バッドエンドでは終わらない
勢いで書きました。大目にみてください。
前半異世界憑依、後半現実世界です。
「お前は今から俺の奴隷だ。」
急な目眩から立ち直ったと思ったら、目の前には見知らぬ人。というか、イケメン。てか、金髪碧眼!?
男が手に持っていた鎖を引っ張ると、私の首も引っ張られる。見れば首と手足に枷がついている。
みすぼらしい衣服に、汚れた白っぽい髪。病的に白い肌。羨ましさを越えた細さの身体。
これ、誰?
私は花の女子高生で、学校へ行く準備をしていた所、急に目眩がして、ふらついて座り込んでしまったのだ。そして、目眩がなくなったと思えば、何この状況!?
明らかに私の身体じゃないのに、私の身体として動いてるし、確か「奴隷」とか言われた気がするし。金髪碧眼なのに、普通に日本語話してるよな。どういうこと?
わかった。これ、夢なんだ。目眩がして、そのまま気を失っちゃったのかな。まさかこんな非現実的で、リアリティーのある夢を見るなんて。
枷のついた手足が痛い気がするけど、痛々しいからそう感じるだけだろう。幻肢痛みたいな感じかな。
いつ目覚めるかもわからないので、そのままついていく。というか、鎖で繋がれてるから逃げられないし。これ以上痛い思いをしないように、抵抗はしない。
連れていかれたのは、とっっっても大きなお屋敷。まあ身なり良かったし、おぼっちゃまな感じはしてたけどね。奴隷買うくらいだし、貴族様かな?
そのままある部屋に入れられた。私の部屋より広くないか。ベッド大きいし。これが奴隷の部屋とか、言わないよね?意外と優しいのかな。
部屋に入ってすぐ、枷が外された。全てだ。まさかの自由!?でも、見れば胸元に黒い印がある。なんか奴隷印的なやつ?さすがに自由ではないか。
と思っていたら、急に目の前のイケメンが、私の胸元の印に手を向けて、何か呪文のようなものを唱えた。すると、黒い印は消えてしまった。どういう事?まさか魔法?
「説明は後でさせていただきます。少しお待ちください。」
私のご主人様であろうイケメンが、何故か私に敬語を使っている。そして、周りにいた人達に指示を出している。メイドとか執事とか、そういう人達なんだろう。メイドに連れられてお風呂場へ。丁寧に洗われる。洗ってもらうとか恥ずかしいけど、一応奴隷なんで、されるがままになっておく。
そして、何故かとっても綺麗なドレスに着替えさせられ(コルセット苦しい)、髪をいじられ、メイクを施され、慣れないヒールの靴でどこかへ連れていかれた。
ある部屋の前にたどり着き、扉が開かれる。扉の向こうには、長いテーブルと豪華な食事。まさに貴族の食卓!といった感じだ。何故私はここにいるのか。奴隷じゃなかったっけ?
「どうぞこちらへ。混乱しているでしょう。今から説明させていただきます。」
促されるままに席に着く。向かいにあのイケメンが座る。最初より表情も口調も柔らかい。私の頭の中は?でいっぱいだ。
「まず、今までの数々の無礼を謝罪します。本当に申し訳ありませんでした。」
深く頭を下げられた。私は目を丸くする。この人結構身分高いと思うんだけど、こんな簡単に頭下げていいの?というか、私は奴隷だったんじゃないの?
困惑してただ彼の頭を見ていたが、一向に上がられる様子がない。もしかして、こっちが許すのを待ってるとか?
「…あ、あの。…頭、上げて、ください。」
出たのは私の声よりずっと可愛い、でも掠れた声だった。喉を痛めているのか、話しづらい。
頭をゆっくりと上げて、まっすぐとこちらを見つめるイケメン君。これ、私どうすればいいの?
