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共和国のファーストレディ

 ガラティア星系の戦いから惑星マルガリータへと凱旋したジュリアスは、共和国市民から歓喜の声を以って迎えられた。

 大統領となった今も幾多の戦場を、兵達と共に戦って勝利へと導くその様を市民は英雄として讃えていたのだ。


 しかし、そんな彼も家に帰ってしまえば、どこの家庭にでもいる普通の男だった。


「まったく!帰還したなら、まずは愛する妻に会いに来るのは夫というものだろう!それなのに私の前に現れたのは帰還してから2日後というのは一体どういう了見なのかな?」


 マルガリータ・シティのほぼ中心部に建つ大統領府は主に公務を行なう官邸と私生活の場である公邸の2つに分けられている。

 その内の公邸のある一室では、若い少女の怒鳴り声が鳴り響いていた。


 その声の主は、パトリシア・ネルソン・シザーランド。ジュリアスの妻であり、銀河共和国のファーストレディである。

 癖のない艶やかな銀髪は膝のあまりまで伸びており、透明感のある白い肌と相まって、まるで絵画に描かれた女神のような美しさだった。

 今年で二十歳となるパトリシアの容姿はまだ幼さを残しているものの、誰が見ても美人だと口を揃えて言うであろう美貌を持つ。


 そんな彼女の前で夫であるジュリアスは、床に両膝を突いて、両手の掌を合わせて必死に謝罪している。

「わ、悪かったよ。帰ってからはずっと官邸に籠って仕事してたから、中々こっちに来れなくてさ」


「ほほ~。帰還の途上で祝杯を挙げて、飲めもしない酒をたくさん飲んだ挙句、二日酔いで丸一日は官邸のソファで酔い潰れているのが仕事と。大統領の仕事というのは存外楽なものらしいな」


「な、何でそれを? ……あ!」

 つい口が滑った。そう思った時にはもう手遅れだった。


「ふふ。トーマスを問い詰めたら、ペラペラと話してくれたよ」


 トムの裏切り者!

