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甘い一時

 スバロキアの戦い後、共和国の3人の大統領と帝国暫定政府首班の計4名による共同声明で、帝国の解体と共和国への併合が正式に発表された。

 これを以って300年に渡って栄華を極めた銀河帝国の歴史は幕を閉じる。


 これに対して帝国の旧支配層の反応は、当初のジュリアス達の予想に反して好意的だった。

 帝国の旧支配層と言っても、上層部に立っていた者の9割はキャメロットと運命を共にし、残っている者のほとんどは中堅クラスばかり。

 そんな彼等がこの窮地に求めるのは、利権や地位ではなく己の身の安泰。


 共和国三人委員会の決定により共和国に加わった旧支配層に対しては、帝国時代の半分程度の経済的支援をする事が約束され、これが彼等の自立心を挫く決め手となったのだ。

 これは共和国にとってこれは大きな財政負担となるが、帝国との併合を平和的に行うためには止むを得ないという判断から、この決定が下された。


 こうして共和国に議員という待遇を以って迎え入れられた彼等は、少しでも己の立場を強化しようと大統領府へと訪れて大統領に面会を求めた。高価な贈り物を片手に。


 その光景を目の当たりにしたジュリアスは、かつてローエングリン総統が旧帝国貴族勢力から政権を奪い取った際に、旧帝国貴族が少しでもローエングリン総統の心象を良くして自らの保身を図ろうとする者が続出した頃の事を思い出した。


 そしてそんな彼等の対応に主に当たっていたのは、大統領の1人であるクリスティーナだった。

 旧帝国貴族の名門ヴァレンティア伯爵家の令嬢でもある彼女の方が、ジュリアスやトーマスよりも適任だろうという副大統領ヴィンセントの提案によって、彼女にこの役が回って来たのだ。


 その間、ジュリアスとトーマスも決して遊んでいたわけではない。


「外部から入ってくる人がこれだけ多いと、当然警戒しないといけないのは、その中に敵のスパイが混じっていたり、何か二心を持った奴が潜んでいるかもしれない事だ」

 ジュリアスが胸の内に抱いている懸念をトーマスに話す。


「とりあえず彼等には、マルガリータに移住してもらう予定だけど監視の目は充分に光らせておかないとね」


「ああ。クリスには表向きの対応を全部押し付けちまったからな。裏手の仕事はこっちでやらないと」


「それなら僕に任せてよ。国内の事は僕とクリスで担当してるんだから、ジュリーはこれまで通り軍事の方に専念して」


「大丈夫か? お人好しのトムにそんな事を任せても」


 ジュリアスは心配そう眼差しを向ける。

 ジュリアスにとってトーマスは誰よりも信頼の置ける同僚であり、誰よりも大切な親友だ。

 彼の事を誰よりも熟知していると自負しているジュリアスの目から見て、トーマスには温厚でお人好し過ぎるところがあった。

 そんな彼に監視の目を光らせて、人を疑うという事ができるのかという点が、ジュリアスには不安で仕方がない。


「心配し過ぎだよ。僕だってこの大統領っていう大任を5年も務めているんだから。公私の切り替えくらいちゃんとできるさ。それに実際に監視して動向を探るのは警察機関の人で、僕は言ってしまえばその報告を受けて指示を出すだけ」