夢なら今すぐ覚めてほしい。イケメンに見つめられるのも慣れないからしんどいし。何を向こうが求めているのか、わかんないし。まず私が何者なのかもわかんないし。
「…あの。聞いても、いいですか?」
「はい。私に答えられることなら、なんなりとお答えいたします。」
明らかに私を敬う姿勢。私って実は王族だったりする?じゃあ何故奴隷なんかに…。私がこれまでの記憶が無い、って言ったら、困るだろうな。どうしよ。
「…貴方は、誰ですか?」
「…私は、私はレオンダルク・ド・シェルベイル。オリアンダ王国騎士団第二部隊隊長で、シェルベイル公爵領当主です。」
ちょっと悲しそうな顔に見えたが、気のせいだったのか、すぐに真剣な表情で名乗った。公爵様とは。しかも騎士団の隊長。その人に敬われる私って一体!?
「…その、申し訳ないのですが、記憶が混乱していて。…私は、誰なんでしょうか。」
諦めて伝えました。まあ、記憶が混乱、って言い方したけど。どう表現していいかわかんないしね。
目の前のイケメン君は、相当に驚いたようで、目を最大限に見開いて、口を半開きにして、私を見ている。周りに控える人達も、同じ感じだ。
「…名前も、家族も、わからないですか?」
「…はい。」
「何故あそこにいたのかも、わからないのですか?」
「…はい。」
同情の目で見られている。そりゃそうだ。何があったかは知らないが、奴隷になってかなり汚れていた。そのショックで記憶を失っている、と考えてもおかしくないだろう。おそらく私は、というか私の身体は、身分の高い箱入り娘だったのだろう。こりゃ奴隷商達潰されるんじゃね?
「…貴女は、オリアンダ王国第二王女、マリーエルク・ド・クライセン・オリアンダ殿下です。」
「…。」
「『家出する』という書き置きのみで、2週間前にいなくなり、捜索中にたまたま奴隷の護送車にいる貴女様を見つけたのです。人が足りなかったので、奴隷商を潰すのは後にして、まずは買わせていただきました。他に貴女様が殿下だと気づいている者がいなかったのが、不幸中の幸いでしょうか。」
「…。」
「この状況を王宮に伝えても、陛下が激昂されるのは目に見えておりますので、まだ伝えておりません。殿下が王宮に戻られるのが一番かと思いましたが、これでは…。」
まず絶句。王女でしたか…。そして絶句。家出とか、王女様おてんばだな。またまた絶句。陛下激昂て。しかも、それを止めるためにまだ伝えないとか、不敬罪ギリギリじゃない?
身分の高い箱入り娘、ていうのは当たってた。でも奴隷になったのが、家出中に人さらいにあったから、なんて。しかもあのままじゃ見知らぬ人に売られて、本当に奴隷になってたよ。きっと性奴隷だろうし。
記憶が無いから、無事とはいえないし、溺愛してそうな家族も心配するだろうな。そして、奴隷商に激昂か。
一番きついのは、説明しないといけない、このイケメン君かな。王女を救ったのに、説明する事で八つ当たりされそう。私は記憶ないから上手く庇えないだろうし。損な役回りだよね。
「…一応、わかりました。王宮に行けばいいんですよね。そこで説明をすれば。」
「説明はこちらでさせていただきますから、ご安心を。王宮で、自室でゆっくり休まれてください。陛下も殿下方も、大層心配しておいでです。」
優しい笑顔を向けられ、ときめいてしまった。さすが金髪碧眼イケメン。王子様オーラがすごい。正確には公爵様だけど。
公爵様と仕えるメイドさん達に連れられて、馬車で王宮へ。王宮で私の無事を伝えると、大騒ぎになっていた。泣いて喜んでいる者も少なくなかった。どうしていいかわからず困っていると、イケメン君に上着をかけられ、「無理に笑わなくていいですよ」と耳元で囁かれた。
不意打ち反則!こんなのときめかないわけない!
