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始点

よかったら読んでみてください。

「陽子も結婚か、同期で行き遅れたの私達だけになっちゃったわね」


「そうね、でも私は恋愛とか結婚には興味がないから」


「蛍子ならいつでも出来そうなのに、あんたは本当に今はさっぱり、そんな感じじゃないよね」


「今は興味が無いだけって言ってるじゃない」


「その言い方は、私はいつでもしようと思えば出来るのよって聞こえるわね」


「そんなつもりで言ったんじゃないわよ」


「分かってるわよ。しかし、ここのラーメン美味しいわね」


「智紀が教えてくれた店だから、味は間違いないわよ」


「智紀って荒井君?荒井君は元気でやってるの」


「今は仕事を手伝って貰ってるのよ。彼は相変わらずのマイペースで元気よ」


 近江蛍子は大学時代の友人の結婚式に出席し、同期で仲の良かった小畑智恵と二次会を終えて渋谷のラーメン店に居た。

 三十代の後半に入った蛍子達の周りも今までは仕事の第一線で活躍してきたが結婚を決め、親しい友人で独身なのは蛍子と智恵ぐらいになってしまった。

 蛍子は自ら広告企画の仕事を立ち上げ、智恵はアパレルメーカーの営業管理職として仕事の時間が大半で、二人とも恋愛とは無縁に近い状態だった。


 ラーメン好きの智紀に勧められた店だけあって、二十二時を回ってもまだ店内は混雑していた。披露宴と二次会で程よく酔った二人でも美味しいと分かる味だった。


「そうか荒井君とはあの夏からか…蛍子はあれからなのかな恋愛を遠ざけたのは」


「そんな事は無いわよ、もう二十年近く前の話じゃない」








 大学時代の蛍子は同期の男女問わず人気があった。長身で容姿も良く、明るい性格が伴って恋愛にせよ、趣味や遊びにも引く手数多といってよかった。

 そんな蛍子が智紀に出会ったのはニ年生の夏を過ぎた頃だった。元々同じ学部ではあったが殆ど接点が無かった二人は蛍子が触れてしまった物の怪によって引き合わされる事になる。


「ねえ蛍子、最近体調良くないの?顔色悪いわよ」


「うん、何だか体が気怠い感じ」


「バイト忙しいの?」


「バイトは色々あって、もう辞めたよ」


 蛍子はある時から体調を崩していた。体調の悪さが顔にも出ていた為、智恵は心配していた。明るく快活な蛍子が酷くやつれて見えたのだ。

 蛍子も自分でも体調の悪さは分かっていたので、化粧などで誤魔化してはいたが一年生から付き合って来た智恵には見抜かれていた。

 そんな会話を教室の入り口で話していると始業のベルが鳴り皆が授業を受ける準備に入り始めた頃、蛍子達の座席近くの入り口に智紀が滑りこんで来た。

 蛍子はデニムに少しよれたシャツを来た、決して格好良いとは言えない智紀を一瞥する。その時、偶然智紀も蛍子の目線に気が付き蛍子と目が合った。

 目が合ったのに蛍子も気が付き、蛍子は目線を逸らす。が、智紀は蛍子の座る席の前に座ると振り返り、蛍子に声を掛ける。


「あの、体調大丈夫ですか?」


 蛍子は唖然とする。同級生とはいえ今まで一度も話した事の無い男子にいきなり身体の事を聞かれたからだ。

 初対面の人間、同じ学部だから顔を見知らなくても見た事はあるかも知れないが、蛍子からすれば初対面といっていい相手にも分かる程、顔色が悪かったりするのかと思えた。


「そんな事無いわよ」


「そうですか、それなら良いんですけど身体に知らない傷とか痣とか出て来たら気を付けた方がいいですよ」


「ご忠告ありがとう。気を付けるようにするわ。ところで貴方名前は?私は近江蛍子」


「俺は荒井智紀。あんまり良い状態じゃないみたいだから気を付けて下さいね」


 智紀はそう言うと教壇の方へ向き直り、授業の準備を始めた。蛍子は正直困惑した。既に身体に幾つかの見覚えの無い擦り傷が出ていたからだ。


「何か変な奴ね」


 授業が始まると智恵は小声で蛍子に呟いた。蛍子は頷きながら「そうね」とだけ答えた。授業が終わると智紀は早々に教室を出て行った。それを追うように蛍子も支度を急いで智紀の後を追った。


