スバロキアの戦い・終幕
要塞が動き出し、惑星から離れる動きを見せると、共和国軍第5艦隊及び帝国軍艦隊を指揮するクリスティーナは即座に指示を飛ばす。
「全艦隊で要塞を砲撃して下さい! 一点集中砲撃で要塞に打撃を与えるのです!」
戦争をジュリアスに任せて自らは政治家に徹するようになったクリスティーナだが、前線指揮官としての勘の衰えは微塵も感じさせない指揮ぶりを披露した。
クリスティーナの指揮の下で、共和国軍第5艦隊及び帝国軍艦隊の大艦隊は潜宙艦のミサイル攻撃で損傷を負っている要塞天頂部分に集中砲火を浴びせる。
無論、ネオヘル軍艦隊はそれを阻止すべく行動を起こそうとするも、戦線が崩壊して立て直しが急務の今の状況では効果的な反撃はできなかった。
また、ジュリアス率いるライトニング部隊やネオヘル軍艦隊を挟撃下に置いている共和国軍第1第2艦隊及び第3艦隊の猛攻に晒されて、その立て直しすら困難な状況に置かれていたのだ。
とはいえ決して楽観視はできない。
アルヴヘイム要塞はその巨大さそのものがある意味、大きな防御性能を発揮していた。
大艦隊による集中砲火を一身に浴びても、アルヴヘイム要塞の中枢に風穴を開けるには今しばらくの時間と労力を要する。
しかし、それが叶う頃には要塞は惑星を離脱してシールドを展開。守りを固めて反撃に出てくるだろう。
「くぅ。やはり戦艦のいない帝国軍艦隊では火力が些か足りませんか」
クリスティーナは悔しそうな表情を浮かべながら呟く。
その時、ライトニング・カスタムに乗るジュリアスから通信が入る。
「まだ手はあるさ。さっき潰した砲台の残骸に集中砲火を加えるんだ」
「砲台の残骸に? ……なるほど。悪戯好きなジュリーらしいですね」
ジュリアスの考えを察したクリスティーナは小さく笑みを浮かべる。
「どこまで効果があるかは分からないけど、このまま艦砲射撃を続けるよりは希望があるだろう」
考えている暇は無い。
そう判断したクリスティーナはすぐに指示を出す。
コンピューターで精密に計算された全艦による統制砲撃。
放たれた無数のエネルギービームは一点で交わり、巨大な光の束となって4つに引き裂かれた砲台の残骸の1つに命中した。
すると、砲台の残骸はその衝撃で軌道が逸れて、そのままスバロキアの重力へと引かれて移動を始める。
同じ要領で残りの3つの残骸にも同様の攻撃を行なった。
こうしてスバロキアの重力に引かれる4つの残骸が向かった先は、スバロキアには違いないが、その前にアルヴヘイム要塞に衝突する事になった。
4つに引き裂かれたと言っても、それでも宇宙戦艦を遥かに凌ぐ質量体である残骸は、艦砲射撃では容易に突破できなかった要塞の外装をあっさりと突き破り、さらにその奥へと楔を打ち込む事に成功した。
「今です! 残骸の衝突で露出した要塞内部に有りっ丈の火力を集中して下さい!」
無数のエネルギービームが要塞へと放たれる。
それは要塞に付けられた外装の傷口をえぐり、その奥に損傷を与えるのに充分な火力であった。
この砲撃により要塞のシールド生成器が破損し、シールドの展開が不可能になる。
次の瞬間、惑星から離脱しようとしていた要塞の上昇が止まった。
艦隊の砲撃による影響が推進装置にも及び、惑星の重力から脱するための推力が足りなくなったのだ。
しかし、それもあくまで一時的な不調である。すぐにシステムは復旧し、要塞は再び上昇を始める。
旗艦グローリアスでその光景を眺めていたデーニッツは安堵の息をもらす。
「シールドが使えないのなら要塞は丸裸も同然だ。撤退するぞ!」
