スターリング要塞攻略戦・後篇
スターリング要塞より出撃した戦機兵は、帝国軍のセグメンタタとは似てはいるが、やや異なるデザインをしている。装甲の色も帝国軍の機体が赤と銀の配色なのに対して、連合軍の機体は青一色で統一されている。その形状はセグメンタタに比べるとかなり重厚で大柄のデザインとなっていた。
この青い機体の名は《シュヴァリエ》。セグメンタタに比べると機動性は劣るものの、防御性能が増して火力も向上している。
辺境星域を拠点とした反乱勢力である貴族連合軍は、銀河帝国軍に比べると人的資源が劣っている事と辺境星域に点在する鉱山惑星の多くを連合軍が掌握できた事の2点から量より質で帝国軍のセグメンタタに対抗しなければならないという事情があったため乗じた違いだった。
戦況は一進一退の互角の攻防を繰り広げ、セグメンタタの部隊は中々要塞に近付けずにいた。
その様子に、フィリップスは不満を露わにする。
「ええい!なぜあの程度の敵を早々に蹴散らせんのだ!!」
旗艦プリンス・オブ・ウェールズの艦橋にフィリップスの怒声が鳴り響く。
彼の怒気に怯みつつ、幕僚の1人が彼の問いに答えた。
「敵は要塞砲の射程で戦闘を展開し、防御に徹しています。いくら対艦用の大砲群とはいえ、援護射撃がある分、味方も易々とは近付けないのは当然かと。……艦隊に待機させている戦機兵も全て増援として送りますか?」
「……こうなったら数の勝負だ。全艦隊に戦機兵を出撃させよ!第一目標は要塞砲群だ!それさえ叩けば、敵の戦機兵など艦隊の火力でどうとでもなる」
フィリップスは攻撃目標をスターリング要塞の砲台群に絞ることにした。砲台さえ叩けば、艦隊による要塞への攻撃が可能になるのだから。
彼の命令は当然、後方に下がっているネルソン艦隊にも通達された。
ネルソンはすぐにも新たに戦機兵部隊を出撃させるよう各艦に命じる。
「あの砲火の只中に兵を送り出すのは正気の沙汰じゃないな」
ジュリアスはそう不平を漏らす。
「ですが司令、要塞攻略戦とはこういうものかと」
「分かってるよ。ただ言ってみただけだ。それよりすぐに戦機兵の出撃用意をしてくれ」
ジュリアスはどこか落ち着きが無い様子でいる。小刻みに貧乏揺すりをしたかと思えば、急に指揮官席を立ち上がって周囲をうろうろし出す。
その理由をハミルトンには手に取るように分かった。
「艦長。まさかとは思いますが、艦長も戦機兵に乗って出撃したいとお考えではありますまいな?」
「え?そ、そ、そんなわけないだろ!俺は艦長だぞ!艦長が自分の艦を放ったらかしにして飛び出すかよ!」
必死に否定するが、その必死さ却ってハミルトンの予想が的中している事を物語っていた。
ジュリアスは元々、戦機兵のパイロットであり、一時期はネルソン艦隊の第1戦機兵大隊隊長を務めていた事もある。その実力は過去の実績が証明しており、初陣で敵機を13機撃墜するという戦果を上げていた。帝国軍では10機撃墜するとエースパイロットに認定されるため、ジュリアスは初陣でエースパイロットという名声を得た事になる。
「はぁ~。2つ条件ほど呑んで頂ければ、艦の指揮は私が請け負いましょう」
「ほ、本当か!? で、条件ってのは?」
目の色を変えてジュリアスはハミルトンに詰め寄る。
「1つ目は護衛に1個小隊を付ける事。2つ目は決して前に出過ぎない事。この2点です。艦長の腕であれば、むざむざ敵に撃墜される事も無いでしょうが、まさか艦長たる者が護衛も無しに最前線に立つわけにもいかないでしょう」
尤もらしく言うハミルトンだが、これは彼なりにジュリアスに釘を出したのだ。ジュリアスは無鉄砲で行動力に富んだ少年だったが、その一方で艦長としての責任感も持ち合わせている。そもそも、これまでにも戦機兵に乗って飛び出したいという衝動に何度か駆られ、それを理性で抑え込んでいた。
「よ、よし、分かった。貴官の言う通りにしよう!」
そう言うとジュリアスは、玩具を貰った子供のように艦橋を飛び跳ねながら後にした。その後ろ姿を、ハミルトンを初め艦橋要員はまるで自分の子供か弟を見るような、微笑ましい笑みを浮かべながら見送るのだった。
軍服からパイロットスーツに着替えて戦機兵格納庫に姿を現したジュリアスの前に格納庫で働く戦機兵のパイロットや整備兵達が集まって敬礼をした。
「我ら第3小隊! ハミルトン副長のご命令により艦長のお供をさせて頂きます!」
