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ネオヘル軍元帥

 アルヴヘイム要塞を陥落させられ、惨めにも敗走している真っ最中のネオヘル軍艦隊の空気は重いものだった。


 そんな中、旗艦グローリアスに惑星ジテールから交信を求める通信が届いた事が通信オペレーターの口から告げられる。

 それを耳にしたデーニッツ提督は全身から汗を流し、両足を震わせながらも、その通信回線を開くよう指示を出す。


 次の瞬間、デーニッツのすぐ正面に3Dディスプレイが表示されて、そこにはマスクで顔を隠した銀髪の男性の姿がある。

 ネオヘルを統べるレナトゥス書記長だ。


「デーニッツ提督、要塞が陥落したらしい」

 マスクのおかげで表情はよく分からないが、その声には静かな口調とは裏腹に明らかに怒気が含まれている。


「は、はい。申し訳ございません、書記長」


「……帝都キャメロットを破壊し、その混乱に乗じて帝国領に総攻撃。途中までは計画通りだったのだがな。計画の要である要塞が無くなっては侵攻軍には撤退を命じるしかあるまい」


「なッ! お、お待ちください、閣下! 要塞が無くとも計画の継続は不可能ではありません! 中央の統制を失った今の帝国軍は脆弱そのもの。侵攻軍は今のまま進軍させても問題は無いかと」

 要塞を破壊された上、帝国領の征服という目的まで未達成となれば、デーニッツの立場はより一層危ういものになってしまう。

 せめて帝国領の全てとは言わないまでも、半分を征しておく事くらいはしなければと考えていたのだ。


「共和国軍が加勢してきた場合、そうも言ってはいられまい。アルヴヘイム要塞という巨大な切り札があったからこそ、今回の作戦に踏み切ったのだ。それを失った今、作戦の継続はリスクが高過ぎる」


「……で、ですが」


「そこまでにしたまえ、デーニッツ上級大将」

 通信からレナトゥスとは異なる男性の声が聞こえてきた。

 そしてレナトゥスを映している3Dディスプレイのすぐ右隣の空間に新たな3Dディスプレイが表示される。

 そこに映し出されたのは、短めの茶髪に所々白髪が見え隠れしている40歳くらいの男性だった。

 その長身で大柄な体格をした男性を目にしたデーニッツは驚愕する。


「が、ガウェイン元帥、なぜあなたが?」


「ネオヘルの危機とあらば、私が出ぬわけにはいかんだろう」


 かつて共和国と講和条約を結んだゲーリング一派に見切りをつけてヘルを離脱し、独自にネオヘルを創設したヘンリー・ガウェイン提督。

 長きに渡ってローエングリン総統を軍事面で補佐し、帝国軍の第一提督ファースト・アドミラルにまで出世した彼は、今はネオヘル創設の立役者として元帥号を得ている。

 しかし実際のところ内部闘争に明け暮れていたネオヘルに嫌気が差してしまい、軍務からも遠ざかって半ば隠居状態にあった。

 それまで就いていた重要な役職も放り出してしまうが、創設者を無下にして兵士達の士気に悪影響が出る事を恐れたネオヘル中央委員会の説得により、中央委員会最高顧問という何の権限も無い名誉職に収まる事で決着していた。


「アルヴヘイム要塞を失ったばかりでなく、ネオヘルの貴重な艦隊戦力まで貴官の保身のために失わせようと言うのか?」


「ほ、保身だとッ! 私はネオヘルの未来を思って発言している! 世捨て人風情が今更何を偉そうにッ!」

 つい頭に血が昇ってしまったデーニッツは、上官に向かって声を荒げる。

 デーニッツが自分のした愚行に気付いた時には、既に手遅れであった。


 しかし、当のガウェイン本人は小さく笑うのみで特に気にしている様子は無い。

「世捨て人、か。まあそう言われても仕方がないか。ここ数年、ろくに表には出てこなかったからな。だが、腐っても私はネオヘル中央委員会最高顧問。ネオヘルの繁栄のために最善の道を示すのが私の役目だ」


「私はこのまま侵攻作戦だけでも継続させる事が、ネオヘルのためと考えます。実際に戦ってみて分かりました。今の帝国軍が如何に劣化しているかを。これを機に帝国を滅ぼし、我等ネオヘルが真の帝国を再建するのです! それこそが亡き総統のお望みであるはず!」


