第九話 関野坂の本音
恵と関野坂が出会って二週間以上経ち、二人は昼休み、放課後、登下校も一緒にいることが増え、学校では「二人は付き合っているのでは?」と噂になっていた。
しかし関野坂の表情がなぜか優れない。本人に訊いても「なんでもない」としか答えないので謎は深まるばかりだ。
ゴールデンウイークを明日に控えた五月二日の放課後、俺は関野坂に呼ばれ、駅近の地域で略称が異なるあのファストフード店に行った。
「関野坂、恵と一緒じゃなくていいのか?」
「今日お前に話したいのはその事だ」
関野坂は渋面を作ってハンバーガーを食べていた。自分から誘っといてそんな顔するなよ。気が滅入る。関野坂は半分食べたところでハンバーガーをラップに包み口を開いた。
「俺、あの子と距離を置こうと思うんだ」
…なんで? 結構いい感じだったじゃん。喧嘩でもしたのか?
「あの子は何も悪くないんだけど、ここ最近、ほかの奴らから質問攻めに遭ってな。みんな同じこと訊いてくるから、マジでうんざりしてんだ」
あー、そういや噂されてから、ほかのクラスの生徒がよく一組の教室に来てたな。関野坂は適当に返してたけど、毎回同じ質問されたらさすがに嫌になるか。
「同じこと訊かれるって何を訊かれんだ?」
「一番多いのは『ホントに付き合ってんの?』だな。『付き合ってない』って返しても誰も信用してくれない」
「付き合ってる」と返してもほかの男子から妬まれそうだな。恵は上級生からも慕われてるし。
「今は大変かもしれないけど、噂なんて時間が経てば落ち着くよ」
「人の噂も七十五日っていうぞ」
「七十五日って二ヶ月半だろ? 噂がそんな長く続くことはまずない。せいぜい一週間ぐらいだって」
「じゃあ、一週間も我慢しろっていうのかよ」
俺は口をつぐんてしまった。一週間質問攻めか…拷問に近いな。
「よく考えたらなんであの子は俺に積極的なんだ? ほかにも男はいただろうに…」
「関野坂のことが好きだからじゃないか?」
関野坂は目を丸くした後、苦笑して手を横に振った。そんなことあるわけないだろ、あんな可愛い子がなんで俺みたいな奴に惚れんだよとでも言いたいのだろう。
「そんなことあるわけないだろ、あんな可愛い子がなんで俺みたいな奴に惚れんだよ」
わーお、一字一句合ってるよ。偶然だとしても怖い。
「それに、ラブコメなら俺は完全なモブキャラであの子はヒロイン。絶対釣り合わない」
「でも、モブがヒロインと付き合うことはよくあるじゃん」
「それは小説とか漫画の世界だろ? 現実と比較しても意味ねぇよ」
さいですか。
「そういやさ、関野坂は恵の事どう思ってんだ?」
「ひとことで言うなら可愛い後輩かな」
つまり、現時点で関野坂は恵に対して恋愛感情は抱いていないということか。今までの会話を振り返っても関野坂は恵の事「あの子」って言ってるし、名字で呼ぶにしてもさん付けだからな。…とりあえずこれを訊いておこう。
「関野坂、もしさ、恵から告白されたらどうする?」
「なんだいきなり。そんなことあるわけねぇだろ」
「もしかしたらの話だよ」
「…断るかな」
告白を待たずして結論が出てしまいました。恵には口が裂けても言えない。
「理由だけ訊かせてもらっていい?」
「さっきも言ったけどさ、俺とあの子は釣り合わないんだよ。俺はイケメンじゃないし勉強だって平均よりちょっと上ぐらいだし、仮に付き合ったとしてもどれだけ続くか…」
心配性だなぁ。交際がどれだけ続くかなんて誰にもわかんねーよ。
ドリンクを飲み干した俺は関野坂が食事を終えるのを待っていた。そういえば関野坂と二人きりでいるのは今日が初めてだな。中学からの付き合いだけど、少し話す程度で深い関係はない。関野坂が冷めたハンバーガーを食べ終え俺と一緒に店を出た。
「悪いな。勝手に呼び出して」
「別にいいよ。それよりも恵とは会ってやってほしい。いつも会うの楽しみにしてるって言ってるから」
「ああ、分かった。今日はありがとう」
関野坂と別れた俺は電車の中で今日の会話を振り返ることにした。
うーむ。だいぶ距離縮まったと思ってたんだけどな。恵は告白する気満々だけど関野坂の気持ちを知ってしまった今、すごい複雑な気持ちになる。
自宅に帰ると午後六時をすぎており、玄関にはいつも通り一輝がいた。
「一輝、母さんは?」
「仕事で遅くなるんだって」
「作り置きは?」
「ない」
ないのか…じゃあしょうがないな。
「一輝、何食べたい?」
「何? 姉貴料理できんの?」
「簡単なものしかできないけど」
「へ~、一応女子力はあんだな」
余計なことを言わんでいい。俺は部屋に戻って部屋着に着替えてキッチンに行った。ご飯は一番簡単だけどそれだけじゃ物足りないし…。玉子焼きと味噌汁…ベタな感じはするがそれでいこう。作るのに手間はかからなかったが少しだけ失敗してしまった。
「…なんか玉子焼きの形崩れてね?」
「いいんだよ別に。食べれるから」
一輝の不満を無視して一口食べてみると普通の味だった。不味くないだけまだいいや。
最後まで読んでいただきありがとうございます。