スバロキアの戦い・奇襲
「ええい! 要塞守備隊は何をやっているのだ!?」
砲台防衛艦隊旗艦グローリアスで指揮をするデーニッツ上級大将は、要塞が奇襲を受け、さらに苦戦を強いられているという報告を受けて怒声を上げた。
「……こ、こちらの出していた妨害電波の影響で発見が遅れたとの事です。またフォートレスの戦術AIが誤作動を起こしたために大損害を被ったようであります」
若い士官が恐る恐る報告をする。
報告を終えたので、今すぐにでも提督の傍を離れたい。そう願う彼の意思は、その提督の怒りに満ちた表情によって否定された。
「AIの誤作動だと? 馬鹿げた事を。いつまでも旧式のAIに頼って、ろくな改良も発展も試みなかった技術部の怠慢であろうが!!」
「は、はい! 仰る通りであります!」
「……それで要塞は守り切れるのか?」
部下の狼狽えようを見て、ようやく冷静さを取り戻したデーニッツは、軽く息を吐いて、気持ちを落ち着かせる。
「はい! 些か時間を要する恐れはあるとの事ですが、特に増援等の要請はありません!」
「ならば良い。こちらも我等の勝利は時間の問題だ。まさかこれほど早く攻撃に出てくるとは思わなかったが、あまり数は揃えられなかったと見える。即断即行で知られるシザーランド元帥らしい失態だ」
全体の戦況はネオヘル軍の優勢に運んでいた。
このまま共和国軍を蹴散らしてくれる。
そう思うデーニッツだが、その一方で彼の脳裏には2つの疑問が浮かんだ。
「なぜ共和国軍は兵力分散という愚を犯してまで、要塞を攻撃したのだ?たった1個艦隊であの要塞を落とせるはずもないというのに」
要塞の詳細な情報が共和国軍側に漏れている事を知らないデーニッツは、共和国軍の奇妙な戦術に疑問を抱いた。
しかし、最高機密である要塞の情報が漏れているなどとは流石に思わず、真実に考えが至る事は無かった。
「それに、要塞を奇襲したあの敵艦隊の動きも妙だ」
要塞を奇襲した共和国軍第3艦隊は、当初こそ激しい猛攻を仕掛けていた。
だが、それも徐々に陰りを見せて、今では要塞に深入りせずに後退の素振りすらちらつかせている。
デーニッツも最初は要塞守備軍の防衛網に阻まれて前に進めずにいるのだろうと思ったが、そうだとしても第3艦隊の諦めは速過ぎた。
わざわざ兵力を分散させてまで要塞に奇襲を仕掛けたという事は、何か狙いがあっての事なのだろうが、その狙いが一向に見えてこない。
「こちらの注意を分散させるのが狙いか? だとしたら愚策にも程があるぞ」
デーニッツが薄っすらと笑みを浮かべる中、旗艦グローリアスのメインモニターに衝撃の映像が映り込んだ。
その映像を目にしたデーニッツの表情は一変した。
「なッ! ば、馬鹿なッ! 一体何が起きたのだ?」
それはアルヴヘイム要塞の天頂部分。
砲台へのエネルギー送電装置及びシールド生成器が木っ端微塵に吹き飛んで炎上しているのだ。
「どういう事だ!? 要塞守備隊は何をしていたのだ!? 撃退できると言ったのではなかったのか!?」
デーニッツが1人で怒鳴り散らしている間にもオペレーター達が報告を上げていく。
「砲台のシールドが消失しました!」
「要塞各所で爆発を確認! シールド生成器に注入されていたエネルギーが逆流したためと思われます!」
「要塞守備軍と交戦中の敵艦隊が針路を変更して、こちらに向かっています!」
「このままでは、我が艦隊は半包囲されてしまいます!」
艦橋の皆には動揺が走り、混乱の声が上がる。
それは、グローリアスの司令部としての機能を麻痺させてしまうほどの勢いであった。
「狼狽えるな! アルヴヘイム要塞はニヴルヘイム要塞とは違う! エネルギー供給に支障が起きた場合、一定区画間でエネルギーの動きの一切をカットできるよう設計されている!あの程度で要塞はビクともしない! まして、シールドが破られたからと言って何だと言うのだ? 敵は今だに我々の防御陣を突破する事すらできてはいないではないか! 落ち着いて対応しろ! それで我等の勝利は確定するのだ!!」
