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作り物の命

 マルガリータ・シティの郊外。

 あまり都市開発が進んでおらず、都市部に近いながらも緑豊かな自然が広がっている。

 ここには小さな孤児院があった。


 地球聖教が放棄した教会を流用したものなため、建物は少々古いが、とても手入れが行き届いている。

 ジュリアス・シザーランド大統領後援の下で運営されている孤児院で、戦争孤児などが100人近くここで暮らしていた。


 ジュリアスは今、仕事の合間を縫ってこの孤児院に足を運び、孤児の子供達に囲まれていた。

「ねえジュリアス兄ちゃん、一緒に遊ぼうよ!」


「駆けっこしようよ!」


「砂場で遊ぼ!」


「あはは。順番に。順番にな」

 子供達に引っ張り蛸のジュリアスは苦笑いを浮かべながら言う。


 元々無邪気で子供っぽい気質があるからなのか、ジュリアスは子供受けが良かった。

 子供達からは“ジュリアス兄ちゃん”と呼ばれて慕われている。


 仮初だったとはいえ戦争で両親を亡くしたジュリアスは、自分と似たような境遇の子供を少しでも救いたいという一心で、大統領権限で孤児院を創設。足りない分は自身の私財を投げ打つという手段まで行使している。


 本当は仕事明けで疲れ切っているジュリアスだが、元気の塊のような子供達と広い庭で何時間遊んでいても、疲れた素振りなど少しも見せない。

 ジュリアスと共に孤児院にやって来たネーナは、ジュリアスの体調が不安で仕方なかったが、楽しそうにしているジュリアスを見ていると注意する気も失せてしまう。


 あれは子供達と遊んであげていると言うべきなのか。それとも一緒に遊んでいるというべきなのか。

 そんな事を考えながら、ネーナもネーナで女の子達と一緒に遊んでいた。


「ねえ、ネーナお姉ちゃん。ネーナお姉ちゃんはジュリアスお兄ちゃんの恋人なの?」


 一緒に遊んでいた1人の女の子の問いにネーナは「え?」と声を上げる。

「ど、どうして?」


「だって。2人って同い年くらいに見えるし、恋人さんなのかなって」


「ち、違いますよ。私とジュリアス様は恋人ではなく、兄妹です。ジュリアス様は私のお兄さんなんですよ」


「え? そうなの?」

 女の子が驚いた風な声を出す。

 これはその子に限った話ではない。ジュリアスとネーナが並んで町を歩いた場合、ほとんどの人は兄妹とは思わずに恋人同士と思うだろう。


 ネーナは年相応に成長して美人になっているが、対するジュリアスは5年前からあまり変わらず10代後半くらいの外見を保っていた。というより成長が止まっているようだった。

 元々子供っぽい性格をしている事もあって、むしろ見た目通りという風になっている事からあまり違和感を覚えられないが。


 夕方になった頃、庭で子供達と何時間も駆けずり回っていたジュリアスは、ネーナの前に現れる。

「ネーナ、そろそろ飯の時間だから戻ろうぜ」


「あ、はい。ジュリアス様」


 ネーナがそう言った時。

 ジュリアスのお腹が豪快に鳴った。


「あはは! ジュリアス兄ちゃんのお腹が鳴った!」

 1人の男の子がそう言って笑うと、それに釣られて周りにいる子供全員が笑顔に包まれた。


「いや~流石に腹が減っちまってよ!」

 右手でお腹を擦りながら笑うジュリアス。


「もう。ジュリアス様ったら。この子達よりよっぽど子供なんですから」

 小さな声でネーナが呟く。

 しかし内心で、そんなジュリアス様だからこそ子供達からは慕われているんだろうなと思うのだった。



─────────────



 夜遅く。

 ジュリアスとネーナは、口裏を合わせるようにと頼んでおいた衛兵の手引きで密かに大統領府の中に戻る。

 実を言うと、仕事を片付けた上ではあるが、孤児院に行く事をトーマスとクリスティーナには内緒にしていたのだ。

 2人に言うと、休息を取るようにと引き留められる事は目に見えていたから。


「んん。ふぁあああ~」

 公邸の廊下を歩くジュリアスは大きな欠伸をした。


「やっぱりお疲れの様ですね。今夜はもう休んで下さいね」


「ああ。分かってる」

 流石に疲れた様子のジュリアスは、眠たそうな声で返事をした。

 結局、夕食を食べた後は子供達とお風呂に入っていたため、帰りがかなり遅くなってしまった。


 これではもうこっそりと大統領府を出た意味が無い。

 案の定、しばらく廊下を進むと、その先に眉間に皺を寄せたトーマスとクリスティーナが待ち構えていた。

「やっと帰ってきたね! 今までどこを遊び歩いていたのさ!?」


「いえ。おおよその見当は着きます。ですが何も勝手に出て行く事はないでしょう。せめて一言くらい欲しかったものです。探しても見当たらないから心配したではありませんか」