でも赤面するのを抑えるのは得意なので、問題ありません。頷いて、そっと目を伏せて歩く。周りと目を合わせないようにして、ただイケメン君についていく。
そして、大きな扉の前に連れてこられた。扉がそばにいた衛兵によって開かれる。
「マリー!」
誰かが勢いよく飛びついてきた。柔らかいものと甘い香りが私を包み込む。
「よかった!本当に、よかった!」
私を抱きしめ、泣きながら私の無事を喜んでくれている。第一王女かな?部屋には、王、王妃、王子達らしき人達が立っている。謁見の間っぽいところで、奥には豪華な椅子があるが、そこには誰一人座っていない。立っている4人の目はうるんでいる。
やっぱり溺愛されてる感じだな、この王女様。なんで家出なんてしたんだか。王族といえ身分が息苦しかったとか、そんな感じかな。
「おいレオン!何故すぐに知らせなかった!急に連れてきて!どこで見つけたんだ!怪我はないのか!」
「そうだ!門番が伝えにきて、本当に驚いたのだぞ!どういうことか説明しろ!」
王子らしき人達が、イケメン君に怒っている。目がうるんでいるから、あんまり迫力はないけど。私の身体、愛されてるな。語弊があるか。
「そのあたり、ご説明をさせていただきます。ですがその前に。第二王女殿下は休まれた方が良いでしょう。第一王女殿下、お願いできますか?」
「ええ、ええ!私がそばについているわ!」
やはり私に抱きついていたのは、第一王女だったようだ。淡い金髪に桃色の瞳。とても整った容姿をしている。というか、王族全員だな。美男美女揃いだ。私の身体もそうなのかな。
「いえ。説明の場には私もいたいと思います。立ち会わせてください。」
本当はいますぐ寝たいくらい、身体が疲れているのがわかるんだけど、私の今後に関わることだ。そういえばこれは夢で、いつ目が覚めるかわからないけど、なんとなく嫌な感じがする。向き合わなきゃいけない感じがするんだ。
私が口を挟んだからか、皆が驚いた顔でこちらを見ている。私はとりあえず、この場の責任者であろう陛下らしき人に真剣な目で訴える。
「…そ、そうか。わかった。じゃあ、部屋を移動するか。」
「そ、そうですね。この子も座っている方が楽でしょうし。」
陛下と王妃がそう言うと、皆どこか呆気にとられた様子で、別室へと移動した。私変な事言ったかな?
応接間のような所で、テーブルを囲んで席に着く。こんなに座り心地の良いソファは初めてだ。寝ちゃいそうで怖い。
右隣には第一王女。イケメン君は席を勧められて、私の左隣に座った。王族に囲まれて、居心地が悪そうだ。せっかく座り心地良いのに。
「では、説明させていただきます。」
緊張した面持ちで、イケメン君は語り始めた。私を探すために街を巡回していたところ、街に入ろうとしている奴隷の護送車をみかけた。奴隷制度はこの国にあるらしいが、それは犯罪奴隷と借金奴隷のみ。人さらいはもちろんアウト。
といっても見分けはつかないし、素通りしようとした所、護送車に私が乗っているのがちらと見えたらしい。急いで後を追い、オーディション会場を突き止めた。しかし、騒ぎになって王女だとバレれば大変なことになる。もし王女だとわかっていたら、この国で売るなどありえないから、まだ身バレはしていないはず。人質にされないうちに、保護せねば。そう考え、オーディションで落としたのだとか。
そして、バレないように奴隷として扱い、私が王女だと知るのは、彼に仕える者達の中でも特別信頼できる者のみに絞ったらしい。そして、王宮にそのまま連れてきた。手柄を横取りしようと、他の貴族が刺客を差し向ける可能性があったためだ。
「そうか。マリー。」
陛下が私を見る。皆また目がうるんでいる。第一王女が私をそっと抱きしめる。
「すまなかった。本当に、すまなかった。辛い思いをさせた。もっと早くにお前の気持ちに気づいてやれていたら…。」
「ごめんなさい。母親失格ね。本当にごめんなさい。」
陛下と王妃が肩を寄せ合い、泣きながら私に謝っている。王子達も苦々しげな表情でうつむいている。第一王女もだ。
全く状況が理解できない。もしかして、家出の理由はこの人達にあるのか?
