014 もうなんかタイトル思い浮かばねえわ
大国キャメロットの王城、その一室でトッテンカッテンと愉快な音が流れていた。
「うりやああああ!!」
「ふんぬぁ!」
「ァァアチョウっ!!」
筋肉隆々のおっさん達が鳴らす愉快な音が。
「蒼流·····連れて、きたよ。·····えへへ」
穴だらけになった俺の自室からアクロバティックに飛び出したシルヴィアは、半刻後筋肉ダルマ軍団を引き連れて帰ってきた。
何でも彼らはキャメロットでも有名な大工さんらしく、現場を一目見た途端迅速に修復作業に乗り出した。
しかし彼らの顔が酷く青ざめているのは何故だろう。
皆一様に恐怖を顔に貼り付けて懸命に手を動かしている。
「ふんっ、ふんっ、ふんっ」
「アチョー!!アチョッ、アチョー」
「おら、この、〇ね!」
愉快な音ですね。
みるみる内に壁も床も直っていく様は見ていて飽きない。
「──ねえ·····あと、どのくらい?」
「ひっ!?あ、あと一時間半でなんとか」
シルヴィアのゾッとする冷たい声音に、おそらくリーダーであろう角刈りねじれ鉢巻の男は涙目になりながら答える。
恐怖の原因お前かよ。
「·····そう」
「おらてめえら働け!三十分で終わらせるぞ!」
一時間何だったんだよ。
残像を生み出すほどの働きっぷりは、二十分で部屋を元通りにしてみせた。
職人ってすげえや!
■■■
「おお、ありがとうございました」
懐かしさも覚える傷の無い自室を眺めてから、感謝を述べる。
「おうよ!いやーしかし、首筋に剣当てられて部屋を直せなんて言われた時にゃあ肝冷やしたぜ」
やだ、うちの子バイオレンス過ぎ·····。
「だがまあそのおかげで新しい境地に行けたんだがな。ガッハッハ!」
大工って境地とかそういうものなの?世界って広い。
おっさんが力こぶを見せると、何故か後ろの集団も思い思いのボディビルポーズをキメる。謎。
「じゃあ、俺らは帰るぜ。また会おうぜ兄ちゃん」
片腕を振って去るおっさんと、ボディビルポーズのまま追従する他の大工たち。
綺麗なお部屋。新しい窓を照らす太陽は丁度真上に差し掛かったところ。
「蒼流様、わたくしお弁当を作って参りましたの」
用意周到。最初来た時から長居する気満々じゃねえか。
ヤミリーは一度外に出て、すぐに銀の三段ワゴンを押して来る。
「お弁当の量じゃないね」
三段全てに所狭しと並ぶ豪勢な料理。
職人が作ったと言われても何の疑いも出ないレベルだ。
それらを直してもらった机に並べていく。
なんとか机内に収まった料理たちから芳ばしい香りが漂ってくる。
腹の虫を抑えるために、さっさと椅子を用意して座る。
「では蒼流様、あーん」
「あーん」
ヤミリーが差し出してきたフォークにかぶりつく。美女にあーんされて断れる男など存在しないと言っても過言だ。すごく過言。
「·····めっちゃうめえ」
「──っ♡♡♡」
思わず感嘆が漏れてしまう。
それを聞いたヤミリーはうっとりと恍惚に顔を蕩けさせ、感無量という感じだ。面白いね。
しかし、その後もヤミリーは一向に動かない。別の世界にトリップしてしまったらしい。
何の反応も無くなったため一人黙々と食べ進めると、不意に服の袖を控えめに引っ張られた。
目を移すと、シルヴィアが無言でお肉の刺さったフォークを向けてきていた。
期待に目をキラキラさせている。
「あむっ」
うむ、やはり美味い。
「はいお返し」
こちらも料理を取ってあーんしてやる。
「·····あー、ん」
少し切り分けるサイズが大きかったみたいで、シルヴィアは一生懸命もきゅもきゅと口を動かす。
ちゃんと飲み込んだのを確認してから、自分の食事に取り掛かろうとするも、また袖を引かれた。
シルヴィアが何かを待つように凝視してくる。瞳の輝きが三割増しだった。
「あーん」
「·····あー、ん」
もきゅもきゅ。
「あーん」
「·····あー、ん」
もきゅもきゅもきゅ。
「あーん」
「·····あー、ん」
もきゅもきゅもきゅきゅ。
暫く、シルヴィアが満足気な雰囲気を出す(シルヴィアちゃん検定一級)。
お腹いっぱいになったシルヴィアは、椅子を二脚持ってきて俺の横に並べると、俺の膝を枕に椅子に寝っ転がった。
すぐに規則的な寝息が聞こえてくる。
このマイペースぶりにも慣れてきたものだ。気にせず食事を進める。
顔を下げると、長いまつ毛が気を引くシルヴィアの横顔。
顔を上げると、未だ戻ってきていないヤミリーの蕩けた顔。
·····何だこの状況。
手を止めて、ヤミリーを眺める。どんだけトリップしてんだ。
フォークで料理を取って、ヤミリーの口まで持っていく。
「あーん」
あーんのお返しも兼ねて、·····これで元に戻ってくれるかな?
·····。
いつまで待っても反応が返ってこないので、勝手にだらしなく開かれた口へと料理を入れる。
視線は相変わらずどこに向いているか分からないが、ヤミリーの口は動き始めた。
ヤミリーが上の空のまま数秒の咀嚼している。
「んむ、んむ、んむ────んッ!??」
唐突に瞼がカッと開かれた。迫力がしゅごい。
「ぅん??·····んん!!!??──あ、あはぁ♡♡♡♡」
状況理解、二秒。驚愕、一秒。その後、トリップ。
正気に戻って三秒でどっか行った。
しかもさっきより幸せそうだ。口角の制御が効かないのかニヤケが最大出力だ。
「あ、あは♡あはぁ、あははは♡♡はぁ、はぁ、ぁは♡♡」
「ちょっと待って壊れちゃった!ヤミリー壊れちゃった!!」
一体全体彼女の脳内ではどのような妄想劇場が繰り広げられているのだろうか。或いはそんな妄想すらできぬ状態かも知れない。
そんなことを本気で思うほど女の子がしちゃいけない顔を晒している。
「ああ!幸せ過ぎて·····きゅぅ」
「ヤミリィイイイイ!!」
何かが許容限界を越えたヤミリーが力尽きた。
遂に意識があるのは俺一人になってしまう。
「くっ」
あーんにこれ程の殺傷力が込められているとは、俺が無闇矢鱈に使ってしまったから·····!
ファークを動かしながら悔しさに眉を歪める。あ、これ美味しい。
無言で食べ続ける。
そろそろ腹八分目という所で、扉を叩く音が響く。
「お伝えします!辺境の村に狂化状態のゴブリンの群れが発生しました。勇者殿におかれましては、至急キャメロットの討伐隊と共に急行して下さい!」