「いや~。悪い悪いッ!」

 悪びれる様子もなく笑って誤魔化そうとするジュリアス。


「まったく。ジュリーのそういう所はいつまで経っても治らないんですから」

 クリスティーナが呆れた様子で溜息を吐いた。


 するとジュリアスの代わりにネーナが頭を下げる。

「す、すみません」


「あ。いや。ネーナちゃんが謝る事ではありません。悪いのは、このわんぱく小僧ですから!」

 クリスティーナがジュリアスを指差す。


「まあ。それはそうとジュリー、さっきクリスとも話し合ったんだけど、君に相談があるんだ」

 トーマスが真剣な面持ちで切り出した。


「相談? 何だよ?」


「ここじゃあ難だから別室に移ろうか」


 トーマスの只ならぬ空気を感じて、ネーナは自分は席を外した方が良いかと問う。


「いや。ネーナちゃんにも聞いてほしいから、一緒に来てくれるかな?」


「は、はい。分かりました」


 4人は官邸のとある一室に移動した。

 そこで重たい表情を浮かべるトーマスが口を開く。


「ジュリー、一度、医者にちゃんと診てもらった方が良いよ。だってジュリーの身体は、」


 トーマスが言い辛そうに途中で言葉を呑み込む。

 すると代わりに、ジュリアスがその言葉を続ける。


「身体の成長が止まってるって事?」


「う、うん」


「ジュリー、気を悪くしないでもらいたいのですが、ジュリーの身体は普通の人とは異なります。やはりちゃんと検査をしておくべきです!」


 ジュリアスは、普通の人のように母親と父親の間に生まれたわけではない。

 銀河帝国皇帝アドルフ・ペンドラゴンが自身の亡骸から作り出したクローンなのだ。

 ジュリアスの身体の成長が、常人であれば成長期の途上であろうタイミングで止まったのはクローンの身体である事に原因があるのではないかとトーマスとクリスティーナは考えたのだ。


 人間のクローンは、銀河連邦時代よりもさらに古い時代に法律で禁止されて以降、公では実践される事は無かった。

 そのため、普通の人間とクローン人間の身体にどのような差が生じるのかは遺伝子工学の専門家や医者でも実際に調べてみないと分からない部分が多いという。まったくの素人であるトーマスとクリスティーナには当然、未知の世界だ。


「……トム、クリス、心配してくれてありがとう。でも、俺は何とも無いぞ。この通りピンピンしてるからな!」

 ジュリアス自身、身体の異常に気付いていないわけではないが、特に不便を感じるような異常は感じていなかった。


「でも、いずれにせよ。現状を正しく把握するためにも入念に調べておいた方が良いよ!」


「今はそんな事をしてる場合じゃないだろ。少なくともネオヘルとの戦いが終わるまではな」


「で、でも」


「今、ネオヘルを率いてるレナトゥス書記長。テレビ映像で何度か見たけど、あいつはあの総統に似過ぎている。いや、まったく同じだ。もしかしたら総統本人なのかもしれない。もしくは俺と同じで作り物の命なのかもしれない。……だから、これは俺が決着を着けなくちゃいけない事なんだ。皇帝の血を継ぐ者として」


 どこからともなく現れたネオヘルの指導者レナトゥス書記長の正体を暴いて倒す事。

 それはジュリアスが成し遂げなければならない使命だと彼は考えていたのだ。


「でも、俺1人だけじゃあ無理だ。だからお願いだ! 俺に手を貸してくれ!」

 ジュリアスは頭を下げて懇願する。


 何だか妙な方向に進んでしまったなと思いつつも、トーマスとクリスティーナの答えは決まっている。

「勿論だよ。僕等はこれまでもこれからもずっと一心同体だ」


「その通りです。ジュリアスの進む道は私達の道なのですから」


 2人がそういうと、ネーナも負けじとジュリアスに詰め寄る。

「私も妹として、どこまでもジュリアス様と共にあります!」


「皆、ありがとう」


「その代わり。ネオヘルとの戦いが終わったら、その身体を徹底的に調べますからね。覚悟しておいて下さい」

 クリスティーナが両手でジュリアスの両肩をがっしり掴み、満面の笑みで告げた。


「お、おう。分かったよ」

 ジュリアスは背筋が凍る思いがした。

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