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第三話

今日中に全話投稿するつもりです。

 ごめんね? ごめんね? でもね、わたしも今苦しいのよ。だって結婚式のドレス新調しなきゃならないし、それに今月は贔屓のブランドが新しい香水発表するし、あなたのご飯代もバカにならないし。……それに一〇〇万円よ(笑)? だからごめんね? 大丈夫、きっと新しい飼い主さんが可愛がってくれるわよ。だってあなたはこんなに可愛くていい子なのだから――と、ペットショップに向かう道中言いわけを並べまくった。


 しかしマリーナちゃんの機嫌は一向に直らずカゴの中で背中を向けたままである。そりゃ二年間愛を囁かれ続けた飼い主が五分で手のひらを返したら人間不信にもなる。


 昨日、あれからマリーナちゃんが金になると知ったユミは早速ネットで相場を調べた。すると決して安くない金額を目の当たりにし、それまでまがりなりにも揺れていた心はあっさり陥落。翌日には都内のペットショップに電話をかけまくり、最も高く買い取ってくれる店を探し出すことに成功。一時間後の現在に至っては鼻歌交じりにその店へと向かっている次第である。


「うっふふーん。一〇〇万一〇〇万うっひゃっひゃっひゃ♪」


 醜い女だ。


 電車で二駅。以外と近くにその店はあった。さすがに即日買い取りOKだけあってかなり大きな店舗だった。窓際に設けられた展示ブースには小型犬を放ち、道行く人すべての足を止めている。


 ユミも「きゃーかわいー」なんて言いながらその前を通り過ぎ、店に入って行った。


 中も清潔感溢れる内装に耳に優しいゆったりとした音楽が流れ、人と動物、両方が楽しく過ごせる空間が演出されていた。


 仕事柄そういったことにうるさいユミであるが、この店は一目で気に入った。

 休日だけあって家族連れが多い。騒がしく走り回る男の子や子イヌを抱いて離さない女の子などで大変賑わっている。その中をユミはスキップでも踏みそうな軽い足取りで進む。


 普段なら幸せな家庭の姿を目の当たりにして「キーッ! おまえらの旦那よかあたしの方が給料いいんだからな!」とか言って嫉妬心を撒き散らすところだが、今日はそんな醜い心は封印。


 なにせ自分は今、一〇〇万円を手にしているのだから。


「すいませぇん。先ほどお電話した桜井ですがぁ」


 声を掛けると、受付の女の子は満面の笑みで「あ。はい。お話はうかがっております」と言ってユミを歓迎した。


 うん、接客態度も花丸ちゃん。などと偉そうに評価を下す。


 すると置くから店長と思しき女性が顔を出した。ユミと同年代だろうその立ち居振る舞いは優雅と言うより無邪気であり、こういった店に置いてはむしろ好むべき雰囲気を纏っている。永遠の一七歳。童心を忘れない心こそ生き物を扱う者には不可欠なのですって感じ(適当)。


 彼女はやはり店長の伊藤ですと名乗り、すぐに目をきらきらさせてマリーナちゃんのカゴをのぞきこんだ。


「こちらがオスの三毛ちゃんですね」


 声もかわいい。まるで少女のようだ。


「はい。正真正銘オスの三毛猫です」

「見せてもらってもよろしいですか?」

「どーぞどーぞ」


 マリーナちゃんは諦めたのか無抵抗で店長伊藤の腕に抱かれた。


 伊藤は遠慮なく股間を探り、すぐに得心した表情で「まあ素敵!」と叫んだ。


「すごい! わたしたちも仕事柄珍しい子には巡り会いますが、この子と同じオスの三毛ちゃんにはまだ一回しか会ったことがありません!」

「やっぱり、相当珍しいんで?」


 なるべくいやらしくない表情を心掛けて訊いてみた。


「そりゃもう! 確立で言えば三万分の一と言われています。大変貴重です」


 げっへっへ。下衆な笑いをなんとか堪えた。


「で、その、引き取っていただけるんですの?」

「はい。よろこんで」


 伊藤はそこで声を潜めた。騒ぎを聞きつけ集まって来た他の客に聞えないよう気を配りつつ、


「詳しい相談は事務所の方で。金額はお電話で申しました額でよろしいですか?」

と言った。


(ひゃっくまんえーん!)


「はい。……ですが、長く一緒に暮らしていたもので、やはり寂しくて……」


 ユミは表情を曇らせた。もちろん演技だ!