「そう簡単に言うけどよぉ」


「それに僕は、ジュリーの親友を一体何年続けていると思うんだい?」


 トーマスの揶揄うような物言いに、ジュリアスは一瞬言葉を詰まらせる。

「……な、何だよ。俺の親友だと疑り深くなるとでも言うのか?」


「まあね。規則違反の常習犯。約束破りなんて日常茶飯事の自由人なんだから、ジュリーは」


「そ、それはいくら何でも言い過ぎだろ」

 流石に心外だ、と声を上げて反論したくもなるが、思い当たる節があったジュリアスは出掛かっていたものを辛うじて引っ込めた。


「ジュリーの規則違反の罪を僕が何度代わりに被ってあげたと思ってるのさ! ジュリーのためとは言っても、やってもない事で鞭で打たれるのはけっこう応えるんだよ」


「うぅ。そ、その事には感謝してるよ」

 ジュリアスにとって、その話は持ち出されると何の反論も封じられる黒歴史だった。


「だったら、その感謝をもっと行動に示してもらいたいわね」


「こ、行動って今はもうそんなに規則違反なんてしてないはずだぞ」


「そりゃ規則を守らせる側になったんだからね。それに僕が言いたいのはそっちじゃないよ」


「え? じゃあ何だよ?」


「ジュリーはパトリシアやネーナちゃんにちゃんと休息を取るって約束したのに、それがいつも守ってもらえなくて困ってるって聞いたよ」


「うぅ。そ、それは……」


 ジュリアスが言い訳を考えている間にもトーマスの話は止まらない。

「遅刻はする。居眠りはする。一見すると不真面目なのに、ジュリーは一度仕事に集中しちゃうと止まらなくなっちゃうからね」


「パトリシアやネーナからもその事で散々怒られてるんだから、トムくらいは優しくしてくれても良いだろ」

 拗ねた子供のように頬を膨らませるジュリアス。


 その無邪気な仕草にトーマスはクスッと笑う。

「皆、それだけ心配してるって事だよ。とまあ、話は逸れちゃったけど、こっちは僕に任せて、ジュリーは休める時に休んでおいて」


「……分かった。頼りにしてるぞ、トム」



 それから少しして、訪問者の応対を終えてクタクタになった様子のクリスティーナが2人の前にやって来た。


「クリス、大丈夫か?」


「今、コーヒーでも淹れるね」


 疲れ果てた様子のクリスティーナを心配そうに声を掛けるジュリアスとトーマス。


「ただ人と会って話すだけ。そんな楽な仕事ではないとは思っていましたが、まさかここまで労力を使う事になろうとは流石に思いませんでした」


「何せ相手は我欲丸出しの奴等。しかも対応を誤れば今後の火種になりかねないから無下にもできない。何ともたちの悪い話だからな。クリスに任せっきりで悪かったと思ってるよ。すまなかったな」

 そう言ってクリスティーナの労を労うジュリアス。


「や、止めて下さい。それを言うなら、これまでジュリーには命懸けの軍事を全て任せていたのです。このくらいどういう事はありません」

 クリスティーナは頬を赤くして照れ臭そうにした。


 そこへトーマスがコーヒーが入ったカップを3人分用意して戻ってきた。

 その内の1つをまずはクリスティーナに渡すと、彼女は「ありがとうございます」と言いながら受け取る。


「そうだ。ブラケット准将が3人で食べて下さいってお菓子をくれたんだった。せっかくだから今持ってくるね」

 そう言ってトーマスは一旦席を外し、少ししてお菓子の家をイメージして作られた厚紙の箱を手に戻ってきた。


 それを目にしてジュリアスは目の色を変えた。

「お、おい、トム! それってもしかして」


「うん。何でも今、マルガリータの学生達の間で流行ってる洋菓子店で買ったものらしいよ」


「パティスリーヌだろ! いや~一回食ってみたかったんだよな!」

 口から涎を垂らしそうなくらいうっとりとした顔をするジュリアス。


「へえ。そんなに有名なお店なんだ」

 トーマスもお菓子は好きだが、ジュリアスのように食い意地が張っているわけでもなく、自ら美味しいお店や有名店を探したり巡ったりするほどではない。

 巷で有名な店の名前を聞いても、それほど興味を示していない様だった。


「何だよ素っ気ないな。一個一個手作りという今時珍しい製造方針だから、買いたくてもそもそも在庫が無くて買えないって事もざらにあるくらいなんだぞ」


 ジュリアスが熱く語っていると、今度はクリスティーナが口を開く。

「開店前の早朝から長蛇の列ができるくらい美味しいお菓子を売っていると、以前に誰かから聞いた事があります。この箱もオシャレで可愛いですね」


 クリスティーナはトーマスが手にしているお菓子の家風の箱を手に取ってじっくり見聞する。

 彼女はむしろその中身よりも箱の方に興味津々のようだった。


「なあ。箱も良いけど、早くお菓子を食べようぜ!」


「まったくジュリーは。もう少し食べる以外の楽しみ方も覚えたらどうです?」


「そうは言っても、パティスリーヌのお菓子を前に、他に何を楽しめばいいって言うんだ?」


 クリスティーナの問いに対するジュリアスの返事を聞いて、トーマスは笑みを浮かべる。

「ふふ。クリス、今のジュリーにそんな事を言っても無駄だよ」


「確かに。それもそうですね」


「何だよ2人して。疲れた時は甘い物が何より恋しくなるものだろ」

 ジュリアスは唇を尖らせながら言う。


 するとトーマスとクリスティーナが急に笑い出した。

 それを見たジュリアスはより一層へそを曲げてしまった様子で声を上げる。

「何で笑うんだよ!」


「ふふふ。ごめんごめん。何だか急に可笑しくなってきちゃって」

 必死に笑いを堪えながら謝るトーマス。


「可笑しいって何が?」


「だってさ。僕にとってはジュリーとクリスとこうしている一時が何よりも甘くて疲れが吹き飛ぶものだから」


「ええ。私もそうですよ。どうやらジュリーは違うようですが」

 トーマスの言葉に同意しつつ、クリスティーナはジュリアスに悪戯っ子のような笑みを向ける。


「うぅ。お、俺だって2人とこうしていると、疲れなんて吹き飛ぶぞ! でも、お菓子があればもっと吹き飛ぶんだからな!」

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