023 THE FIRST DAY
「おはよう、そーりゅう」
子鳥のさえずりと共に、穏やかなさざ波を思わせる声が鳴いていていた。
粘つく瞼を持ち上げると、深い藍色の髪が目に映る。
お前ら朝チュン好きだよね。
「フフ、本当はもっと早く起こすつもりだったんだけどね?そーりゅうってばとても落ち着く匂いをしてるから、つい一緒になって眠ってしまったんだ」
昨日とは雰囲気が随分と変わった。
相変わらず昏い瞳には、確かな愛情が見て取れる。
諦観の色が薄れただけマシなのか違うのか。
そこでふと、俺の胸にしなだれかかったサミとは別に、左腕にも温もりを感じる。
布団をめくると、案の定というかシルヴィアが規則的な寝息を立てて熟睡していた。
それでも、真横にいるシルヴィアをまるで認識すらしていないかのようにサミは俺の匂いについて喋り続ける。
光無い翡翠は、完全に俺以外全ての存在を排除していた。
「──それでね、何だかそーりゅうの匂いを嗅いでいると段々思考が蕩けてきて、もう全部どうでも良くなっちゃうの」
俺の匂い完全に危ない代物じゃねえか。
「すぅー、はぁー、すぅー、はぁー、フフフ、そーりゅう、そーりゅう・・・・・・すぅー、はぁー」
これはいつ終わるのでしょうか。
サミの来ない満足に、永遠と身体をベットに縫い付けられるのだった。
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蒼流一行が去った少し後、つまりは深夜。
崩れた墓石に、抉られた地面、散りばむ岩の鋭い破片達、青々と嗤うようにざわめく雑草、或いは燃えカスとなり風に消えていく雑草。
惨状の跡を残す墓地で、黒翼の女性が泣いている。
「あ、あぁぁああぁ!!どうか、どうか捨てないで下さい神様・・・・・・ルシファーは、貴方様無しにどう生きていけば良いのですか!?嫌、嫌です。もう一人になるのは。お願いします!かみさま!何でもしますから!絶対役に立ちます!どんな命令にも従います!絶対服従を誓いますから!!だから!!・・・・・・ど、うか、ルシファーを・・・・・・う、うぅぅううぅうぅ」
奥歯を噛み砕くほどに締め付けて、黒い修道服の彼女は蹲る。
──ルファシャーさん。
「──ぁ」
彼女の脳裏で、男の声が響く。
──ルファシャーさん。
実際に耳にしたのは一、二回。しかし、何があっても聞き間違えることの無い声だ。
「ルファシャー・・・・・・私の、名前?」
その意味を脳が理解した瞬間、彼女の全身に莫大な歓喜の電流が走った。
「あぁっっっっ!!!!名前を、授けて下さった!!!!」
捨てられてはいなかった!!神様は、ルシファー──いえ、ルファのことを下僕と認めてくださっていたのだ!!!!
