクリスティーナが姿を現した。
2人を目の当たりにしたガウェイン元帥は目を見開いて席を立ち上がる。
「な! き、貴様等、なぜここに!?」
「が、ガウェイン提督? それに……」
クリスティーナの蒼い瞳はまず声を荒げるガウェインを捉えて、次にその隣に落ち着いた様子で座っているレナトゥスに向けられる。
「……レナトゥス書記長」
ジュリアスの赤い瞳は、殺気にも似た鋭い視線でレナトゥスを見据えた。
対するレナトゥスは、そんなジュリアスとクリスティーナに対してどのような視線を向けているのかはマスクで窺う事はできなかった。
しかし、2人ほどの熱量は無いのか。すぐに彼の視線はエディンバラ大公夫人へと向く。
「大公夫人、些か意地の悪い趣向ですな」
「ふふふ。意図せずに敵対する勢力の首脳同士がこうして顔を合わせる機会なんてそうそう無いでしょう」
エディンバラ大公夫人は、口元を扇で隠しながら楽しそうに語る。
「……まあ良いでしょう。これも良い機会かもしれません」
一考の末、レナトゥスはジュリアス達との会談に臨む事を決めた。
だが、レナトゥスの決断にガウェインは不服があった。
「し、しかし、レナトゥス書記長! 我等の目的はエディンバラとの交渉を纏める事のはずです! こんな総統閣下を裏切った輩と話す事など何もありませんッ!」
「心中はお察しします、ガウェイン元帥。ですが、せっかく大公夫人が設けて下さった場。これを断っては非礼に当たります」
「……承知しました」
レナトゥスの言葉を受けて、ガウェインは渋々席に座り直す。
そのやり取りを見て、エディンバラ大公夫人は楽し気な笑みを浮かべる。
「さて。有意義な会談を始めましょうか」
ここから、後に「エディンバラ会談」と呼称される会談の本番が始まるのだった。