 そうジュリアスは心の中で叫ぶが、パトリシアの事だ。一体どんな尋問をしたか分からないと考えると、途端にジュリアスの脳裏はトーマスへの同情と申し訳なさで占められた。


「だいたいだ。なぜ二日酔いになったのに、こっちではなく官邸で休んでいたのだ?」


「だ、だって。パトリシアに迷惑が掛かると思って」


「馬鹿者!!」


 今日一番の怒鳴り声が公邸の中を駆け抜け、公邸中の空気を震動させる。


「二日酔いで倒れた夫を介抱するというのは、妻の役目の定番ではないか!」


「そ、そうかな?」


「そうだ! 少なくとも妹に介抱してもらうなど情けない限り。それでは妻の私の立場が無いではないか」


 一昨日、官邸に戻ったジュリアスは、二日酔いで倒れて官邸のソファでずっと横になっていた。

 そんなジュリアスの傍に付いて、彼を介抱していたのはネーナだった。


「うぅ。す、すまん。謝るから許してくれよ」

 パトリシアの勢いにビクビク脅えるジュリアスは必死に許しを乞う。


 ジュリアスとパトリシアは、今からおよそ1年前に正式に結婚式を挙げて夫婦となった。

 2人の夫婦関係は、良好そのものではあったが、ジュリアスはパトリシアの尻に敷かれて頭が上がらなかった。

 しかし、パトリシアもそうした接し方をしているのには訳がある。ジュリアスは義理人情には厚いが、根っこは自由気ままな人だった。

 そのため、あまり好き勝手にさせていると、何をしでかすか分からない。だからこそ妻の自分がジュリアスのブレーキ役になってやらなければという義務感を感じていたのだ。


 そこで、同じ事を考えているネーナとは、ジュリアスの知らないところで同盟関係を結び、ジュリアスを公私の両面からサポートできる環境を協力して作り出していた。


 しかし、妻と妹からどれだけ厳しい環境下に置かれようと、ジュリアスの好奇心と行動力は抑え切られる事はなかったが。


「許してやっても良いが、条件がある」


「じょ、条件? 何?」

 悪寒を感じたジュリアスは恐る恐る聞いてみる。


「今夜は私と寝ろ。そしていい加減、夫婦の義務を果たせ」


 パトリシアの言葉を聞いた途端、ジュリアスは顔を真っ赤にして下を向く。

「ふ、夫婦の義務って!」


 ジュリアスも二十歳を過ぎたとはいえ、まだまだ若く元気な男の子である。

 異性の事などには年相応に興味も抱いている。時折、妹のネーナや親友のクリスティーナの目を盗んで、同じ男性の親友であるトーマスと成人向けの本などを見たりもしている。


 だが、いざ本番となると話は別だったのだ。

 結婚してから今日まで。2人は未だに男女の営みを経験していない。

 同じベッドで寝た事はあるが、これ以上の段階に及んだ事まではなかった。

 パトリシアはいつでも良いと常日頃から主張しているのだが、肝心のジュリアスが恥ずかしがって最後の一線を越えられずにいたのだ。


 普段のジュリアスからは考えられない消極的な姿は、パトリシアもからかい甲斐があると密かな楽しみでもあったが、そんなこんなで1年も経過すると、流石のパトリシアも悠長に構えてもいられなくなる。

 過去にはジュリアスの夕食に媚薬でも仕込んでやろうかと思った事もあった。しかし、薬の力に頼るのも癪に障るなとすぐに考え直していた。


 ジュリアスが言葉を詰まらせていると、部屋の扉が開いて、その奥からトーマスとクリスティーナの2人が姿を現した。


「一体何を騒いでいるの? 官邸の方にまで微かに声が届いているんだけど」


「まったくです。夫婦喧嘩ならもっと静かにやるか、せめて官邸からもっと遠ざかった部屋でやって下さい」


 トーマスとクリスティーナを見たジュリアスは、そちらに身体に向きを変えて、膝立ちしたまま2人に近寄る。

「トム~! クリス~! パトリシアったら酷いんだよ~!」

 その姿は兄と姉に甘える弟と言った風だった。


 しかし、甘えられた兄と姉はとりあえずジュリアスを慰めるように彼の頭を撫でるが、口からは溜息を吐いて呆れた様子である。

 細かい事情は分からないが、似たような場面に遭遇した事が何度かあったトーマスとクリスティーナはおおよその状況を把握したのだ。


 トーマスはジュリアスの頭に乗せていた手を彼の肩へと移動させる。

「ジュリー、これは皆がいずれ経験する事なんだ。いい加減、腹を括りなよ。らしくもない」


 そしてクリスティーナも同じように自身の手をジュリアスの肩に置く。

「そうですよ。これも大人の階段を登るための重要な儀式のようなものです。頑張って下さい」


「そ、そんなあっさりと……」


「ジュリーがいつまでも煮え切らないからだろ」


「そうですよ。夫婦なんですから、いつまでも逃げていてはパトリシアが可哀想です」


「んん。わ、わ、分かった。今夜こそ、頑張るよ!」

 口元をブルブルと震わせ、絞り出すような声で言うジュリアス。

 親友2人の後押しを受けて、ジュリアスも覚悟を決めたらしい。


「ジュリアスは私と今夜、何をするつもりでいるんだ?」

 ジュリアスの大袈裟な振る舞いを、一歩引いた位置から見ているパトリシアはやや複雑な心境だった。


「も、勿論、夫婦の営みだよ! パトリシア、今まで散々待たせてきたけど、今夜こそ宜しくお願いします!」

 ジュリアスは深く頭を下げてお願いをする。


「よ、止してくれ。気持ちの悪い。ジュリアスはいつも通りのわんぱく小僧でいてくれ」


「ちょっと待て。わんぱく小僧ってどういう事だ?パトリシアは俺の事をそんな風に思っていたのか?」


「まあまあジュリー。落ち着いて。本当の事なんだから仕方ないだろ」


「そうですよ。ジュリーにぴったりの称号じゃありませんか」


「うぅ。2人までそんな事を言って~」


 そんな3人のやり取りを見て、パトリシアは笑みを浮かべる。

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