「おお、グレイ中尉。宜しく頼むぞ」
「はッ!!」
グレイ中尉は、アルビオンに待機中のパイロットの中では一番の操縦技術を持つパイロットであり、ハミルトンがジュリアスの安全を少しでも確実にするための人選だろう。
尤もジュリアスとグレイでは、ジュリアスの方が実力が上であり、過去に何度か訓練で対峙した事があるが全てジュリアスの全勝だった。そのためグレイは自分に護衛の役目が務まるのか、内心では不安に感じてもいた。
ジュリアスは自身のセグメンタタに乗り込み、グレイの第3小隊を率いて、アルビオンから発進した。
「各機、ちゃんと俺に付いて来いよ」
そう3機の護衛機に向けて無線通信で告げると、ジュリアスはスラスターの出力を最大にして帝国軍艦隊の間を抜けて最前線、戦機兵同士による格闘戦が展開される宙域へと身を投じる。
ちゃんと付いて来い、と言いつつ、彼は後続機を引き離す程の超高速で戦場を飛翔した。それは通常の戦闘速度を遥かに上回る最高速度を維持した状態で飛び続けたためである。
本来であれば、このような飛び方を続けていれば数千機の戦機兵同士が入り乱れる戦場では自殺行為でしかない。撃墜された機体の残骸や戦闘中の機体などに衝突して宇宙の藻屑と化す恐れがあるし、そもそもこのような超高速のまま敵機に銃口を向けて狙い撃つなどまず不可能である。戦機兵の射撃補助システムが正常に機能しないためだ。
一見、無謀でしかない飛び方だが、ジュリアスは機体の動きと周囲の状況を完全に把握していた。そして敵機の編隊に突入して両手に握られたビーム突撃銃を単射モードで発砲する。その射撃は精確であり、1発目で最初の1機を、続く2発目で2機目の敵機を撃墜した。
交戦で足が少し止まったところでグレイ中尉がジュリアスにようやく追いついた。
「中尉、遅過ぎるぞ」
「艦長が速過ぎるんです」
「あはは!そいつは悪かったな。じゃあ、このまま要塞に取りつくぞ!」
「・・・副長から、あまり前に出過ぎない様に目を光らせておけ、と命じられているのですが」
「うぅ!そ、そうだったな。うっかりしてたよ」
結局ジュリアスは格闘戦が展開される宙域で敵機と戦い続けた。格闘戦は、基本的には3機1組で編成される小隊による連携攻撃で戦う事は基本中の基本である。しかし、実際の戦闘になると状況にもよるが、多くの場合は引き離されて散り散りになり、個々が個人プレーで戦う混戦状態になるのが常態化していた。そんな中、ジュリアスはグレイの第3小隊と共に戦場を縦横無尽に暴れ回る。4機で1機を囲んで同時攻撃を仕掛ける。そうなればどちらが勝つかは目に見えている。
数千機が交戦する戦場の中でたった4機の編隊が上げる戦果が、戦局に大きく影響を及ぼすような事はまずないだろう。
しかし結果として帝国軍は連合軍の戦機兵部隊を打ち破り、続々とスターリング要塞へ攻撃を仕掛けた。超至近距離まで近付いてしまえば、要塞に設置されている対空砲台の死角となり、迎撃はほぼ不可能になる。
要塞司令官ヴァロワード中将は全ての戦機兵を最終防衛線である要塞表面に下げて要塞の守りに徹しようと試みるも、それは戦局が最終局面に移行した事を意味していた。
帝国軍艦隊の総司令官フィリップス上級大将は全艦隊に前進を命じ、要塞への直接攻撃を開始する。帝国軍のセグメンタタは艦隊の艦砲射撃に巻き込まれないようにと攻撃ポイント外への退避を図るが、要塞表面に取り付いて砲台同然になっていたシュヴァリエは持ち場を離れて退避行動を取るわけにもいかなかった。その僅かな遅れが彼等の命を奪う事になる。帝国軍艦隊より放たれた無数のビームの雨は要塞表面へと降り注ぎ、その表面に着地しているシュヴァリエを次々と粉砕していった。
「これでこの戦いも終わったな」
セグメンタタのコックピットからジュリアスはそう呟いた。
敵の戦機兵が壊滅的打撃を被り、この艦砲射撃で要塞の砲台も幾つか破壊する事ができた。後はセグメンタタ部隊で容易に掃除できるだろう。そのまま上陸部隊を要塞内部に送り込んで最後の抵抗を排除すれば、このスターリング要塞は陥落だ。
ジュリアスがそう予想した通り、事の経過は推移した。
ヴァロワード中将は敗北を覚悟して自害して果て、指揮権を引き継いだ副司令官フェロップ少将は降伏した。
ここまでお付き合い頂きましてありがとうございます。