表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
144/175

地球の影

 スバロキアの戦いを征して首都マルガリータへと帰還の途に就いていたジュリアスとクリスティーナに休んでいる暇など無かった。


 銀河帝国暫定政府首班クリストファー・ヴァレンティア伯爵との会談があった。

 会談の場は、共和国軍艦隊旗艦インディペンデンスの会議室に設けられ、ヴァレンティア伯爵は自身の娘であり共和国大統領の一人であるクリスティーナと共にインディペンデンスに乗艦した。


 ジュリアスは会議室の前にて、まず共和国大統領としてではなく、クリスティーナの友人として、ヴァレンティア伯爵の前に立つ。

「ヴァレンティア伯爵、大切なご令嬢に反逆者の汚名を着せ、伯爵にも多大なるご迷惑を掛けてしまい、本当に申し訳ありませんでした!」

 ジュリアス達が帝国から離反してより今日まで、ジュリアスはヴァレンティア伯爵と対面する機会がなく、ずっと謝罪したいと思っていたのだ。


「え? ちょ、ちょっと待ってくれ、ジュリアス君」

 深く頭を下げて謝罪するジュリアスに、ヴァレンティア伯爵はむしろ動揺した様子で、慌てて彼に頭を上げるよう促す。


 そしてジュリアスの隣に立つクリスティーナも頬を赤くしてジュリアスの両肩に手を添える。

「や、止めて下さい! 今更そんな事を!」


「ジュリアス君、私は君にもトーマスにも怒ってないよ。何せこの娘はあの時、行かせてくれないからここで自害すると言い出したのだからな。君等に責任をどうこう言うのは筋違いというものだろう」


「え? じ、自害!? ちょっとクリス、そんな話、初耳だぞ!」


「別に話す必要も無いでしょう。それに父上だって、友を大切にしないような娘は勘当だと言ったのですから、私の進む道は、私の意思に関わらず決まっていたようなものです」

 驚くジュリアスに対して、クリスティーナはあっさりと返す。


 それを見てヴァレンティア伯爵はクスリと笑う。

「ふふふ。この娘は相変わらずのようだな。ジュリアス君、見ての通りだ。君が気に病む事ではない」


「そんな事よりもジュリー、父上。私達にはマルガリータに帰還するまでに話し合わなくてはならない事が多々あります」


 クリスティーナのこの言葉を受けて、ジュリアスとヴァレンティア伯爵は席に付き、早速会談を始める。

 その内容は、共和国軍と帝国軍の統合という軍部レベルのものではなく、帝国領を丸ごと共和国に帰属させるというものだった。


「帝都キャメロットの消滅により今や銀河帝国の内政機能は麻痺している。そして帝国政府を再興したとしても、もはや帝国の崩壊は避けられないだろう」


 真剣な面持ちで語るヴァレンティア伯爵。

 彼も帝都キャメロットが消滅してから、休む間もなく部隊を掻き集めて戦場に急行したために、帝国の現状を完璧に把握しているわけではない。

 更に言えば、今の帝国暫定政府に国内全ての状況を把握するだけの能力は無かった。


「その崩壊が現実のものになる前に、自らの手で幕を引こうというわけですね、伯爵」


 やや言い辛そうにしつつジュリアスが問うと、ヴァレンティア伯爵は「平たく言えばそうだ」と静かに答える。

「300年続いた帝国の歴史をこの私の手で閉じる。その事に戸惑いを覚えないでもないが、キャメロットが消え去った時点でもう帝国はもう滅んだようなもの。いや、精確には君達が総統閣下を討ったあのグラナダの戦いの時点から、か。まあそれはともかく、辛うじてここまで生き永らえたのが奇跡のようなものだ。もう体面に拘っていられる状況ではない」


「では父、いえ、伯爵閣下は帝国の全てを事実上、共和国に差し出すという事で構わないのですね?」

 生真面目なクリスティーナは、一度仕事になると公私を切り替えて、共和国大統領として働き、目の前にいる実の父親も交渉相手である帝国暫定政府の首班としか見ないように徹している。


 そんな彼女にジュリアスとヴァレンティア伯爵は一瞬笑いが込み上げてくるが、ここは彼女の意を汲んでそれをグッと堪えた。


「そう取ってもらって構わない。帝国軍の残存戦力も全て共和国軍に提供しよう。ただし帝国領の臣民達、そして旧帝国貴族や旧ヘルの新貴族達の扱いについては充分に考慮してもらいたい」