「ならばお答えしなくてはっ!!神様の素晴らしさを、世界中に広めるのだ!!この下劣な世界を、神様の素晴らしさで塗り替える!!」
──そうすれば、きっと神様に褒めていただける。傍にお仕えすることだって許されるだろう。
「ハハ、ハハハハハハ!!!!待っていてください神様、貴方の存在を、この忠実なる下僕ルファシャーが必ずや世界に!!!」
巨大な黒翼がはためく。
やる気の表れかのように、口調と顔つきは蒼流以外に向けるあの威圧的なものになっていた。
ふわりと浮いた彼女は、恐るべき速度で上空へと進む。
高圧的でよく通る、しかし聞くものを魅了に突き落とす美しい高笑いが、満月の夜空にコダマした。
堕天の天魔は、主のために動き出す。
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辺境の村で、幼女が笑っていた。
茶髪のボブカットと明るい笑みは、見たものに活発な印象を与えるが、対称的に彼女の下半身は車椅子に縫い付けられていた。
それでも、なんて事はないように幼女が笑っていた。
心の底から笑っていた。
しかしその視線はここではない。
遠く離れた〝彼〟だけに、四六時中思いを馳せている。
話しかけてくる住民たちに上辺だけの応答を返す姿は、どこか破綻して写った。
きっと、あの時壊れてしまったんだろう。死の狭間を彷徨いながら見た、〝彼〟の背中。
壊れて、死んで、新たに生まれ変わったのだ、この娘は。
幼女なんて可愛い代物じゃない。人間なんて優しい代物じゃない。
──怪物。その言葉がよく当てはまってしまうほどの、瞳の奥の狂気の渦。
「・・・・・・待っていてね、おにぃちゃん♡」
幼女が、怪物が、狂愛が笑っていた。ギシリと、車椅子が鳴く。
次の日の朝、一人の幼女が、跡形もなく姿を消したらしい。
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とある洞窟。その最奥。黒いローブを着た人間の集団がいた。
その中心で、木の椅子にふんぞり返る男が、ドスを効かせた声を上げた。
「なに?狂化させたスケルトンが勇者にやられた、だと?──けっ、気に入らねえな。どうせそいつも温室育ちのお坊ちゃんなんだろ。・・・・・・まあいいさ、狂化スケルトンなんて雑魚だ。幾らでも用意出来る。・・・・・・・・・・・・そうだろう?先生。」
男が横に目を向ける。
だが、そこには誰もいない空間がポカリと空いていた。
「て、もういねえ。本当によく分からねえ人だな」
溜息を零しながら、男は先の話を思い返す。
「ククク、勇者だかなんだか知らねえが、俺たちがやることは変わらねえ」
口端を異常な程吊り上げて不気味に嗤う。その姿は腹を空かせた猛獣に似ていた。
「この国を、ぶっ壊すぜッ!!」
獰猛な獣が、研ぎに研いだ牙をエモノに向けた。
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「第42回実験、289号体から300号体で実施、内8体は肉体膨張、時期に破裂。3体は人の形は保ったものの、精神回路破損で衰弱死・・・・・・か。やはり、〝人族と魔獣の複合体〟は難しいな。だが、不可能では無いはずだ。あの個体の例がある。できるはずだ。私の、私たちの悲願は果たされる。・・・・・・しかし、一体何処へ行ったのか、甚だしい損失だ──216号体」
実験所と思しき施設で、白衣姿の初老男性が研究資料を置く。
背後には無表情が板に着いたピンク髪の女性。何をする訳でもなく、ただ黙って立っている。
「悲願を果たす。その為に、狂化にも協力したのだから」
一瞬懐かしむように虚空を見つめた後、初老男は瞳を燃やして立ち上がった。
全ては夢の為。男は次の実験の準備に取り掛かる。
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何処ともしれない空間で、
果たしてそれは魔法なのか、今しがたの彼ら彼女らの様子を自らの視覚に繋げ見つめながら、黒の長髪、長身の男は不思議なものだと杖を着く。
事態が一斉に動き出す。
曰く、シンクロニシティというの似ているのかもしれない。
何にしても興味深い現象だ。
その映像に夢中になりながら、長身男、マーリンは背後に座する別の男に問いかける。
「──君はこの盤面、どう見る?」
男は何も答えない。これから始まるであろう伝説に、可能な限り干渉しないことを決めていたからだ。
まるで、自分が動くのはその後からだと言うように。
何処ともしれない空間で、
何処までも白い空間で、
なんの偶然か。この日あらゆる思惑が交差した。物語が動き出したのだ。
誰も知らない、気づかない。何気ない日常の皮を被っている。
だが、
確かに、
間違いなく、
今日この日こそが〝始まりの日〟。
THE FIRST DAY OF THE LEGEND.
ハーメルンという小説投稿サイトで、アカメが斬るのヤンデレ二次創作を書いたら日間一位が取れました。うれちい。