「総統閣下は全てにおいて先の先まで見据えて動いておられた。必要とあれば、計画の変更も迷わず決断されるお方だ。貴官と違ってな」


「小官はその必要があるとは考えておりません」


 デーニッツとガウェインは一歩も引く様子はなく、画面越しに火花を散らす。


 デーニッツを初めとするネオヘルの若い高級士官達は、ガウェインを陰で“老将”と呼んで嘲笑っていた。

 尤もその事はガウェインも承知しているのだが、それを耳にする度にまだ老将と呼ばれるような歳ではないと冗談交じりに訂正するのみで特に気にしている様子も無かった。


 しばらく両者の言い合いを黙って見物していたレナトゥスが不意に口を開く。

「デーニッツ提督、私もガウェイン提督と意見を同じくしている。中央委員会の名の下に命じる。直ちに撤退したまえ」


「……承知致しました、書記長閣下」


 書記長と最高顧問の2人に言われては、流石のデーニッツも逆らえない。

 デーニッツは敬礼をすると通信を切った。

 彼の前に表示されていた2枚の3Dディスプレイが同時に閉じると、デーニッツは小さく溜息を吐く。


「宜しかったのですか?」

 そう言いながら、彼の副官であるフリーブルク中佐が恐る恐るデーニッツに近付く。


「良いも悪いもあるまい」


「ですが、今回の敗戦は何も閣下のせいとばかりも言えないでしょう。閣下は全て中央委員会の定めた作戦通りに行動しました。しかし、中央委員会の予測以上に帝国軍の動きが速かったのです。この敗戦は中央委員会の考えが甘かった事に原因があるかと」


「言うな。中央委員会の耳に入ったら、大事になるぞ」


 ネオヘルでは“内務保安省”という、旧ヘル政権の国家保安本部のような秘密警察が存在する。

 国民を徹底監視下に置き、ネオヘルと中央委員会に逆らう者を弾圧するための機関だ。

 書記長として政権を掌握したレナトゥスが組織の安定化を図るために創設したのだが、この内務保安省は今では体制側であるはずの政治家や官僚、軍人にまで監視の目を光らせるようになり、ネオヘルの管理社会を形成していた。



─────────────



「ご協力に感謝します、ガウェイン元帥」


 デーニッツとの通信が切れた後、クリムレン宮殿の執務室のデスクに腰掛けているレナトゥスは、同じこの部屋に設けられているソファに座るガウェインに対して礼を述べる。


「いやいや。これだけ労力を掛けて建造した要塞がこうもあっさりと落とされたとあっては、これまで通り隠居を決め込むわけにもいかんのでな」


「アルヴヘイム要塞の陥落は確かに誤算ではありました。しかし帝都キャメロットは宇宙の塵と消え、帝国は事実上滅亡しました。ここは損失を惜しむより、最低限の目的は果たせたと前向きに捉えるべきでしょう」


「だがこれで帝国は完全に共和国側になびく。共和国は一気に勢力を伸ばす事になるのではないか?」


 ガウェインの懸念は尤もである。

 先の敗戦を考えても、帝国が共和国に手を貸したために、アルヴヘイム要塞は大兵力による攻勢を受ける事になり、要塞を失う原因となった。

 帝国と共和国の統合は、ネオヘルにとっては脅威以外の何物でもないはずだ。


「確かにそうですが、敵にとってはリスクもあります。キャメロットを失った事で帝国の政治・経済は大混乱。これを収拾する手間を共和国は一手に担わなければならないのですから。それに中心地として地位が衰えたと言っても、キャメロットが銀河系全域に与えていた経済的影響力は計り知れない。それをいきなり失った衝撃は、帝国との連携を深めていた共和国に大きなダメージを与えたかと」


 アルヴヘイム要塞を失った事で、ネオヘルが得た損失は確かに計り知れない。

 だが、キャメロットを失った事で帝国、そして共和国が得た損失をそれと同等、もしくはそれ以上とレナトゥスは考えた。


 レナトゥスの話を聞いたガウェインは小さく笑みを浮かべる。

「流石は、総統の再来と呼ばれるだけの事はある」

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