俺の初めての親友の話。
俺にはかつて大事な友達がいた。
今となってはもう会えない、そいつの為に毎年花を供えている。
あいつと会った頃、俺は随分と荒れていた。
親父に若い愛人がいたことが発覚し、家庭内で凄まじい修羅場が起きたのがきっかけだ。
母親は甲高い声で怒鳴り散らし、父親は頑固に黙り込むそういう状況が続き、
当時、多感な高校生だった俺は家に余り寄り付かなくなった。
夜中にうろついているとちょっとした不良グループに声を掛けられ、やがてその一員となった。
初めて覚える煙草に酒、それから喧嘩は正直刺激的だった。
髪を染め、ピアスを開けた俺は急に目立つようになり、
上級生に絡まれたり、女がカッコイイと言って寄ってくるようになった。
それが鬱陶しくて、学校に顔を出さないようになると途端学力は低下した。
当然、担任やその他の先生達の心証はあっという間に悪くなり、疎まれ始めた。
そんな生活に虚しさを感じ始め、
けれど自分ではどうすればいいのか分からない、そんな時だった。
幽霊が出ると言う事で有名な廃ビルに立ち寄ったのは。
正直な所、そこは地元の人間なら近づきもしない怪奇スポットだった。
実際に相次いで不審死が出ていると言う事実が、好奇心旺盛な若者の足すら怯ませていた。
その時俺はどうしようもなく息が詰まっていて、
誰にも気兼ねせずにぼんやりできる場所としてそこを思いついたのだ。
俺はそこの廃ビルの屋上でよく一人で何をするわけでもなくぼうっとしていた。
その時俺は携帯をいじっていたように思う。
何処からか、コツンと足音が聞こえた。
気のせいだと思ったが段々こちらにコツン、コツン、コツン、コツン、と近づいてくる。
時刻は深夜。
場所は噂のある廃ビルで絶好のロケーション。
俺は思わず、息を詰めた。
コツン、足音がとまった。
ギギイィと嫌な音を出しつつ扉を開くと、
そこには妙に顔立ちの整った唇の赤い同い年ぐらいの子供がいた。
そいつは学生服を着ていて、多分こいつも何処にも居場所がないお仲間だろうと考え、息を吐いた。
「よう、お前名前なんて言うの?」
「………ユキヤ。」
これが俺とユキヤの出会いだ。
こんな風変わりな出会いだが馬が合ったらしく、
会う回数を重ねるごとに話が弾むようになっていった。
ユキヤは少し引っ込み思案な所があったが、読書家で話が上手かった。
どうやら体が弱かったらしく、人と話を余りしたことがないとのことだったが、
そんな風には見えなかった。むしろ、興奮すると饒舌に喋る方だった。
俺が一番好きなのはユキヤの静かな雰囲気だった。
明るくはしゃいで、その実流しているグループの連中とは違い、
何を言ってもきちんと受け止められている感じがいつも伝わってきた。
やがて、俺はあいつの側にいると安堵するようになっていった。
俺達の関係は月日が流れて行っても変わらなかった。
しかし、俺は進路のことで悩むようになっていったのだ。
きっかけは些細なことだった。
妹の手鏡がかばんの中に入っていたのだ。
多分、何かの拍子に紛れ込んでいたのだろう。
ガキの癖して色気づきやがってと俺が何気なく鏡を開くと、後ろにいたあいつが映っていなかった。
俺は心底ぎょっとして、それからこの廃ビルの噂を思い出した。
怪訝そうなユキヤを誤魔化し、その日はそのまま家路に就いた。
あいつが幽霊でも側にいたい俺はおかしいのだろうか。
つらつらと色々な事を考え、その日は眠れなかった。
やはり、俺は次の日廃ビルに行った。
そう言えば、あいつと会えるのはいつだって深夜だったなと思い出した。
「信悟、来ていたのかい?」
「ああ。ユキヤ、お前は・・・。いや、何でもない。」
こいつが何であろうと俺にとって大事な奴なのには変わらないのだ。
「この間から、何だか変だよ。はっきり良いなよ。」
「えっと、もし俺が幽霊だったらどうなのか考えてたんだ。ずっと一人だったら、どう思うかとか色々…。」
俺は頭が悪くて、誤魔化し方が下手過ぎた。
「ひょっとして気が付いちゃったの?」
あいつは猫みたいに目を丸くして、言った。
俺は困ってそっぽ向いた。
「寂しいのはあるけど。けど今は信悟がいるし。」
その言葉は単純に俺の胸に響いた。
それから時は移り、段々大学受験の時期になって行った。
俺は将来法律関係の仕事に就こうと決め、地元から離れた東京の目ぼしい大学を幾つか受けて行った。
「信悟は変わっていくんだね。」
そう言って、ユキヤは寂しげにほほ笑んだ。
その言葉の意味を俺は理解してやれなかったのだ。
俺は無事に第一志望の法学部のある大学に決まり、安堵の息をこぼした。
そうして最近忙しくて行けなかった廃ビルに、やっと赴いたのだった。
俺が屋上に行くと既にあいつはいた。
最近では、ユキヤは俺の事を待つようになっていた。
もう毎日の様に会っていた、あの頃とは少し関係は違っていた。
「ユキヤ、俺は大学に合格したんだ。東京で一人暮らしをするよ。」
そう言うと、あいつは無表情になって、
その顔を見られたくないかのように自分の手で覆った。
「信悟、応援してやるのが正しいと思う。」
「ああ。」
「それで僕はここに一人で取り残される。そうしたら…。」
そこでようやっと、鈍感な俺でもこいつの本当の深い孤独を垣間見た。
そうしてユキヤとどうしても関連付けられなかった噂が繋がった。
「なら、俺も向こう側に連れて行けよ。そうしたら、もう大丈夫だろう?」
謎の不審死が相次ぐ廃ビル。
他人を側におこうとして、多分こいつが起こしたんだろう。
ユキヤは俺がいれば、もうそんなことをしなくて済むのだ。
俺とあいつは仲の良い友達だから。
寂しい思いはもうしない。
ユキヤはばっと顔を挙げると物凄く困った顔をした。
そうして、暫くして口を開いた。
「いいよ、信悟なら僕の事を忘れない。ただ、時々思い出して。」
そう言うとあいつの姿は徐々に空に溶けて行った。
それから、ユキヤは2度と現れなかった。
俺の脳裏には最後のあいつの何処か満足そうな顔がこびり付いていた。
そうして、俺は東京に進学した。
向こうではそれなりに友達もできたし、恋人も作って忙しい日々を送っている。
何もかもが目新しい毎日の中、それでもあいつとの思い出の断片は溶けることなく俺の中にあり続けた。
それは幾ら俺が年をとっても静かに存在し続けるだろう。