そっとイケメン君を横目で見ると、沈痛な面持ちでうつむいている。この人も関わっているのかな。
「…あの。私の気持ちの何に気づいたというのですか?」
ちょっと意地悪な質問かも。実際はただの疑問なんだけど、「本当に私の気持ちわかってるの?」と怒って問い詰めているかのような言い方だ。まあ、誤解して話してくれないかな、と思って。
「っ!ああ、そうだな。お前に想い人がいるとは、知らなかったのだ。それなのに、勝手に結婚話を進めて。」
「でも、愛のない政略結婚を推し進めようと考えたわけではないの!貴女の幸せを思って、あの人ならきっと、貴女を幸せにできると…。」
「勝手だね。私の幸せを貴方達が決めないで。」
思った以上に冷たい声が出た。今わかった。この子は私なんだ。私と同じ。勝手に幸せを押し付けられて、好きな人との未来を奪われ、苦しくて、逃げ出した。命懸けで、逃げ出したんだ。
箱入り娘の王女様が、外で生きていけるはずがない。すぐに捕まる。でも、他の人に捕まれば?家の中に閉じ込められれば、騎士団の手にも負えない。
私ならきっとそうする。王族という身分を捨てるためなら何だってする。王族であるということは、王族の彼らに愛される存在であるということで、つまり、彼らの幸せを押し付けられて生きていくということだから。それなら、自分として生きられないなら、奴隷になっても同じこと。性奴隷でも変わらない。王族であるより、ずっとマシ。
それほどまでに、追い詰められていたんだ。
急に記憶が戻ってきた。正確には、彼女が意識下に浮いてきた感じかな。予想通りだ。私と同じ。私の記憶も彼女と共有される。お互いに共感して、同情して。
彼女にとって、騎士団に見つかる事は絶望でしかなくて。耐えられなかったのだろう。そこで私が連れてこられた。どんな力が働いているのかはわからないが、同じ境遇で、同じ想いを持って、行動に移る前日だった私が、彼女のもとへと呼び出された。
今の彼女には、絶望しかない。彼らにはわかってもらえない。それは今までの事でわかっている。変えようのない、相容れない価値観。そして、彼女の想い人も、彼女の味方ではなかった。両想いだとおもっていたのに。裏切られた。
彼女の苦しみが私に伝わってくる。最愛の人に裏切られて、王族という身分に縛られて、必死に逃げ出したのに、結局捕まってしまった。
何故私は生きているのだろうか。
「っマリー様!」
急に両肩を掴まれた。私を悔しそうな、苦々しい顔で見ている、イケメン君。イケメン君の目に映る私は、今にも死にそうで、目の前のイケメン君は、それを必死に食い止めようとしているかのようだった。
「…な、ぜ?」
「…マリー様。」
「…な、ぜ、いき、なきゃ、いけない、の?」
「っ!」
「…もう、死にたい。私の幸せは、ここには、無いわ。」
誰も何も言わない。イケメン君の顔はさらに歪んでいる。せっかくのイケメンが台無しだ。
彼女は、もう十分頑張った。これ以上頑張る必要など、あるだろうか。決死の覚悟も、無駄にされて。もう一度、なんてできない。性奴隷、なんていう究極の選択を取らなければならなかった彼女は、この先の人生で、何をしなければならないというのか。