「勿論ですよ、伯爵。こちらも味方は多い方が良い。帝国の有力者達は可能な限り我が共和国議会の議員として国政の舵取りに参加してもらうつもりです」


 トラファルガー共和国時代より続く“共和国議会”は、元々味方に付いてくれた者達の受け皿として創設されたという側面もあった。

 共和国議会は、共和国の国政を担う重要な機関には違いないが、あくまで実権を掌握するのは3人の大統領で構成される“三人委員会”である。

 仮に政治に疎い旧貴族のドラ息子を加えたとしても、国家運営にはそれほど支障が出ないように構築されていた。


 尤もヴァレンティア伯爵は家柄や立場だけで地位を得たわけではない。

 それに相応しい力量を有しており、ジュリアスやトーマスなど身分の低い者にも公平に接する人格者だった。

 この共和国議会の制度は、そのようなものである事は重々承知だが、今の帝国に臣民を守る力が無い以上、こうするより他に手は無い。


「ところで1つ君達に伝えておきたい事があるんだ」


「伝えておきたい事、ですか?」


「以前に教会に縁のある旧貴族から聞いた話なのだが、かつてニヴルヘイム要塞の建造に携わり、戦後は地球に滞在していたという技術者がネオヘルに技術協力をしていたらしいのだ」


「ニヴルヘイム要塞の建造って、まさかあのシャーロットか?」


 ジュリアスの脳裏には、拘束衣に身を包んで身体を厳重に縛られたあの金髪碧眼の少女の姿が浮かぶ。

 ラプターシリーズの開発者でもあり、かつてのジュリアスの愛機だったラプターEXを作ったのも彼女だ。


 そんな彼女が地球に身を置いている事はジュリアスもクリスティーナも知っていたが、ネオヘルに協力していたのは初耳だった。

 当然2人は驚くが、どこか納得してもいる。


「あの要塞の破壊力はニヴルヘイム要塞を遥かに超えていました。あんな化け物兵器を作れる技術者がこの銀河に2人以上いるとは思えません」


「確かにな。しかし、となると地球はネオヘルに与しているのか?」


 地球を現在治めているのは、地球市国という半独立国家。

 地球聖教が支配する国であり、領土こそ少ないが教会の影響力は銀河中に及ぶ。

 共和国も帝国も、そしてネオヘルすらも容易に手出しができない聖域だった。


「そこまでは分からない。地球は半独立国家などと言って表向きは帝国に従っているが、実際のところ帝国の支配など微塵も受けてはいない。昔からね。百人評議会のトップクラスともなれば何か情報を握っていたかもしれないが、私の立場では得られた情報も僅かなのだ」


「いいえ。貴重な情報をありがとうございます、伯爵」

 ジュリアスは礼を言いながら、地球に密偵を送る事を考えていた。

 地球がここまで外部への情報流出を防いでいるとなると、表立って調査隊を派遣しても軽くあしらわれるだけだろう。

 であれば、密かに探りを入れるしかない。



─────────────



 そんな噂の的になっている地球の中枢を担う聖都アース・シティの中央に建つ聖アース大聖堂に1人の女性が姿を現した。

 足首まで伸びる長い金髪に空のような青い瞳。20代前半くらいの若々しい外見で、白衣を纏ったその姿からは科学者のような印象を受ける。

 そんな彼女の名はシャーロット・オルデルート。

 ニヴルヘイム要塞のギガンテス・ドーラ、ラプターシリーズ、そしてアルヴヘイム要塞の主砲を開発した天才発明家だ。


「やあ、シャーロット嬢。よく戻ったね」

 そう言って彼女を出迎えたのはコンサルヴィ枢機卿。


「ふふふ。いや~。久しぶりにあんな巨大兵器の開発に携われて楽しかったわ~。溜まりに溜まった欲求不満が一気に解消された気分ね!」


 かつては拘束衣に身を包み、拘束椅子に繋がれていたその身体も今は自由の身となり、手振り身振りでその喜びを表現している。


「シャーロット嬢、ここは聖堂だ。あまり欲求不満とかそういう物言いは止めてくれ」


「え? ああ、ごめんなさいね」


「……ところで報告は?」


「アルヴヘイム要塞は陥落したわよ」


「ほほう。それは上々。計画通りだな」


「ええ。まったく苦労したわ。ネオヘルの目を盗んで要塞の詳細な設計図を共和国に流したり、要塞中枢に設置されていたドローン管制システムに細工をしたりとね」

 そう言ってシャーロットは自分で自分の労を労う。


「そこまでお膳立てをしてやる必要があったのか?」


「当たり前よ。あのニヴルヘイム要塞を遥かに超える私の自信作なのよ。共和国軍が束になって掛かってきても正攻法じゃ落とせはしなかったわ。尤も帝国軍が駆け付けてきたのは意外だったけどね。おかげで用意しておいた三の矢が無駄になっちゃったわ」


「お前が手の内を晒せば晒すほど、こちらの暗躍に勘付かれる恐れが高まる。使わずに済んだのならそれに越した事はなかろうて」


「まあね。それはそうと流石に疲れちゃったわ。私はこれから寝るから。あの人への報告は宜しくね。資料はあなたの端末に送っておいたから」

 そう言い残すと、さっさと歩いてその場を去るシャーロット。


 そんな彼女の後ろ姿を見て、コンサルヴィは溜息を吐く。

「まったく。落ち着きのない娘だ。仕方がない。最高司祭猊下へのご報告は、私の方でしておくとしよう」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