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三人の大統領

 ガラティア星系に侵攻したネオヘル軍ローゼンベルグ艦隊は旗艦撃沈と司令官戦死によって撤退した。


 敵を撃退する事に成功した共和国軍第1艦隊では、首都トラファルガーへの帰還の途上にも関わらず既に祝杯を開けていた。

 艦隊内は既にパーティー気分に包まれており、とても任務中とは思えない。


 そんな中、1人だけ暗い表情を浮かべて、溜息を吐いている男がいた。

「はぁ~。なあ、ネーナ。俺も祝杯飲みたいんだけど」


「ダメです! パトリシアさんからジュリアス様にお酒を飲ませないようにと言い付けを受けているんですからね!」


「うぅ。パトリシアめ。余計な事を言いやがって」


「あまりお酒が強い方ではないのに、ジュリアス様が遠慮無しにどんどん飲まれるからいけないんですよ! 泥酔したジュリアス様の介抱をする方の身にもなってもらいたいですね」


「そ、それは、面目ない」

 ジュリアスはしょんぼりとする。そこには元帥としての威厳も風格も感じられない。妻や妹の尻に敷かれる、哀れな男の姿だった。


 そんなやり取りをする2人にハミルトンが近付いてくる。

「それにしても元帥閣下、例の潜宙艦による奇襲は大成功でしたな。おかげで我々もかなり仕事がやりやすかった」


「まったくその通りだな。欲を言えば、もう2隻くらいは欲しいところだけど」


「そ、それは流石に予算が下りないかと。聞いた所では1隻建造するだけでも巨額の費用を要したと聞きますし」


「まあ、あんまりトムに迷惑も掛けられないからな」


 ジュリアスがそう言うと、ネーナがクスクスと笑い出した。

 それを見たジュリアスが「どうしたんだ?」と問うと、ネーナはやや言い辛そうに答える。


「いえ、その、ジュリアス様の口からそのようなお言葉が出たのが何だかおかしくて」


「ムッ! それじゃあまるで、俺がいつも聞き分けの無い子供みたいじゃないか!」

 ジュリアスはまるで子供の様に頬を膨らませてそっぽを向いた。


「ちょ、ジュリアス様も23歳なんですから、そのような子供みたいな振る舞いはお止め下さい」


「良いよ~。俺はどうせ子供なんだからな~」


「あ。もしかして戦闘前の会議室での事をお気になさっていたんですか?」


 それは戦闘前の会議の場でジュリアスが「俺は子供かよ」と呟いたらネーナが迷わずに「はい!」と返事をした時の事である。

 その時はジュリアスも深く話す事はしなかったものの、内心では気にしていたようだ。


「ふんッ! どうだろうね」


 それからネーナとハミルトンは、しばらくジュリアスのご機嫌取りに奔走させられる事となった。


 彼等の会話に出てきた“潜宙艦”とは、共和国軍が新たに建造したステルス航行艦である。

 全長は900mと巡洋艦並で兵装はミサイルのみと従来の軍艦に比べるとかなり異色の設計となっていた。

 それも全ては光学迷彩技術を最大限に活かすためなのだが、実際のところこの艦は量産化に向けた試作艦であり、今回の戦闘を基に更なる改良が施される事となるだろう。



─────────────



 惑星トラファルガー。

 銀河共和国の首都を務めるこの星は、その名を“マルガリータR.D.”へと改めている。

 それは共和国を治める3人の大統領のかつての上官であり、この星の領主でもあったマーガレット・ネルソン提督の名を捩って付けられた名であった。


 かつては平凡で面白味の無い星などと呼ばれていたマルガリータR.D.は、今では各星系から様々な人材や物資が集まった事で史上類を見ない繁栄を謳歌していた。

 星都ヴァンダルも名を“マルガリータ・シティ”に改められ、銀河系全域の政治・経済に影響力を及ぼす都市となっている。


 マルガリータ・シティのほぼ中心部に位置する大統領府。

 ここはトラファルガー共和国時代から変わらぬ姿を保っている。


 この大統領府の中にある執務室にて円卓のデスクに座って政務に勤しむトーマス・コリンウッド元帥とクリスティーナ・ヴァレンティア元帥。

 そこへトーマスの補佐官であるエミリー・ブラケット准将が現れた。