私は、ただの高校生ではなかった。天才だった。
小さい頃から研究所で、大人顔負けの研究をして賞を取り、同世代と関わる事などほぼ無かった。嫉妬、羨望、憧景、疑心。殺意をもった目で見られた事も少なくない。
殺人未遂。誘拐未遂。スパイも何度も送り込まれた。周りがガチガチに守ってくれていたから、そこまで困る事はなかったけど。
ある日、無理やり休日をもらって、護衛を撒いて、変装した状態で小さな公園にやってきた。一人楽しくブランコを漕いでいると、同い年くらいの男の子に声をかけられた。13歳の女の子がブランコ、というのはなかなかない事らしい。少し恥ずかしかったが、その男の子はただ笑ってくれた。可愛いと言ってくれた。私の頭なんて関係なく、一人の女の子として扱ってくれた。
連絡を交換し、たまに会って話し、どんどん惹かれていった。一年が経つ頃には恋人になっていた。私は隠し事をしたくなくて、自分の事を全て話した。彼は驚いていたが、私との関係は変えずにいてくれた。幸せだった。
彼が「一緒に高校に行きたい」と漏らした。私もそう思ったから、親に頼み込んだ。一般教養も身につけるべき、視野が広がる、などと言って。そして、無事合格し、彼と一緒に高校生になった。
だが、急に親が海外の研究所を勧めてきた。なんだか様子がおかしかったので問い詰めると、そこにいる20近く年上の人との結婚話があるのだとか。お金持ちで、研究による数々の賞も取っていて、悪い噂もないらしい。
親はただ私の事を思って言ってくれた。私が研究しているのも、私の意思を尊重しての事だし、高校も許可をくれた。今回の事も、私が良い環境で研究ができるように、そして、幸せな結婚ができるように。そう願って。
だが、私の親は視野が狭い所がある。アラフォー男性が女子高生と結婚したがるとか、ロリコンか私の研究目当てかのどっちかでしょ。何故それに気づかない。説得しても無駄だった。親はどうしても私をその研究所へ連れて行きたいらしい。
恋人の事を告げたら叩かれた。そんなただの高校生と未来があるわけがない。私のような天才は、それにつりあう人と結婚しないと。親はいつのまにか、自分達の思う幸せを私に押し付けていた。前はそんな事なかったのに。
親を憎む事はできない。私を愛してくれているのはわかるから。でも限界だった。私はまだ子供で、親の強い思いを受け止めきれなかった。私は思いつめてしまった。究極の選択しか、見えなくなっていた。
今ならわかる。彼はスパイだったんだ。彼は私を利用するために、私を追い詰め、私に駆け落ちを選ばせた。だって、彼女の想い人と同じなんだもの。
彼女の記憶を見て、やっと気づいた。本当に恋人の事を思っていたら、あんな風に恋人を思いつめさせるような事は言わない。あんなの、ただ鬱状態にもっていってるだけじゃないか。
私は駆け落ちをする前日にここに来た。だから、きっとまだやり直せる。
でも、彼女は?もう裏切られて、最後の手段も使ってしまって、生きる意味を見出せない彼女は、どうすればいいというの?
