001 強制転生ってお前・・・・・・
白だった。
瞼を持ち上げて、最初に視界を満たしたのは白だった。
上も下も横も真っ白な空間が何処までも伸びている。
いや、もしかしたら案外近くに壁や天井はあるのかも知れない。だがそれが分からないほど白いのだ。
「──何処だ、ここ」
下を見る。
手足、正常。
なにやら木製の椅子に座らせられているようだ。
「突然ですが」
「うひゃっほい!?」
対面に人がいた。
赤く艶のあるツインテール。同色の宝石を想起させる瞳。
白いワンピースを纏った、中学生くらいの少女が俺と対面して座っている。
え?さっきまでいなかったじゃん。心臓出てくるかと思ったんだけど。
胸に手を添える。
──ん?
「あなたさんは死にました」
あるはずの動きが、無ければならない動きが、ない。
・・・・・・え?え?ちょっと待って?う、ううう動いてないんだけど?
心臓が、全く機能していなかった。
滝のように湧き出る冷や汗も気に止めず、必死に胸をまさぐる。
ふと、視界に焼ききれた袖が映る。
違和感を感じて自らに目を向ければ、半袖短パンのかなりの部分が焼け焦げ無くなっていた。
まるで火事にでもあったかのような服装。しかし身体は至って健康体だ。
ボサっとしたこげ茶髪にも、平凡な顔つきにも異常はない。
なんで服だけ?
疑問が湧いてくる。
しかし記憶を巡らせようとしても、モヤがかかって全くと言っていい程思い出せない。
記憶喪失まで患っているとか、いよいよもって終わってる。
これから生きていける自信が無い。
いや待て待て、先ずは冷静になろう。焦り過ぎている。動揺は最もしてはいけないことだ。
そうだな、一つずつ状況を整理すべきだ。最初は目の前の女の子が言っていた死んだという言葉についてから。
・・・・・・え?死んだ?(動揺)
「なので転生してもれーます」
赤髪の少女は尚も続ける。
「え?あ、うん、すごいねー。で、君名前は?あと大人の人読んできてくれない?」
自分にできる最大限の柔和な笑みで問いかける。
この意味不明状況を子供に説明させるのは無理があるだろう。
「人に名前を尋ねる時は自分からと習わなかったんですか?」
「あ、ああそうだねごめんごめん。俺は清水蒼流って言うんだ」
「まあ、あなたさん名前なんてハナから知ってましたけどね」
少女が呆れ返ったように見下してくる。脳の血管が千切れそうな程ムカつく顔だ。あとプライバシーの守秘義務を返してください。
「それでお嬢ちゃんの名前はなんて言うのかな?」
頬をひきつらせながらも何とか口調を保つ。
子供にマジギレなんて大人のやることじゃない。
「なんすかその気持ち悪い顔。まあいいですけど、自分はウルカヌスってもーします」
が、我慢だッ!!相手は子供、相手は子供、子供子供子供。
「それでぇ!?大人の方はどちらにいらっしゃいやがりますかねぇ!?」
早く親出せよクソガキがあ!!(我慢の限界点)
「自分、こう見えても5000歳超えてますんで」
「なぁーんだ、ただのババアじゃねえ──」
「あ゛?」
「・・・・・・」
女の子の口から出ちゃいけない音と共に、これまた出ちゃいけない殺気がこんにちはした。
冷水をぶっかけられた気分だ。錯乱状態が収まる。
「──えーっと。はい・・・・・・とてもよく、熟成されてますね」
とても丁寧な言葉(先進的)。
顔をキリッと整えてお嬢さんおばさんに薄い笑みをたむける。
「潰すぞ」
「ごめんなさい」
こっわ!この子こっわ!目が凄い鋭いし冷たい。口の利き方に気をつけよう。
「もーいっかい言いますけど、あなたさんには転生してもれーますからね」
はぁ?転生ぃ?信じるわけねえだろ頭大丈夫ですかあ?」
「転生も本当ですし私の頭も正常です」
脳内での思考のはずなのにさも当然と返してくるウルカヌス。
息が詰まった。まさか、本当に──?
