1. 宝の地図
ルアは今年で9歳になった。住んでいるのはハジマリ村という村で、道具屋である母と祖父と3人で住んでいる。父は小さい頃に亡くなって、顔も覚えていない。
夏になったばかりのある日、ルアは祖父の言いつけで蔵掃除をしていた。埃を落として床を掃き清めるのだ。台に上ってハタキをかけていたら、誤って古本を落としてしまった。本の表紙は読めない。文字は判るが、古語で書かれていて意味がわからない。読めないなりに興味をひかれてパラパラと本をめくってみた。挿絵からして博物学の本かも知れない。祖父は色付きの挿絵が付いた、大きな図鑑を持っているのだ。これも花や鳥やキノコの見分け方なんかが書いてあるのだろうか。その内、はらりと何かが落ちた。折りたたまれた紙は、地図のようだった。
明り採りの窓の下に寄り、地図を広げた。厚くて動物の形そのままの羊皮紙ではなく、四角い形の草紙だ。だいぶ大きくて、横の長さはルアが両手を広げたくらいある。草臥れて折り目が付き、すっかり黄ばんでいたが線ははっきり見えたし文字も読める。よくよく見てみると、ハジマリ、という文字が見えた。どうも昔、ハジマリ村がまだもっと大きかった頃の地図らしい。村の入り口当たり、今では何もない場所にいくつもの宿屋の印がある。酒場が10軒もある。魔法屋や冒険者組合の印もある。その内、道具屋の印を見つけた。自分の家だ。この地図が何時の頃のか知らないが、こんな昔からウチはこの場所にあったのだ。なんだか嬉しくなったが、店の裏手に蔵が描いてあるのを見て我に返った。そうだ、掃除をしなければならないのだった。
地図を折りたたんでポケットにしまった。後で祖父に、この地図について聞くつもりだった。
掃除を終え祖父の所に行くと、昼ごはんまで遊んできて良いと言われた。仕事に戻ろうとする祖父に、地図を見せた。
「ああ、この辺りの地図だな。街道があるから80年は昔のものだろう。新しい街道が通ったのがそのくらいだからな。」
「へえー。ねえ、これリリーに見せてきても良い?」
「良いが、汚したり破いたりしないようにな。」
「はぁい。」
そのままポケットに地図を入れて、リリーの家に出かけた。
リリーは農家の末娘で、ルアより一つ年上だ。同年代の子供が少ない村で、ルアの一番仲良しの友達なのだ。
リリーは納屋の前に腰かけて、豆を選っていた。ザルにあけた楕円豆の内、割れてるのや虫食いは鵞鳥にあげて、そうでないのは人間が食べる。いつものようにふわふわの金髪を後ろで一つ結びにして、麻のエプロンを付けていた。
声をかけると、顔を上げて手を振った。
「おはようルア。まだ遊びに行けないの。これを終わらせないと。」
「手伝うからさ、これ見てよ。蔵掃除してて見つけたの。」
地図を広げて、ここが旧街道で、村の門で、ウチの店と説明する。
「で、リリーの家はコレじゃないかな。80年前の地図だって。」
「へえー、ハジマリ村ってこんなに大きかったんだ。いいなぁ。」
二人で地図を見ながらお喋りに耽った。もちろん手は動かしている。
「ほら見てよ。布屋5軒に服屋2軒、仕立屋も1軒あるわ。」
「わあ。ここカーラさんのお店だ。5軒の内残ったのはここだけなんだ。」
「これって帽子屋さんかしら。」
「これはお菓子屋さんかな。ジマリの街より大きいかも。」
「あれ、ルア、これは何?」
「どれ?」
「この赤いバツ印。」
リリーの言うとおり、小さな赤いバツ印がある。しかもその下には小さな字で何か書いてある。
『財宝』
「ざいほう、って書いてある。」
「えっ!財宝って、宝物?」
「そうだと思う。」
リリーが恐る恐る言った。
「じゃあこれって、宝の地図?」
「でも、お爺ちゃんに見せた時には何も言われなかったよ。」
大事なものなら祖父は持ち出すことを許さないだろう。そもそもこの地図は倉庫で見つけたのだ。大事なものならば、祖父の部屋に保管されているはずだ。
「お爺様、これが宝の地図だって気が付いていないんじゃないの?」
「うーん。爺ちゃんが?そんなことあるかなぁ。」
前に道で銅貨を拾った事がある。すっかり緑色になっていたのを祖父に見せた。するとお酢でピカピカに磨いた後、描かれた女性の横顔を見て古代帝国時代の銅貨だと教えてくれた。
そんな祖父が、こんなにはっきり書かれたバツ印を見逃すだろうか。二人で頭を捻るが判らない。そうこうしている内に、豆の選別が終わった。
「よし。じゃあこれからウチに行って、辞書で『ざいほう』って調べてみよう。ホントに財宝って書いてあるか確認しましょ。」
「わかったわ。じゃあ私、これお母さんに渡して来るからちょっと待ってて。」
リリーは無事遊びに行く許可を貰い、二人は連れ立って出かけて行った。