「っ俺が!俺が貴女の奴隷となりましょう!貴女の想い全てをぶつけてください!私のできる限りの事をいたしましょう!私は、必ず貴女の味方であり続けます!」
突然思考に割って入ってきた言葉。何を言っているのだろうか、この人は。イケメン君がまさかの奴隷宣言。呆気にとられる私達。だが、イケメン君の目は真剣そのもの。
そして、彼女の心も動いていた。どうやらイケメン君は、彼女の初恋の人らしい。昔から仲が良かったが、第一王女殿下の婚約者となってしまったため、泣く泣く諦めたのだ。
「俺が!貴女の生きる意味を、作ってみせます!」
このまっすぐで不器用な優しさに惚れたんだそうだ。確かに。自分の立場や、今の状況を考えれば、こんなのイケメン君の不利にしかならない。というか、第一王女はどうする気だよ。
「っレオン!?貴女は私の婚約者でしょ!?」
「ですが、第一王女殿下には恋人がいらっしゃいますよね?その方は身分も十分ですし、私と婚約破棄すればよろしいでしょう。」
「な!?知っていたの…?」
「私は王命により貴女様の婚約者になりましたが、昔からマリー様だけをお慕いしておりました。この気持ちに嘘はありません。」
「レオン、貴方…。」
「シェルベイル、お前…!そんな気持ちでアイシラの婚約者でいたというのか!?」
「陛下、申し訳ありません。もちろん、この気持ちをお伝えする事は一生無いと思っておりました。しかし、彼女の希望となりうるなら、なんでもいたしましょう。応えていただかなくて結構です。私を好きにお使いください。貴女が王族であろうとなかろうと、私はこれから貴女のためだけに生きます。」
突然のイケメン君の告白に皆が驚いて声を失っている。しかも、私に見返りすら求めない。奴隷でいいというのだ。公爵が、だ。ありえない事態である。だが、私は彼女の気持ちを汲んだ上で、まず言いたかった。
「そこは、『俺が貴女の生きる意味になる!』が良かったですね。」
「っ!マリー様、それは…。」
「貴方を私の生きる意味にしてください。私を振り向かせてみせてください。奴隷なんていう受け身の存在はいりません。私に幸せを見せてください。」
彼女は、もう自分からは動けないのだ。この発言は彼を縛ることになるから、彼女は嫌がっていたが、彼が決めた事だ。後悔はないはず。彼に彼女を託そう。きっと彼なら、彼女を幸せにしてくれる。
「っはい!必ず貴女に幸せを見せてみせます!いや、貴女を、幸せにしてみせます!」
周りは置いてけぼり。これから忙しくなるだろう。だがそれは彼の仕事。彼女は彼に甘えるだけでいい。そして、少しずつでも、家族と和解できたらいい。
もう私は、お役御免だ。
彼女が泣いている。泣きながら「ありがとう」と繰り返している。
彼女はもちろんこれから大変だろうが、絶対的な味方を得た。きっと大丈夫だ。
次は私の番。私を騙した恋人。私に幸せを押し付ける家族。やることは山積みだ。
イケメン君のような存在は、私には多分いない。思い当たらない。なら、一人で頑張って、いつかそんな人を作るしかない。
さようなら。お幸せに。マリー。
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目を覚ますと私は元の場所、元の時間に戻っていた。目眩で座り込んでいた所だ。
あれは夢だったのか。よくわからない。だが、少なくとも私の恋人が私を愛していない事は、もうわかった。理解して、消化した。受け入れて、もう前に進める。
騙されていたのはショックだったけど、思っていた以上に普通にできているのは、おそらくあの夢のおかげ。ハッピーエンドにもなりうるのだと、わかったから。
私は大丈夫だ。
いつも通り高校へ行き、恋人や友人と過ごし、放課後は研究所にこもり、暗くなったら親の迎えで帰宅する。
ずっと親とは口を聞いていなかったが、全て話した。恋人が私を騙している事、駆け落ちするつもりだった事、海外へ行く気になった事。
親は私と話ができないことが相当堪えていたらしく、押し付けてしまっていた事を謝ってくれた。恋人の事はなんとかしてくれるらしい。
