004 シルヴィア・アン・ローズリー
背の高い無数の木々、そしてそこを割ったように伸びるしっかりと舗装された道。
〝迷わずの森〟
森の入口に突き立てられた看板には、丁寧な文字でそう書かれている。
安心感が凄い。
踏みしめた道が俺たちに従えば迷わせないぜと親指をたててくる。
きゃー、みっちーってば男前!キュン。
足下へと熱視線を落としながら、シルヴィアに手を引かれてしばらく歩く。
それにしても、綺麗な森だ。
顔を持ち上げると、遥か上で緑の屋根が光を零し、心を優しく温めてくる。
穏やかな心境で、俺たちは森の奥へと潜って行った。
■■■
「・・・・・・蒼流、ここ・・・・・・どこ?」
いや知らねーよ。
全然迷っちまったのですが。これにはみっちーもびっくりだね。
「ち、違う・・・・・・迷って、ない。・・・・・・あの・・・・・・そう、自分で、道を切り開きたく、なっただけ・・・・・・」
え?なんでこの子嘘ついてきたの?
「他人が、切り開いた道に──意味は・・・・・・ない・・・・・・!」
すげえ一人で喋るんだけど。──いやなんだそのドヤ顔。
「蒼流、も。この生き方──見習う、ように」
「ぶっ飛ばすぞ」
歩けども歩けども同じ景色がズラリと並ぶ。どれくらい進んだかもどちらに進んでいるかもあやふやになり始めてきた。
異世界転生二日目。私清水蒼流、森で迷って異世界ライフの幕を閉じそうです。
「え?待ってそんなことある?まだ俺魔物も魔法も一回も見てないよ?俺たちの冒険はここからじゃないの?」
汗がナイアガラタイム入った。考えが纏まらない。
「──ねえ・・・・・・蒼流、二人っきり」
へへ、ちょっとこの小娘一発殴ってもいいかな。
しかし何とか衝動を抑え込み、握られた拳を緩める。
それでも尚漏れ出た怒りは、繋がれているシルヴィアの手をむにむにすることで発散した。
暫くの沈黙。
不思議と木々のざわめきすらなりを潜める。
お手手むにむに以外の時が止まってしまったかのようだ。
手が、強く握り返される。
・・・・・・お?なんだ握力比べか?
「──蒼流、私と・・・・・・普通に、話してくれる」
徐々に込められるちからが増していく。
「──どうして?」
揺れる白髪と、細い背中がやけに儚く写った。
「誰も、私を見てはくれなかった。誰も、手を握ってはくれなかった。・・・・・・一人だったの、私」
なんか自分語り始まっちゃった。
「初めて・・・・・・優しくされた。とっても、嬉しかった」
優しくしたって言っても、あんまりピンと来ないな。そもそもさっき会ったばかりだし。
「ちゃんと、私の話も聞いてくれる・・・・・・嬉しい」
手に込められる力は際限なく増していき、骨が軋み始めている。
「嬉しい、嬉しい嬉しい嬉しい、嬉しいの。こんなに嬉しいの、一度もなかった。ずっと一緒にいたい・・・・・・でも、」
シルヴィアの足が止まる。
「もし・・・・・・もしも、迷惑、なら・・・・・・言ってね。私、我慢するから・・・・・・とっても、嫌だけど、蒼流に迷惑かかるの、もっとやだから」
その泣きそうな声音に、こちらの胸まで締め付けられるようだ。一体何が彼女を傷つけているのか、皆目検討もつかないが、これだけは言えるということを口にしよう。
「俺はお前から離れてったりしないよ。・・・・・・てかお前いなかった俺こっからどうすればいいのでしょうか」
だってこの子が俺の案内役なんでしょ?あのクソ女神からそんな感じのこと聞いたんだけど。
当然だよねと頷いている俺の眼前に、突如としてシルヴィアの綺麗なお目目が出現した。こっわ。
「──それ、本当?」
白く透き通った瞳に、黒くドロりとしたナニカが蠢く。
背筋が薄ら寒くなるにも関わらず、何故か視線を外せない。
「蒼流、シルヴィアがいないと困る?シルヴィア、生きるのに必要?」
いつものボンヤリとした雰囲気を微塵も感じさせない圧が、答えを催促してきた。
「あ、ああ。そうとも言える・・・・・・かも」
「・・・・・・そう、嬉しい、とっても・・・・・・シルヴィアも、蒼流がいなきゃ生きられなくなっちゃった・・・・・・今ので」
もしかして何かヤバい地雷踏み抜いちゃった?今から取り消しとかって聞きますかね?
ひしゃげた俺の手を握る手が、ダメ押しに力を増した。
「蒼流・・・・・・ずっと、一緒にいようね・・・・・・蒼流、蒼流、蒼流・・・・・・ふふっ」
取り消し効かなそうですね。
だっていきなり告白されたもの。着いてけてないの俺だけですか?
──この時、この問答の意味を正しく理解出来ていたら、或いは今後、〝あんなこと〟にはならなかったのかもしれない。(唐突な未来人)
そう、その身全てを俺に傾けて来るようには。(折角ちょっと濁したものを二秒で明かすスタイル)
・・・・・・いや、なるな。(じゃあ何の為に出てきたんだろう)
・・・・・・てか手ぇ痛った!!