「いやなんかビックリしてますけど後半全部声に出てましたからね?」
「嘘だろ・・・・・・」
俺の口は予想以上に不出来らしい。逆に俺の体で正常に機能している部分を探す方が難しいかもしれない。
意気消沈して息を吐く。いつの間にやら熱くなった頭は静まり、辺りの状況がよく分かってくる。
真っ白の世界。影すらない、俺のも彼女のも。こんなことが現実世界に有り得るだろうか。
左胸に手を当てる。静か。ある筈の物がない奇妙な感覚。
・・・・・・・・・・・・これ、ほんまに死んでますやん。
ストンと自分の中に落ちた事実に、俺は真っ白と燃え尽きた。
異世界転生が闇過ぎたんですが [完]
項垂れて薄ら笑いを垂れ流す俺に見かねたのか、ウルカヌスは穏やかな眼差しで諭してくる。
「このまま輪廻の歯車に回帰するなんていやですよね?転生して幸せを掴み取りましょーよ」
異世界転生が闇過ぎたんですが [始]
いやまてまてよく考えろ。そんなホイホイ乗っていいものなのか?
異世界転生・・・・・・。
顎に手を添える。想像するのだ、ここじゃない異世界の情景を。
「──ちなみに転生先にモンスターとかは?」
「魔物って呼称される怪物が蔓延ってますよ」
魔物。脳内の映像に多種多様なモンスターが追加される。
そこは何処までも続く一面の緑。爽やかな風が草たちを撫でる。広大で壮大な草原。水色の身体を震わせてスライムが跳ねる。相対する自分。片手に鉄剣。勇猛果敢に切りつける。
ゲームのような生活が、待っている。
「では蒼流さん、異世界転生、してくれますね?」
俺の気色を感じ取ったウルカヌスは不思議と包容力のある暖かな声音で確認をとる。
少しだけ女神らしい。
ああ、答えなどとうに決まっているとも。
「え?普通にお断りします」
断った。平然と。完全に。一秒の逡巡も無く。
「・・・・・・へ?」
まあなんだ。いきなりそんな怪しい話を持ち出されてホイホイ釣られるような人はあんまりいないと思う。
そもそも異世界転生などにわかに信じ難い。心臓が止まっているから、もしかしたらとは感じるが。
だからその情けなく呆けた面を辞めていただきたい。見てるこっちまで恥ずかしくなってくる。
「・・・・・・・・・・・・・・・」
圧倒的沈黙。
は?気まず。
なんか喋ってくださいお願いします。
「・・・・・・・・・・・・何故?」
まさか断られるとは思っていなかったのだろうウルカヌスばあちゃん。見通しどうなってんだ。
困惑の色を写した真紅に謎の申し訳なさが込み上げてくる。見た目年端も行かない少女の願いを、真っ向から斬ってしまったのだからさもありなん。
「え、えーっと、チートとかは?」
「──?」
何とか調子を整えつつ尋ねると、目を丸くして首を傾げるウルカヌスさん。
「いやだから、チート」
「ちいと?なんすかそれ」
「馬鹿じゃねえの」
怪訝そうに眉を顰めるウルカヌスは、本当に残念脳なのではないだろうか。
顔を手で覆う。
「お前考えてもみろ、異世界行くじゃん?」
「はい」
「魔物に会うじゃん?」
「はい」
「俺逝くじゃん?」
「はい」
「はいじゃねえよ」
絶対転生しない。断固たる決意を胸に滾らせ、椅子に深々と座り直す。それは一種の意思表示。
「──チッ、面倒臭い男っすねぇ」
ウルカヌスはガサツに頭をかきながら吐き捨てる。
心底気だるげそうに頬杖を付く。おい女神。
「このままじゃ埒が明かねーんで」
ウルカヌスが背中に手を回す。
まさぐっている当たり、何かを探しているのだろうか。
「なんだ?金か?い、いくら出されても屈しないぞ。でも一応金額だけは──」
「ポチッとな」
背中から戻ってきた手の中には、灰色の四角柱のてっぺんに赤いボタンが付いているいかにもな装置。
ウルカヌスは一瞬の逡巡もなく、普通に押した。
──地面が、大口を開けた。
「・・・・・・ほへぇ?」
気の抜け切った声音が思わず漏れる。
いつの間にか先程まで腰掛けていた椅子も消失していた。
つまり蒼流は、今空気椅子の体制で空中にいるのだ。
ならば落ちるのが自然の摂理。
「ちょっとまってええええええええぇぇぇ!!!?」
臓器が吐き出されるが如き浮遊感に包まれる。
底は全くの闇。まるで呑まれるようだ。
穴口がみるみる内に小さくなっていく中、ウルカヌスが顔を覗かせた。
「後は現地の〝神託者〟に聞いて下させー。では、強制転生行ってらっしゃーい」
呑気に手を振るウルカヌスに、落ちゆく中最後の力で叫ぶ。
「てめえ、いつか絶対ぶん殴ってやるうううううぅぅぅ────あふっ」
最後には臓器を揺らす重力の力に、情けなくも意識を手放す。
──かくして清水蒼流は、闇の中へと溶けていった。