「お気持ち、お察しします。わたしも以前、どうしても手放さなければならない時があって……我が身を引き裂かれる思いでした」


 伊藤は目に涙を浮かべ同情した。ユミは下卑た笑みを浮かべた。


「嗚呼! やっぱりマリーナちゃんを手放すなんてできない! だって、お金でこの子の価値は計れないもの!」

「ですよね! わかります、わたし! やっぱりこの子を愛してくれる親御さんのところにいるのが一番ですよね!」

「あ。でも、やっぱりこれ以上面倒見るのはちょっと……家の事情で……」

「そうですか。それは悲しいですね……。では、お売りいただけるということでよろしいですか?」

「はい。お願します。――できればもう少しお高く」


 というわけで値段のつり上げを試みたユミは、詳しい査定や検査のためマリーナちゃんを伊藤に預ける間、店内で待つことにした。「新しい家族探さないとなー」と、なんともインスタントなことを考えながら。


 ケージを見て回っていると、次々声をかけられた。スタッフだけでなく、先の騒ぎを聞いていた客たちからも、世にも珍しいオスの三毛猫についていろいろ訊ねられるのだ。聞けばオスの三毛猫の発現率こそ三万分の一だが、さらに生殖能力を備えているとなればそれは世界的大発見となり、その価値は五〇〇〇万円にもなるとか!


「ゲーッヘッヘッ!」


 夢の広がりに、ついつい下品な笑い声を発してしまった。その情報を教えてくれた客は気味悪がってどこかへ行ってしまったがかまうもんか。


(ああ、大好きよマリーナちゃん。もう会えないけど)


「あの、すみません」

「ゲヘゲヘ」

「えっと、桜井……だよな?」

「ゲッヒッヒ……? あぅ、田中先輩……?」


 名前を呼ばれユミは我に帰った。その顔は未だ醜い笑みを引きずっていたが、声の主を確認するとすぐにポカンとした間抜け面に変わり、ぎりぎり本性を知られずに済んだ。


 目の前に居るのは日焼けした顔に真っ白な歯をのぞかせた爽やかな男性。歳の頃は三〇代前半。その笑顔には見覚えがあり、記憶はすぐに時間を飛び越えた。


「え、うそやだ。ホントに田中先輩⁉」

「やっぱりそうか! 久しぶりだな桜井。卒業式以来だから……ちょうど一〇年か?」


 彼の名前は田中(たなか)将人(まさと)。ユミの大学時代の先輩である。二つ年上の彼とは同じテニスサークルに所属し、同じ学部ということもありとてもよくしてもらったものだ。


