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変わりゆく時代

 銀河歴722年


 フレンスブルク講話条約が締結されてからおよそ4年半が経過し、トラファルガー共和国を前身とする銀河共和国とヘルを前身とするネオヘルの戦争が始まるおよそ半年前。


 人類発祥の星にして、地球聖教の総本山が置かれる惑星地球は、“地球市国”という半独立国家によって統治されている。

 銀河帝国の国教という事で栄華を極めた地球聖教は、ヘル政権の分裂に端を発する混乱から帝国が事実上瓦解してしまったためにかつてほどの勢いは持たなかった。


 しかし、地球市国は銀河共和国にもネオヘルにも味方せずに中立の姿勢を取る事で、この新しい時代に確固たる立ち位置を築き上げている。

 さらに旧帝国貴族などの共和国にもネオヘルにも味方し辛いという勢力を取り込み、地球市国に様々な人材と富を集める事に成功。今は教皇庁直営企業“地球開発公社”による地球の再開発を推し進めていた。


 そのような情勢下で、聖都アース・シティの中央に建つ聖アース大聖堂に1人の来客が現れた。


 その来客は、20代後半くらいの金髪碧眼の男だった。凛々しい顔立ちで、まるで人気俳優のようである。

 そんな彼は、黒を基調として各所に金色の装飾が施された軍服を着ている。

 両肩には階級章の役割も持つ金色の肩章が装着され、左肩から右の脇腹に向けて白いゆったりとした布が掛けられていた。そして、その背中には真っ赤なマントを纏っている。

 これは銀河帝国軍で将官クラスの軍人に支給される軍服である。

 しかし、彼は帝国軍人ではなかった。


「これはこれはデーニッツ提督。よくお越し下さいました」

 赤い祭服に身を包んだ壮年の男性がそう言って来客を出迎える。

 彼の名はコンサルヴィ枢機卿。長年に渡って、教皇ピウスに仕え、教会の繁栄に尽力してきた人物だ。


「こちらこそ突然の訪問にも関わらずお時間を頂き、痛み入る」

 デーニッツ提督、と呼ばれたこの男は、名をヴォルフリート・デーニッツと言い、ネオヘル軍上級大将、そしてネオヘル軍の実戦部隊の最高司令官という立場にいる人物だった。


 豪華絢爛な造りをした廊下で相対した2人は軽く挨拶を交わす。

 そしてコンサルヴィは奥の客間へ案内しようとするが、速く本題に入りたいデーニッツはこの場で早速話を始めた。


「帝国が崩壊した今、この銀河に真の秩序をもたらすのは亡き総統閣下を裏切った共和国ではない。まして総統閣下のご意志を蔑ろにしたキャメロットの臆病者どもでもない。我等ネオヘルだ」


 かつて共和国とフレンスブルク講話条約を結んだゲーリング政権は今も帝都キャメロットに拠点を構えて銀河帝国を維持していた。

 しかし、版図の大半を失った今となっては、かつての栄華は見る影もない。

 そんな哀れな姿と化したゲーリング政権のヘルを正統なものとは考えず、ネオヘルこそが亡きローエングリン総統の意志を受け継ぐ正統な後継組織だと自認していた。


「そこで教会にも我々に協力してほしい」


「協力、ですか?」


「そうだ。エフェミア様に我等の下へ来て頂きたい」


 ローエングリン総統の妻であったエフェミアは、元々地球の聖女の異名を持ち、人々から尊敬の念を集めていた事も相まって、ネオヘルでは国母の如く崇められている。

 その名声をネオヘルの求心力として取り込みたい。そういう声がネオヘルの上層部で持ち上がり、こうしてデーニッツが地球へ足を運んだのだ。


「恐れながら、エフェミア様はアルプス修道院に入り、既に俗世から離れております。これを呼び戻す事は私の一存ではできません」


「ならば、教皇聖下に取り次いで頂きたい」


「それは無理ですな。教皇聖下は世俗の事にはもうお関わりにはなりません」


「何だと? それはつまり教会が共和国に尻尾を振ったという事か?」


 ローエングリン総統の妻だったエフェミアの祖父である地球教皇ピウスの立場は、ローエングリンの死後危ういものになっていた。

 日に日に勢力を拡大させる共和国からは、ピウスが教会の財力と影響力をネオヘルに提供するのではないかと警戒せざるを得ない。

 かつてローエングリン総統が地球聖教の宗教的権威をヘルに取り込み、己の支配体制をより盤石にしようとしたように。


 しかし、あくまで中立を望む教会にとって、その警戒心は厄介なものでしかない。

 そこで教皇は表舞台から姿を消し、事実上隠居する事で共和国の警戒心を解こうと試みていた。


「教皇聖下は1度、教皇の座を退くとまで言われたが、我等枢機卿団が必死にお止めして考え直して頂いたのです。ですので、こちらから何を言っても聞く耳をお持ちにはなりますまい」


「……では、地球にいるというシャーロット・オルデルート嬢をこちらに引き渡して頂きたい。現在、ネオヘルでは新兵器の開発に着手しているのだが、それが予定よりも遅れていてな。あのニヴルヘイム要塞のギガンテス・ドーラ、それにラプターシリーズといった新兵器を生み出した彼女の力を是非とも借りたい」


「シャーロット嬢は地球開発公社の技術主任として再開発計画の要を担っているお方。そう簡単にお譲りするわけには参りませんな」


「そんな大口を叩いていられる状況か? レナトゥス書記長は本気だ。ネオヘルの総力を上げて新兵器を開発しようとしている。ここで我等に協力した方が今後のためだと思うが?」


「レナトゥス書記長。総統の再来、か」


「そうさ。レナトゥス書記長はもうじき亡き総統閣下に代わって銀河の支配者となられる。そうなった時、地球聖教がかつての繁栄を取り戻せるかどうかは今現在の身の振り方にあると思うが?」


「……そこまで言われるのでしたら、仕方ありませんね。他の枢機卿達とも協議をしたいので、少しだけお時間を頂けますかな?」


「良いだろう。では明日、同じ時間にここへ来る。色好い返事を期待しているぞ」



─────────────



 デーニッツ提督が聖アース大聖堂を去った後、他の枢機卿達と協議すると言ったコンサルヴィ枢機卿は、枢機卿達に召集を掛ける事はせずに、1人で大聖堂の地下に設けられている小さな礼拝堂に入った。

 決して広くは無い礼拝堂だが、壁には地球の雄大な自然を描いた絵画が多数飾られており、どこか広々とした雰囲気を感じさせる。

 そんな礼拝堂の最奥には、太陽系の星々が十字上に並んだグランドクロスを模した十字架が飾られており、コンサルヴィはその十字架の前で跪く。


 その時だった。

 礼拝堂内にスピーカーから何者かの声が漏れる。

「コンサルヴィ枢機卿、早速報告を聞こうか」

 電子加工されたその声は、機械的な雰囲気を感じさせ、声の主が男なのか女なのかさえ判別できなかった。


「ネオヘルの用件は全てあなた様の予想通りに御座いました」


「左様か。では予定通りシャーロットをネオヘルに送ってやれ」


「宜しいのですか? ネオヘルはもはや単なるならず者集団です。下手に力を与えては我等地球聖教の立場も危うくなるのではないかと私などは思うのですが」


「案ずるな。事は全て私の計画通りに進んでいる。銀河を支配するのは共和国でもネオヘルでも無い。我等なのだ」

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