デーニッツの言葉で、落ち着きを取り戻した司令部は、再び各所から集まる報告をデーニッツに知らせ始める。
「シールド生成器を破壊したのは敵艦隊ではなく、突如出現したミサイルによる攻撃だとの事です」
「何を言っている? ミサイルが何もない場所から現れたとでも言うのか? ……よもやステルス艦か?」
デーニッツは知る由も無いが、それは共和国軍の真の奇襲部隊を担う潜宙艦による攻撃だった。
第3艦隊による奇襲は囮であり、その本命は潜宙艦であった。
第3艦隊が要塞守備軍の注意を引き付ける事で、攻撃目標であるシールド生成器の守りを手薄にし、ミサイルの集中砲火で一気に殲滅する。
それがジュリアスの立てた作戦だった。
「ミサイルの飛来した座標を特定しろ! 敵はステルス艦を使用した可能性がある急ぎ探せ!」
ステルス艦の可能性に気付いたデーニッツはすぐに指示を飛ばす。
しかし、それは叶わなかった。
周辺宙域に放たれた強力な妨害電波の影響で、精確な座標が観測できていなかったのだ。
これでネオヘル軍は潜宙艦を探す出す機会を逃した事になる。
そしてここに来てようやく、デーニッツは1つの確信を得た。
「シールド生成器をピンポイントで狙ってきたという事は、要塞の構造は敵に筒抜けだったようだな。一体どうやって情報を入手したのは分からんが、だとすると敵の不可解な行動も納得が行く」
要塞から離脱した共和国軍第3艦隊は、砲台防衛艦隊の背後を突いた。
強力な艦砲射撃に晒され、機敏に飛び回るライトニング部隊の急襲を受ける。
「後衛のトルブーフィン艦隊が応戦していますが、被害甚大です!」
砲台防衛艦隊の戦力は、前方の共和国軍第1艦隊と第2艦隊に向けられており、後衛の守りは手薄となっていた。
「ロトミスト艦隊を支援に回せ。すぐに要塞からも守備軍のフォートレス部隊が駆け付けてくる。我等の優位は動かん!」
─────────────
砲台のシールドは除去し、後は防衛艦隊を突破して砲台を叩くだけ。
しかし、共和国軍はその防衛艦隊を突破できずに苦戦を強いられていた。
第3艦隊が防衛艦隊の背後を突いた時は、一時的に優位に立つ事もできたが、それも長続きはしなかった。
「くそッ! 流石に防御陣が厚いな」
旗艦インディペンデンスの艦橋にてジュリアスが苦虫を嚙み潰したような顔をした。
「閣下、ライトニング部隊の攻勢も跳ね除けられつつあります。このままでは敵陣を突破するどころではありませんぞ」
「……」
ジュリアスはいつになく判断に迷っていた。
既に戦況の挽回は困難な陥っている。ここは撤退して戦力の建て直しを図るのが常道というものだろう。
しかし、次は今回の作戦以上に厳しい戦いを強いられるのは間違いない。
今回は、要塞の詳細な資料を入手しており、それを敵に察知されていなかった事。そして、潜宙艦による奇襲戦法という切り札がある事。
この2つの強みがあったが、次はそのどちらも効果が薄れてしまう。
そもそも帝都キャメロットを破壊した巨大兵器をここで打ち漏らしては、次にどこの星が狙われるか分かったものではない。
あの兵器は存在そのものが銀河系全域を恐怖に陥れる危険なものであり、ネオヘルの銀河系支配を大きく前進させてしまう。
そうなると、ネオヘルとの戦いはより一層厳しいものになる。
「ジュリアス様……」
ネーナが心配そうな顔を浮かべて、ジュリアスの顔を覗き込む。
それに気付いたジュリアスは、ネーナの頭を撫でた。兄が妹を安心させようと、優しい笑みと手付きで。
「閣下、ご決断を」
ハミルトンに促されたジュリアスは、思案の末に撤退を決意を、それを口にしようとした。
その時、ジュリアスの左手首に巻かれているブレスレット端末から音声が漏れる。
「まったく。いつもいつもジュリーは無茶が過ぎます。トムから無茶はするなと言われているでしょう」
それはジュリアスにとって最も馴染み深い女性の声だった。




