帝国の最期
銀河帝国。初代皇帝アドルフ・ペンドラゴンを開祖とする人類統一政体は、300年という長きに渡って栄華を極めてきたが、それももはや過去の話だった。
銀河帝国の版図は、銀河系のおよそ2割にまで縮小し、かつての繁栄など見る影もない。
帝国と名乗っているものの、現在アヴァロン宮殿の玉座は空席となっていた。
帝国の事実上の最後の皇帝リヴァエル帝は、かつてジュリアスとトーマス、クリスティーナの3人が起こした皇帝暗殺未遂事件で意識不明の重体となり、極秘裏に宮廷病院に入院していた。
しかし、ローエングリン総統の死とヘルの分裂といった混乱の最中で行方不明となっていたのだ。
そして帝室には次期皇帝の権利を持つ者が1人もおらず、ペンドラゴン帝室は断絶してしまった。
現在は、旧ヘル副総統のロタール・ゲーリング男爵が帝国宰相として暫定政府の首班を務めている。
ゲーリング政権は、旧ヘル党員のみならず帝国の財界に明るい旧帝国貴族からも大勢の議員を募った“百人評議会”を最高機関に据えた形を取り、本来敵対関係にあるはずの旧ヘルと旧帝国貴族が目前の危機を回避するために協力関係を結んでいた。
百人評議会の発足に伴い、ゲーリング政権下でのヘル党は解体された。
これにより、ローエングリン総統が築き上げた帝国の一党独裁体制は消滅したことになる。
いずれにせよ。従来の形の帝国は完全に崩壊し、以前の帝国を今では“ペンドラゴン朝銀河帝国”。そして今の帝国は“百人評議会政銀河帝国”と呼び分けられていた。
惑星キャメロット。
銀河連邦時代から700年以上に渡って全人類の首都であり続けた惑星である。
惑星の赤道上、高度3万5000mの位置を取り巻く環状宇宙ステーション《OR》 が存在し、このリング上の宇宙ステーションは3本の軌道エレベーターによって地上と繋がっており、多くの人々が宇宙船の出入りをしている宇宙港である。
このキャメロットの北半球に位置する都市キャメロット・シティこそ銀河帝国の帝都である。
「キャメロットのこんな姿を見る日が来ようとはな」
銀河共和国大統領補佐官チェンバレン少将は、クリスティーナの代理として帝国政府との交渉に及ぶべく、およそ5年ぶりにキャメロットの地に足を踏み入れたが、その衰退ぶりはすぐにも察せられた。
かつては大貴族達が大勢邸を構えて、その優雅さを誇った皇帝地区は、旧帝国貴族のほとんどが消え去った事で邸の全てが空き家状態となり、今は政府管轄となっているが、事実上は放置されていると言って良かった。
銀河系の経済の中心と言われ、常に人で溢れていた中央地区は、経済の中心地の地位を共和国のマルガリータ・シティやネオヘルのジテール・シティに奪われた事で、人の往来がかつての半分以下にまで減少していた。
かつては銀河系全域に勇名を馳せた帝国軍の根拠地とも言えた軍事地区も帝国軍の大規模な軍縮によって施設の大半が経費削減の名の下に閉鎖されていた。
そんなキャメロットでチェンバレンは、かつてローエングリン総統が居城としたヴィルヘルム宮へと案内された。
ここは今も帝国政府の官邸として使用されていたのだ。
チェンバレンが応接室のソファに座りながら待っていると、帝国宰相ゲーリングが直々に姿を現した。
「これは閣下。まさか閣下自らが交渉に臨まれるとは」
意外に思ったチェンバレンは目を見開きながら、慌ててソファから立ち上がる。
「帝国の未来が掛かっているのだ。人任せにはできんさ。まあ掛けたまえ」
「では失礼します」
今年で還暦を迎えるゲーリングは、この5年間の気苦労のためか、黒かった髪はほとんどが真っ白になってしまっていた。
彼はチェンバレンがソファに座るのを確認すると自分は応接室の窓へと歩みを進め、そこから見える景色を眺める。
