プロローグ 俺は女
二年生に進級してからおよそ二週間。新しいクラスにも慣れてきたが授業は相変わらず怠い。
その怠い授業が全て終わり昇降口に向かっている途中、
「おい、早乙女!」
同じクラス関野坂守が俺に声をかけてきた。関野坂は中学時代からの友人で帰宅部仲間でもある。
「今日カラオケ行かねーか? お前どうせ暇だろ?」
「どうせは失礼だろ。今日は帰って勉強するんだよ」
「さすがエリート。遊びよりも勉強か」
「なんか嫌味に聞こえんだけど。つーか、俺は別にエリートじゃねぇよ」
関野坂とはこんな感じでしょっちゅう会話をする。とは言ってもせいぜい一、二分の短い会話だ。
「しっかし二年になっても相変わらずだな。中学からまったく変わってない」
「何が?」
「お前が一番わかってるだろ。その口調だよ」
ここでわかった人もいると思うが、俺は女だ。一人称は俺だけど性別は女だ。自分で言っててややこしくなる。
俺の名前は早乙女萌絵。すごく女の子っぽい名前だが今の自分にはまったく合っていない。なぜ俺が男口調になってしまったのかは幼稚園まで遡る。
俺はいじめられっ子だった。なにも抵抗できず自分で自分が情けなかった。どうしたら俺はいじめられずに済むのか。母親に訊いたらこうアドバイスされた。
「強くなりなさい。男の子のように力強く」
当時の俺は単純な思考しかできなかったので、母の話を聞いた後すぐさま「男」になるとを決めた。もちろん物理的な意味ではない。あくまでも内面だけだ。
それからというもの、俺は男子と遊ぶ機会を増やし口調も変え、一人称ももともと使っていた「私」から今使っている「俺」に変えた。
一年経ち、俺は男子とも互角に戦えるようになり、いじめられることもなくなった。
たが、この男口調が原因で今度は人から避けられ小学生のときはずっと一人だった。
中学生になると意外とこの性格が受け入れられ、女子、男子ともに交流の回数が増えた。中には「変な奴」と揶揄する生徒もいたがそれは仕方ない。事実だし。
中学二年のとき、担任の教師から「口調を直した方がいい」と言われたのでその通り直すことにした。よく考えれば今までまったく指摘されなかったのが不思議でならない。まあ、自分でもいつか直さないといけないと感じていたのでちょうどよかった。
だが、高校生になった今も口調はほとんど改善していない。どうしたものか…。夕方、自宅に戻ると弟が玄関で待ち構えていた。
「おお、戻ったか兄貴」
「かーずーきー?」
「へいへい、悪かったよ"姉貴"」
一輝は俺の一つ下の弟で俺を毎度「兄貴」と呼ぶ。「姉貴」「お姉ちゃん」と呼ぶことはあまりない。
「一輝、毎回『兄貴』って呼ぶのやめてくれ。女だと分かって言ってんだろ」
「嫌だったら。その喋り方をやめてくれ」
…まあ、そうだね。正論すぎて何も返せないわ。