015 挨拶って大事ッ!!
数台の荷馬車が野原に敷かれた道を走る。
その内の一つの馬車。その荷台には、俺、シルヴィア、ヤミリー、そして大工のおっさん達で窮屈になっている。
「え?なんであんたらいんの?」
シルヴィアとヤミリーはまだ分かる。シルヴィアは神託者?ってのの役割なのか知らんがいつも俺に着いてくるし、ヤミリーはうんちゃらかんちゃら部隊に入っているから狂化関連ならば動くこともあるだろう。
でもこの上腕二頭筋の品評会を始めた集団はどうだろうか。コイツらはただの大工のはずである。
「俺らは実は大工兼傭兵でな。国王様に雇われたんだ」
数年前の大戦争を期に世界中で戦争がめっきり減った。そこで仕事に溢れたのが傭兵達だ。大半は冒険者に転職したらしいが、彼らは何故か大工が気に入り起業。
しかし今回の狂化騒ぎで、すぐに動かせて戦力にも期待できる元傭兵や冒険者達を国王が欲し、多額の金で実力のある者たちを雇いだした。そういう背景があると大工リーダーが語る。
その後ろでAランクの上腕二頭筋と認められた男がマッスルポーズでドヤ顔してきた。関わりたくないなと思った。
両腕の上腕二頭筋を交互にピクつかせる男からそっと目を逸らす。
·····早く着かねえかな、尻も痛いし。
「蒼流様、今座布団を用意致しますね」
「いや悪いしいいよ」
雰囲気を察したのかヤミリーが気を回してくれる。
しかし俺だけ敷物があるというのは申し訳ない。というかこの中で一番約立たずなの俺だろう。戦闘力ゴミカスだもの。
そんな奴がケツが痛いとか言い出したら猛る上腕二頭筋にぶん殴られてしまう。
「ふふ、そんなこと仰らずに、はいどうぞ♡」
四つん這いになって息を荒くするヤミリー。関わりたくないなと思った。そっと目を逸らした。
沈黙が続いた後、無視されていることを察したヤミリーは、更に息を乱していた。この国大丈夫かなと思った。
·····ホントに早く着け。
切に願う。
──ちなみにこの間シルヴィアは、ずっと無言で手を握ってきていた。。
力を込めて緩めてと、まるで俺という存在を確かめるように繰り返している。
ひんやりとした感触を楽しみながら、馬車に揺られて村を目指す。
数時間、俺はこの地獄で過ごさなければならないらしい。
·····くそうッ!!
■■■
馬車から降りて最初に目にしたのは、ぐるりと村を一周する防壁。魔物が跋扈するこの世界では普通の光景だ。
しかし普通じゃないところが一点、砕かれた正門。
そこから覗くのは、蹂躙の跡を刻む村、そして嗄れた顔面からげひた嗤いを響かせる、複数の緑肌の怪物──ゴブリンの姿だった。
村の道端で倒れている人が数名いるが、恐らくもう事切れているだろう。他の人たちは既に隣の村まで避難したらしい。
「突撃ぃいいい!!」
大工リーダーが吼える。
討伐隊と言っても、中身は冒険者と傭兵の寄せ集めだ。付け焼き刃の陣形は逆効果でしかないだろう。
彼らは全て戦いのベテランだ。いくら狂化しているとはいえ、最下級魔物の一匹や二匹敵ではない。ならばゴブリンを見つけ次第それぞれでぶち飛ばした方が効率的だろう。
「GYAAAAA!!」
ワラワラと突入する二十前後の討伐隊にやっと気づいたゴブリン達が、叫び散らしながら迎え撃つ。
叫びにつられて、家の角や屋根上から緑の顔が飛び出した。
一体何匹潜んでいるのだろうか。
討伐隊とゴブリン達の戦が幕を開ける。
討伐隊突撃の十数分後、あちこちで剣戟が飛ぶ。
俺は一人で正門前に体育座りしていた。
·····え?何やってるかって?いい子で待ってるんだよ。
シルヴィアやヤミリーが待っててと残して屋根を飛び跳ねて行ったのだ。
だって俺戦闘能力無いし。
たまに視界に入る大工のおっさん達が、拳でゴブリンの頭を粉砕するおぞましい光景を眺めて時間を潰そう。·····あ、鳥さんが飛んでるね。ふふ、こんにちは。
鳥さんが緩やかに飛んでいる。平和だなあ。
鳥さんが降り立ったのは、お馬さんの頭だ。
おや、お馬さんもいたのか。こんにちは。
お馬さんの隣には、ゴブリンの襲撃で柱が何本か倒れた馬小屋さん。
おや、馬小屋さんこんにちは。
馬小屋さんの倒れた柱の下には、下敷きにされた小さな女の子。
おや、女の子さんこんにちは。
··········女の子さん!!!??
「ちょっと女の子さん!?大丈夫かい!?」
女の子の元へ駆け寄る。六歳くらいに見える。幸いにも息はしているが、意識が無い。
下半身を潰している柱を抱えて力を込める。
歯を食いしばって全力を出したにも関わらずビクともしない。
どうするかと頭を悩ませ──
「GUGYAA?」
「·····ご、ゴブリンさん·····こんにちは·····なんちゃって··········」
緑色の、可愛いお友達が嗤って立っていた。
·····僕は、素敵な笑顔だと、思うよ··········。