005 見て!体格アンバランスおじいちゃんよ!
「おーしょしょしょしょしょ」
自分の胸元に埋もれた少女の白髪を高速で撫で回す。
残像を生み出し髪をかき回す様子は、ちょっぴり狂気☆
しかし蠢く手は一つ。もう片方は未だ解放されていないのだ。
お手手接着剤ゲーム(悠久)
しかし、そんなアロンアルファにも変化が起きている。
見よ、お手手が恋人繋ぎに進化している!
・・・・・・へへっ。
「──さて、そろそろ本格的に目的地を探さないと、日が暮れてしまうわけだが」
どうでもいい現実逃避は隅に置いて立ち上がる。
緑の天井から零れ落ちる光の筋が、だいぶ主張を弱くしている。
あと一、二時間で夕暮れだろう。
「──私、は・・・・・・ずっと、このまま、でも・・・・・・いい、よ?」
微かに目を腫らしたシルヴィアの上目遣いが、真っ直ぐにこちらを射抜く。
「うん、絶対ヤダ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・わかった──待ってて」
不服そうに、そらもう不服そうに立ち上がったシルヴィアは、さらにさらに不服そうに繋いでいた手を離す。
わーい、お手手自由だぁ〜。
無言でお手手自由ダンスを踊っていると、
突如、隣の地面が爆ぜた。why?
砂塵が吹き上がり、理解の追いつかない俺の視界を薄茶一色に染める。
宙を飛び交う砂たちが散り散りに飛んでくと、既にそこにはシルヴィアの姿はない。
辺りに視線を巡らせても、輝く白髪らしきものは見当たらなかった。
え?何?彼女急に爆散したの?ぐっろ。
数秒後、上空から細い音が届く。
徐々に大きくなるそれは・・・・・・何かが落ちる音?
音の源を探り空を仰ぐ。
瞬間、緑の空を何かが穿った。
衝撃波を伴いかなりの範囲の天井を一撃のもとに振り払い、〝ソレ〟は輪郭すらブレる瞬速で飛来する。
真横、ちょうど俺の真横に突き刺さった。そしてチビった。
「蒼流、あっち」
抉られた地面に平然と立つシルヴィア。
その指は森の奥へと向いている。
「──目的地」
いつの間にか恋人繋ぎが復活している。
恐ろしく速い恋人繋ぎ。俺は見逃しちゃったね。
どうでもよくなった俺は、手を引かれるのに任せてあくびを噛み締めながら歩いてく。
木々を眺めて歩くこと数時間。日が暮れてきた。
「わあ、見て見て。空を塞ぐ草からオレンジ色が零れているよ。ふふ、綺麗だなぁ・・・・・・じゃ、ねええええええええ!どこやねんここ!はい!迷わずの森ですよね知ってんだよ!ファー!!綺麗なチョウチョさんこんにちはっ!!」
発狂する男と無表情少女が森を進む。
チョウチョさんが必死に逃げていた。
目的地に真っ直ぐ向かってるはずなのに数時間かかるとはこれ如何に。また迷ってたりするかもしれない。
「・・・・・・着いた」
しなかった。
足を踏み入れた瞬間、視界が晴れる。
心理的な問題か?否、実際に空が一面に広がっていた。
円形に木々が分断されている。
まるで別世界のように、その境界線から内側には、一本の木すら生えていないのだ。
そして、円のちょうど中心の位置。そこに、小規模な泉が置かれていた。
日が沈む。
空の焦げたオレンジに、漆黒が落とされた。
顔を見せる星。星。星。
真上に昇った満月の色。
その全てを反射させて、泉は魅惑の微笑みを見せる。
──神秘。息をすることさえ躊躇われるような、濃厚な神秘が渦巻いていた。
「来ましたな」
暗闇にぬるりと現れる黒服の老人。明らかに常人の歩行とはかけ離れた足運び。
しわがれた顔と真っ白く、といってもシルヴィアのような透き通った美しさは微塵もない白髪頭。しかし、しかしだ。この年寄り、八十の顔をまったく裏切るように一直線に背筋を伸ばし、皺も汚れもなく完璧に執事服を着こなしている。
そして何よりアンバランスが過ぎる隆々と盛り上がった筋肉に包まれた体躯。
ただれた瞼に隠された瞳は、どうやら柔和に笑っているらしい。
「ほっほっほっ、随分と親睦を深められたご様子で」
繋がれた俺たちの手に向けて言い放つ老人。
「──ソウレスさん・・・・・・久しぶり・・・・・・」
「ほっほっ、今朝ぶりですなシルヴィア殿」
ソウレス出たー!!俺が寝ている間にあんなことやこんなこと(着替え)をした張本人!
「蒼流殿、こうして話すのは初めてですな。私、現王ヴァンゴ・ヴィール・コンスタンティン様直属執事の、ソイ・ソウレスと申します。以後お見知り置きを」
足音なく近ずいて来て、ソウレスは片手を差し出す。
・・・・・・とっていいのかこの手は!?あっち側の世界に連れて行かれたりしないか!?・・・・・・いやでも、ここは礼儀として
「っていでででででで!!」
握手を交わそうと手伸ばした瞬間、反対の右手が軋みをあげた。
「・・・・・・ソウレスさん、早く、して?」
棘の入った言霊がシルヴィアの口から投げ出される。
それでも尚変わらず穏やかに笑うソウレスは、しかし大人しく腕を引っ込めた。
「ほっほっ、怒られてしまいましたか。そうですね、早速始めてしまいましょうか」
くるりとUターン。泉の前で立ち止まると、歳と反比例した満面の笑顔を俺へと向けてきた。