「どうかね? 今のキャメロットは?」
「……」
「遠慮するな。ありのままを話せ」
「ではお言葉に甘えて。正直、あの本当にここがあのキャメロットなのかと思いました。かつては銀河中の誰もが憧れた帝都が、と」
「ふん。そうだろうな。貴官等に総統閣下が討たれてからの5年間はずっと悪夢を見ている様だったよ」
「心中はお察しします。ですが、私はここへ昔の苦労話を聞きに来たのではありません。日に日に勢いを増すネオヘルの脅威に立ち向かうために、過去の因縁は捨てて手を組もうと提案しに来たのです」
「ふん。そうですな。では早速、交渉へと移るとしましょうか」
ゲーリングはチェンバレンと向かい合うようにソファに座る。
「あなた方とネオヘルは関係修復が不可能な状態にあります。そして今の帝国軍の戦力では、ネオヘルには到底敵わないでしょう。あなた方が生き残るためには、これまで以上に我が軍との協力関係を強化するしかないと思うのですが?」
共和国の看板を背負うチェンバレンは強気な姿勢で会談に挑む。
「確かにそうかもしれませんな。しかしながら、今のままでは我が帝国軍はそちらの共和国軍に吸収合併されて良いように使い捨てにされるような気がしてならないですな。何しろ今の帝国軍と共和国軍では軍備に差があり過ぎる。百人評議会では、それを理由に反対する者も多い」
現在の帝国軍の軍備が共和国軍やネオヘルに比べて大きく劣っているのは、かつて共和国と結んだ条約によって保有できる軍備に大きな制限を掛けられている事が一番の要因だった。
ネオヘルの脅威が本格化した今、帝国軍はこの軍縮条約の撤廃を強く望んでいたのだ。
「つまり条約の改正が条件と?」
「そういう事です。それと連合軍において我等の関係は対等。この2点が守られない限り、連合軍の創設に同意はできません」
如何に帝国の力を衰えたと言っても、ゲーリングは宰相として帝国の再建を諦めてはいない。
隙あらば共和国やネオヘルを利用して、帝国を存続させようと考えている。
しかしながら、彼は堅実な政治家であっても権謀術数に長けた策略家ではない。
3人の大統領が巧みな連携で舵取りを行なう共和国、総統の再来と呼ばれるレナトゥス書記長が率いるネオヘルを相手に有効な一手を打ち出すに至らず、常に後手に回る事を余儀なくされていたが。
「勿論。我が国と帝国の立場は対等です。連合軍を創設する際には、双方に優劣などなく対等の形で統合が為されます」
「では、軍縮条約の撤廃については?」
「……完全撤廃、とまではいかないでしょうが、シザーランド大統領からは緩和の用意はあるとの旨を承っております」
帝国が軍縮条約の存在を鬱陶しく思っている事は共和国側も容易に予想が出来た。
そこでジュリアスは条約の緩和、場合によっては完全撤廃も交渉のカードに使用する事をチェンバレンに許していたのだ。
これにはトーマスとクリスティーナは反対し、あくまで条約維持を唱えたが、こちらもリスクを負う覚悟をしなければ、総統の再来と称される男には勝てないというジュリアスの言葉に動かされて、彼の提案に乗る事を2人とも決意した。
「シザーランド、大統領か。あの若造が随分と偉くなったものよ」
「……」
「軍縮条約の撤廃。これが最低条件です。無理と言うのであればお引き取りを」
「どうやら止むを得ないようですね」
条約撤廃の条件を呑む。そうチェンバレンが言おうとしたその時だった。
窓の向こうから、尋常ではない眩しい光が部屋に入ってきた。
「な、何だ?」
「これは一体!?」
2人は慌てて窓へと駆け寄り外を見る。
直後、2人は自分の身に何が起きたのかも理解できないままこの世を去る事になった。