デーニッツは撤退を決意した。
砲台が破壊されただけなら、要塞砲の修復は巨額の費用と膨大な労力を要するとはいえ、決して不可能というほど難しくはない。
だが、要塞そのものが損傷を負い過ぎると、そうも言っていられなくなる。
要塞を丸ごと作り直す程の余力は、もう今のネオヘルには無いのだから。
「敵の戦機兵部隊が要塞に急速接近!」
オペレーターの報告に、デーニッツは焦りを覚える。
「くそッ! 要塞守備軍は何をしているのだ!?」
「そ、それが、守備軍のフォートレス部隊が次々と機能を停止しています!」
「な、何だと!? どういう事だ!?」
デーニッツの問いにオペレーターが答える前に、別のオペレーターが更に驚愕の知らせをもたらす。
「提督! 我が艦隊のフォートレス部隊が次々と動きを止めています!」
「なッ! ま、まさか要塞中枢のドローン管制システムに何かあったのか?」
真っ先にデーニッツの脳裏を過ったのは、現在この宙域で戦闘を繰り広げているドローン全てを管理しているドローン管制システムに何らかの異常が発生した可能性だった。
敵艦隊の集中砲火を浴びた影響かとも思ったが、ドローン管制システムは要塞の中央部に設置され、電気系統も完全に独立しているので、その可能性は極めて低い。
「要塞司令部によると、突然管制システムとのアクセスが遮断されたとの事です」
「要塞司令部にすぐ復旧させるよう伝えろ!」
今は原因を追究している場合ではない。一刻も速く目の前の敵を蹴散らさなくては。
そう思い、デーニッツは指示を出す。
しかし、この間に要塞に接近していたというライトニング部隊が、惑星に食らいついていた8本の足の1つに取り付いた。
それはジュリアスが率いる部隊であり、ジュリアスはその1本の足に集中砲火を浴びせて、その足に設置されているエンジンを破壊した。
それにより、バランスを崩したアルヴヘイム要塞は、真っ直ぐ上へと上昇ができなくなってしまい、足の1本が惑星の表面に激突した。
それに続くように、隣の足が、またその隣の足が地表に衝突する。
シールドも消失した状態で、バランスを崩しての大気圏への再突入は要塞に多大なる負荷を掛けた。
大気圏突入時の摩擦熱で8本の足と要塞下部の装甲は溶け落ち、下部のエンジンも使用不可になる損傷をもたらす。
更に追い討ちを掛けるように、帝国軍艦隊及び共和国軍艦隊は要塞に集中砲火を浴びせかけた。
それが止めとなる。
アルヴヘイム要塞は惑星スバロキアに衝突。いや、墜落して沈黙した。
その巨体故に、要塞は原形を留めており、要塞内部の区画の大半は今も機能している。
しかし、自力で惑星の重力圏から離脱する事はもはや不可能だった。
その様を見たデーニッツは力の無い声で指示を出す。
「要塞を放棄。全兵士は直ちに退去しろ。全艦隊は脱出する兵士を収容しつつ、敵を食い止めろ」
そうは言ったものの、共和国軍及び帝国軍艦隊の猛攻を支え切れず、ネオヘル軍艦隊は要塞から脱出してきた船を全て収容する前に撤退した。
逃げ去るネオヘル軍艦隊を見て、共和国軍及び帝国軍艦隊の兵士達は一斉に「勝ったぞ!」と歓喜の声を上げた。
気の早い兵士の中には既に祝杯の準備を始める者もいる。
「ふう。何とか勝てたか」
皆が勝利の美酒に酔いしれる中、ジュリアスはライトニング・カスタムに乗ったまま宇宙空間を漂っていた。
戦闘が終わった以上、すぐにも旗艦インディペンデンスに帰艦すべきなのだが、そうはしなかった。
今戻れば、駆け付けてくれた帝国軍の諸将の対応に忙殺される事が目に見えていたからだ。




