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二つの歯車

 惨たる有り様だった。

 そこにいる全員が仕留められたのであろう。累々と屍を晒していた。その傍らで、喜色を溢れさせた男共が、それでも淡々と荷車を物色していた。

 風太郎は木陰に身を潜め表情を変えず、あっけない時はあっけないものだ、と僅かに感傷的になりながらも、一種独特の喧騒を眺めていた。賊にしてはよく躾けられていると見て取れたが、敵するべくもないともみていた。


 灌木を不自然に揺する音が、風太郎の耳に届いた。近い、と判断した風太郎は唐突にその音源へと駆け出した。生存者の可能性を見据えたのだ。二人の傭兵はその突然の行動に不意を打たれ、振り返る隙すらも与えられなかった。


 ほどなくして木々の隙間から、見慣れぬ二人の男が風太郎の視界に収まった。そしてそれとは別にもう一つ気配がした。純粋な恐怖に満ちた気配だった。

 仕留めるべき相手を二人の男と見定めた風太郎は素早く抜剣し、いち早く振り向いた豚鼻の男の鼻面を突いた。驚きの面持ちの上に載った、上向きに突き出た鼻に切っ先がめり込み兜の内側にまで達す。そのまま剣身を抜こうと引くも、風太郎の予想を越えて深く食い込み、頭ごと引き込んでしまい男をよろつかせるに留まった。

 風太郎は已む無く柄を離し、咄嗟に低い姿勢を取った。

 川面に浮かぶ落葉の如き滑らかな所作でもう一人の男に半身を取ると、剣を振りかぶろうとした男の右手首を掴んだ。たまらず男は仰け反る。突けば引き振り被れば押し込む。そう考えていた風太郎は、その勢いをかり押し倒したと同時に、『木の実』と呼ばれる喉元の隆起に鉄槌打ちを叩き落とした。呼吸が途切れ途端に動きが鈍くなる。風太郎は難なく男の顔面を掌で覆い、親指を立て躊躇なく眼窩を穿った。

 そしてのっそと立ち上がり、豚鼻の男を足蹴に剣を引き抜いた。片や蠢き片やのたうつ二人の男を見下ろす。微塵も躊躇うことなく、とどめを刺した。


 血振りした剣と手を豚と呼ばれた賊の衣服で簡単に拭い、荷車の方へと目を遣った。二人の傭兵も身を隠しているのだろう。とりわけ状況に変化は感じられず、気づかれている様子も見て取れなかった。

 風太郎は振り返り、膝を抱え体を丸めながら自分を凝視している若い男を睥睨した。領主の言っていたエドワウと歳の頃は似ていた。

 この少年がエドワウだと言うのなら幸甚なのだが、自身が伝聞により思い描いていたエドワウは底なしの魅力を湛えていた少年だ。しかしこの少年の仰向かせた目線は、捨てられた飼い猫を彷彿させた。縋るように探るように己を舐めまわし、その瞳の奥には濃い猜疑心が見てとれた。人を惹きつけるそれとは程遠い暗い瞳。到底一致するものではなかった。


「動かず待っていろ」

 風太郎は素っ気なく言った。途端、少年の目が大きく見開き、そして壮丁に見紛う顔つきで綻んだ。

『俺はエドワウ、いや章介だ。お前は何者だ』

 今度は風太郎が目を剥く番だった。この少年がエドワウだったことに驚いたわけでも、偉ぶった物言いが少年らしからぬものだったことでもない。俄に耳に侵入した奇妙な言葉に、記憶の底がかき回されたからだった。

『に、日本語か? お前は俺を知っているのか?』

『知らないね。だから何者かと訊いている』

『なら何故』

 少年に対する言様としては少々きつめであったことに気がついた。だが章介と名乗った男は先ほどまでの怯えた仕草を一転させ、微塵も揺るがずためらう様子なく口を開いてみせた。

『言葉の端に日本語のニュアンスを感じた。かと言って確信したわけではない。カマをかけただけだ。何事も疑ってみるものだな』

『黙って待っていろ。すぐに終わらせる。話はその後だ』

『名前だけでも名乗ったらどうだ』

『すまんな。風太郎だ』

『いい名だ。古風で力強い。頼んだよ、風太郎』

 変声直後なのだろう、高音とも低音とも取れる不安定な声からおよそ見た目とかけ離れた大人びた言葉、仕草。そして発せられる日本語に、風太郎は恐怖にも似た違和感に苛まれ怯んだ。目の前の章介と名乗ったものは実は人形で、エドワウとやらがどこかで操っているのではないかというような錯覚に陥った。しかしそんなおとぎ話じみたことはあろうはずがない。気を取り直し風太郎は目蓋を伏せ

『なんと言うか、気の毒だったな』

 と、賊により恐ろしい目にあったことを慰撫し、家族が失われてしまったことを暗に悼んだ。章介は言葉の真意を測り兼ねたのだろう。最初、無邪気に目線を右上に逸らし数瞬考える仕草を見せた。が、思考が整理されたのだろう。すぐに向き直り

『ああ、そのことか。気に病むことはない。所詮演じていただけ偽りの家族だ。お前なら分かるだろ?』

 と、含みのある灰暗い笑い顔を隠そうともせず答えた。章介にとってヘディン一家などどうでもいい人達であったし、風太郎の賊を仕留めた躊躇の無さ、恐怖や悔恨といった余韻の無さから、同類と決め込んでしまったためであった。

 そして章介は、自身にとってこの巡りあいは失くしたものを補いあまりある出来事だと直感していた。


「感心せんな」

 風太郎は振り返りざま、章介に気づかれぬよう口を動かさずにぼそり告げ、その場を後に招かれざる者達が(たむろ)する荷車へと向かった。

 しかしその声は、章介の鋭い聴覚に捉えられてしまっていた。

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