「失礼します! シザーランド元帥の第1艦隊がガラティア星系にて敵軍と遭遇。交戦の末、これを撃退したとの事です」


 吉報に接してトーマスとクリスティーナは互いに互いの顔を見て笑みを浮かべ合う。

 2人共ジュリアスとは違って、5年前に比べて背が伸び、顔立ちもどこか大人びた雰囲気を感じさせた。


「流石はジュリーですね。いつもながら仕事が速い」


「そうだね。……ブラケット准将、シザーランド元帥は他に何か言ってきてなかった?」


「2つあります。1つ目は後退したネオヘル軍は完全撤退はせずに近隣の星系に留まっているので、いずれ再侵攻の恐れがあるという事。2つ目は新兵器のテストは良好だったので、研究・開発にもっと予算を回してほしいという事。以上です」


 報告を聞いたトーマスは呆れた様子で溜息を吐く。

「前者はともかく、後者は簡単に言ってくれるよ。今でもかなりの予算を投じてるってのに」


「ネオヘルに対抗するための軍備を確保するために、艦艇や戦機兵ファイターの量産、そして兵士の育成にも膨大な予算を回していますからね。もっと予算をと言われても。……ですが、ジュリーらしいですね」

 そう言ってクリスティーナはクスクスと笑う。


「まったく。ジュリーはいつまで経っても子供なんだから」


 銀河共和国を治める3人の大統領は、5年前から変わらず今も固い絆で結ばれており、見事な連携で共和国を率いてきた。


「と。ブラケット准将、ご苦労様。もう下がって大丈夫だよ」


 トーマスにそう言われて、ブラケット准将は敬礼をして執務室を退出した。


「ネオヘルの軍備は日に日に整いつつあります。今はまだ国境紛争程度の規模で済んでいますが、いずれは本格的な戦争となるでしょう」


「うん。ジュリーもきっとそれを危惧してるんだろうけど」


「私が迂闊でした。ローエングリン総統を失ったヘルは放っておいても勝手に自滅するだろうと考えて、この5年を国内問題の解決に費やしたつけが回ってきたという事です」


「いいや。クリス1人の責任じゃないよ。あのまま戦争を継続していたら、僕等も国力を使い果たして共倒れになっていた可能性が高かった。僕もジュリーもそう考えたから、これまで戦争を避けてきたんだ」


 銀河共和国は、この5年間で急速に勢力を拡大していた。

 フレンスブルク講話条約を結んだ旧ヘル副総統ゲーリング一派が率いる銀河帝国と積極的に政治的経済的交流を進める傍らで、帝国の権益や領土を理由を付けて奪っていき、その力を共和国に取り込んでいった。

 帝国を完全に骨抜きにしたのは、ジュリアスの強引さとクリスティーナの緻密な外交手腕の連携技があったからこそ成せた業である。


 しかしその一方で、辺境星系に拠点を移したヘルの一部は、そこで“ネオヘル”を創設。共和国と同じように帝国や共和国の力が及ばない辺境星系を取り込んで国力を高めていき、軍備を増強してきた。

 それは正に第二の貴族連合と言って良いだろう。


 それでも当時は、共和国内では悪足掻き程度にしか認識しておらず、積極的に攻撃しようという声は少数派だったのだ。


「今、銀河系の勢力図は僕等が3、ネオヘルが3、帝国が2、そして残りの2が地球や地方軍閥化した旧帝国や旧連合の残党と言った具合だ。帝国は実質僕等の陣営だから僕等とネオヘルとの勢力比は5対3。でも、この差はちょっとのミスでひっくり返るかもしれない」


「ええ。そのためにも打てる手は全て打たなければなりませんね」


 この時、クリスティーナは帝国政府と秘密裏に帝国軍を共和国軍に統合する計画をしていた。


 現在の帝国軍は宇宙戦艦の保持と新型艦の建造を条約によって厳しく制限され、旧式のインヴィンシブル級宇宙巡洋戦艦を主力とした艦隊編成をしている。

 とはいえ、この銀河系で3番目に巨大である事は間違いなく、この戦力を合わせれば共和国軍はネオヘル軍を裕に超える巨大な武力を得るのだ。


 帝国政府としてもネオヘルは放置できない脅威であり、それを討つためであれば交渉の余地もあるだろう。


 そう考えたクリスティーナは、旧ヴァレンティア伯爵家のコネクションを使って帝国政府との交渉を進めている最中だった。

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