海外の件も、何度も「それでいいのか」と聞いてくれた。あんなに押し付けてたくせに。でも、確かに力ある人じゃないと、私を守ることなどできない。だからこそ、良縁だと思って勧めてきたのだろう。
私の心は決まっていた。私は研究が大好きなのだ。より良い環境で研究ができるなら、行かない手はないだろう。結婚の事も、きっとなんとかなる。親も力になると言ってくれたから。
高校は中退。まあ、行く必要無かったしね。教科書読めば十分だった。友人には、引っ越す前に会って別れを告げた。といっても、連絡はいつでもとれるし、帰ってきたら会う約束もしたけどね。私にはちゃんと味方がいたな、と気づかされた。
恋人は、親が手を回してくれたらしく、もう私と関わる事は無いらしい。一応警察沙汰になると面倒なので、証拠などで脅すだけだそうだ。
そして私は、イギリスのとある研究所にやってきた。
「マリ!」
研究所の扉を開けたら、誰かが勢いよく飛びついてきた。がっしりとしたものと爽やかな香りに包まれる。デジャヴ。ついでに、この香りにも覚えがある。
「マリ!久しぶり!元気だった?」
「レオ!?何で、ここに…。」
「?何でって、俺との結婚話、聞いてないの?親父がそっちに連絡したって聞いたけど。」
「それって、まさか。」
「まあいいや。会えて嬉しいよ、マリ。」
そっと私の頰に口づけ。私は必死に赤面しそうな顔のほてりを抑える。
レオ。私の初恋の人。彼も天才研究者で、幼い頃は日本で一緒に過ごしたのだが、イギリスに引っ越してしまった。その際に、「俺ビッグになってくる!待ってて!」と言って、一切の連絡を断ってきたのだ。
まだ小学生にもならない歳で、甘い言葉を吐き、頰などに口づけし、眩しい笑顔で周りを籠絡してきた。無自覚に。おかげで赤面を抑え、どんな甘い言葉もスルーする事ができるようになったのだ。
「…お父さん。お母さん。どういう事?」
「…えっと。レオ君のお父さんに、そう言うように、言われてね。すまなかった!」
「ハハハ!マリ!おじさんを責めてはいけないよ!私が面白そうだからそう言ったんだ!これで私を思い浮かべてくれるかなと思ってね!」
研究所から出てきたのは、ダンディなラテン系イケメン。レオのお父さんだ。ウインクが似合うが、今は正直笑えない。
ちなみに、レオはイタリア人と日本人のハーフでイケメン。振る舞いは欧米風だが、日本語はペラペラ。お父さんの影響らしい。
「ハハハ、じゃないですよ!気づきませんって!私、アラフォー男と結婚させられるのか、ってヒヤヒヤしてたんですからね!」
「な!マリはそれを了承してこっちに来たのか!?俺との約束は!?」
「ん?約束?何のこと?」
「えー!『待ってて』って言っただろ!マリにつりあう男になろうと頑張って、ようやくマリと結婚できると思ってたのに!ひどいよ!」
「いや!『待ってて』はプロポーズでもなんでもないって!それに『ビッグになる』が『私とつりあう男になる』だなんて!わかんないよ!」
衝撃の連続だ。あっさりイギリスへ行き、連絡も断たれてしまったから、向こうは私の事なんとも思っていないんだ、とかなり落ち込んだのに。まさかの両想い。しかも、結婚する気満々って。
若干夢とかぶるなあ。
「マリ!結婚しよう。俺にはマリしかいないよ。絶対幸せにするから。愛してる。」
いろいろ考え込んでいたら、急に抱き寄せられて、耳元で囁かれてしまった。
不意打ち反則!ときめいちゃうよ!
私にはちゃんと味方がいた。友人も親も、彼も。きっと彼なら、私を幸せにしてくれる。
「…ダメ?マリは俺の事、好きじゃない?」
熱烈な告白をしておいて、割と打たれ弱いんだよな。不安そうな顔で私の顔を覗き込む。
「…バカ。好きだよ。」
ぼそりと呟いて、そっと唇を重ねた。彼は頰や額にキスしても、絶対に唇にはしなかった。きっと、この時を待っていたから。私も、恋人とキスはしなかった。なんとなく、気づいていたのかもしれない。
私は今、幸せだ。きっとこれからも、幸せでいられる。
彼が私の生きる意味になる。きっと大丈夫だ。
バッドエンドで終わる事はないのだ。
最後までお読みいただきありがとうございました。
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