「うわー、すっごい久しぶりですね! 卒業してから全然連絡くれないんですもん。OB会や同窓会にも顔出してないって聞くし」

「あっはっは。悪い悪い。就職してすぐに海外勤務になってな。帰って来たのが三年前。連絡とろうにもみんな携帯の番号変わってるし、サークルから辿るにしても忙しくて」


 そう言って照れくさそうに頭をかく。その姿は一〇年前の彼そのままだった。


「今日はここにペットを買いに?」

「うっ! えっとそのあー……そんなとこですッ!」

「そうか。桜井は動物好きだもんな。よく大学に迷い込んだネコに餌やってたっけ」


 そんなこと、ユミですら覚えていない。


「あはは……。先輩こそ、どうしてここに?」

「ああ。飼ってるネコのやつがどうも調子が悪くて。医者に見せたら食べ物が合わないって言うんでちょっと買いに来たんだ。まったく、人間よりよっぽどグルメだよ、あいつ」


 なんだかいい感じだ。まるで自分が若返ったよう。

 思えば異性と笑い合うなんてこの四年間あったかどうか。


 ――ハッ! わたし今ときめいてる⁉ 思わず赤くなるユミ。思えば彼は女子の憧れだった。


 手足に爽やかな笑顔。優しい気づかいにプロ級のテニスの腕。


「そう言えば知ってるか? さっきオスの三毛猫を売りに来た人がいるらしいぞ」

「ギクリ。へー……」

「珍しいよな。どうやって手に入れたんだか。まさか家族同然のペットを売るような人でなしがいるはずもないし。やっぱり野良を保護したのかな?」

「ドーデショーネー」

「おいおい。なんか外国人みたいな喋り方になってるぞ。大丈夫か?」


 ユミは「オーケー。オーケーヨー」と言って視線をあっちへこっちへ泳がせた。するとそこに、今最も会いたくない人物がやって来た。


「桜井さーん。お待たせしましたー。三毛ちゃんについてなんですがー」


 なんとも絶好(?)のタイミングで伊藤が現れたのだ。ユミはあからさまに「マズイ!」という顔をしてそっぽを向いた。


「桜井? 店長さんが呼んでるみたいだけど」

「人違いです」

「でも彼女、思いっきり手ぇ振ってるよ。おまえ見て」

「人違いッ! ですッ!」

「あ。こっちに来た」


 伊藤は満面の笑みでやってきた。そして顔をそむけ続けるユミに向かって、まーいろいろと捲し立てる。


「お待たせしました。三毛ちゃんの査定が終了いたしました。簡易ですが衛生検査の方も異常なしです。いつでも受け入れる準備は整ってます。ところでこちらは旦那さんでいらっしゃいますか」


 云々――。ユミは聞えないふりをした。


「あの、お客様?」

「桜井。おまえを呼んでるぞ」

「あー! この子かわいいなー! 癒されるなー!」


 と、ごまかそうとするユミ。ちなみに見ているのは水槽の中で蠢く巨大なタランチュラである。超怖い。


「あの、桜井様?」

「やっべー。獰猛な牙とか超やべー」ユミはクモに集中する。

「あのー、桜井になんの用ですか?」


 見かねた田中がそう訊ねてしまったものだからさあ大変だ。


「はい。お持ちいただいたネコちゃんについてお話があったのですが」

「ネコ? それってもしかして、さっき騒いでたオスの……」

「あ、あーッ! 店長さんいつの間に! マリーナちゃんの調子はどうですか⁉」


 あたかもたった今気づきましたって感じを装ってユミは振り返った。額には脂汗が滲み、笑顔は引きつっている。


「はあ。体調は良好ですが」

「それはよかった!」

「なあ桜井。もしかしておまえ――」


(やべえ、気づかれた)


「あ! お、お会計ですかぁ⁉ わかりましたすぐ行きますぅ!」

「いえ、お会計ではなくネコちゃんをお引き取りする手続きを――」


 と言いかける伊藤を強引に押しやりユミはカウンターへと向かう。

 その途中伊藤に耳打ち。


「売るのやめます」「は? ですが先ほどは……」「でもやめます。気が変わりました」「そんな困ります。本部にも話は通してあるのに」「ホントすみません。ですがあの子……マリーナちゃんは私の家族なんです。離れることはできません」(えー……。それを言われたら何も言えないじゃん)←心の声。


「はあ……わかりました。三毛ちゃんを連れてきます」


 と言うわけでマリーナちゃんは再びユミの下へ。


 マリーナちゃんは不貞腐れた様子でユミに恨めしげな視線を送っていたが、すぐ側に田中がいたので思い切り抱きしめ「よかったねー。どこも悪くないって!」と言ってあたかも健康診断でも受けさせたかの如く振る舞った。


「その子が桜井の?」

「はい。マリーナちゃんっていうんです」

「おー、随分貫禄があるな。ネコとは思えない。おっと、ウチのやつも来た」


 田中が視線を転じ、その先を辿ると胸一杯にネコを抱えた三、四歳くらいの女の子が歩いて来るところであった。


 よろよろするその姿に自然と頬が緩む。

 よくもまあ自分とそう大きさの変わらぬネコを抱いて歩けるものだ。


 周囲の大人たちもその必死な女の子を見て暖かい視線を送っている。ユミも、こんな子が自分の娘だったらなーと、考えずにはいられない。


 女の子は田中の足元までくるとネコを差し出した。


(――え? この子ってもしかして……)


「紹介するよ。娘の美菜。美菜、この人はパパのお友達の桜井ユミさん。ごあいさつして」


 女の子はちょこんと頭を下げ、父親とそっくりな聡明そうな瞳でユミを見上げ、「こんにちは」と言った。ユミもこんにちはと返した。


 田中が女の子の頭を撫でた。くすぐったそうに首を竦める仕草がまた愛らしい。


「三年前、この子が生まれるのを機に帰国したんだ。結婚自体はその前からしてたんだけどね」


 チラリ。視線を彼の左手薬指へ。


 そこには(エン)を(ゲー)縛る(ジリ)(ング)の姿が――


「ヘーソーナンデスカー」


 笑顔で応えながら、ユミは心で泣いていた。


大人になると、好きな人や好きだった人が結婚してることって多いですよね。

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