「どうしたの蛍子?今日は一緒にお昼食べようって」


「ごめん、急用思い出しちゃって。埋め合わせするから」


 智恵が急ぐ蛍子を呼び止めると、蛍子はごめんと両手を顔の前で合わせると教室を足早に出た。

 貧相とは智紀からすれば失礼な表現だが、その貧相な姿の男を蛍子は直ぐに見つけられた。


「ねえ、荒井君だっけ」


「ああ近江さん。どうしました」


「何で私の体調が悪いの分かったの」


「近江さんて幽霊とか妖怪だとか、そういうの信じます?」


「どういう意味なの」


 遠回しな言い方に少し苛立ちながら蛍子は智紀に説明するように促した。


「そのままかな。近江さんの体調が悪い原因がそういう事が原因て意味」


「何それ?私は誰かに恨まれるたり、祟られたりするような事は何も無いわよ」


「人の恨みなんて、何処でどう生まれるかなんて分からないものだけどね。それに、近江さんが誰かを恨んだりすれば、その跳ね返りだってあったりするものだよ」


 蛍子は返す言葉が無かった。思い当たる事がある。だから返す言葉が無かった。


「荒井君、お昼は?」


「特に決めてないけど」


「ちょっと聞いて欲しい事があるんだけど、大丈夫かな」


「別に大丈夫だけど、あそこの友達も誘った方がいいかもね」


 智紀は少し後ろの方に目配せをする。蛍子がその目線を追うと智恵がこちらを見ていた。


「ほら、少なからず今あの子は近江さんを恨んでいるよ」


 蛍子は罰の悪い顔をしながら、智恵に声を掛けた。智恵はどうして二人でいるのという顔をしながら近づいて来た。


「何よ蛍子、さっきは気持ち悪いって言ってたのに」


「私はそんな事言ってないわよ」


「あの、蛍子の友人の小畑です」


 智恵は改めて智紀に挨拶をした。智紀は軽い会釈をして「荒井です」と智恵に挨拶すると、じゃあと二人を学食へ誘った。


 学食に入ると多くの学生で賑わっていた。三人はそれぞれに昼食のメニューを購入すると学食のテラスに近い窓際の席に腰を掛けた。

 最初に口を開いたのは智恵だった。


「いったい二人で何を話してたのよ」


「智恵、私ね実はさっき荒井君が言っていたみたいな傷が体に幾つかあるの」


 智恵は言葉を失って、とりあえず目の前にあるサンドウィッチに口をつけた。

 次に口を開いたのは智紀だった。


「近江さん、聞いて欲しいという事は最近誰かに強い恨みを持ったりしたって事なのかな」


 蛍子は少し躊躇ってから今日までに起きた話を二人にし始めた。





 蛍子は独り暮らしをしていた。実家も都内にあり通えなくは無かったが近くが良いと言い、大学の徒歩圏に部屋を借りていた。

 家賃や光熱費は仕送りで賄えたし、買い物も不自由なくできる小遣いを両親から貰っていたが、特にサークルなどに入って居なかったので友人に勧められて二年生になった春からアルバイトを始めた。


 大学の最寄り駅にある居酒屋で授業が終わってからの四時間ほどのアルバイトではあったが、今までそういった経験が無かったので蛍子はアルバイトを楽しんでいた。

 蛍子自身が外向的な正確であった為、進んで高校生や主婦のアルバイトの人と交流し、世代の違う人達と一緒に仕事をすることが楽しかったのだった。

 そして、アルバイトを始めてから三ヶ月を過ぎた頃、店長の他店への異動が決まり新任の店長が配属された。

 新しい店長は歳も若く、高校生や主婦のパートの中では人気があったが、蛍子は確かに見た目は悪く無いとは思ったものの特に関心は無かった。

 そんな中、新しい店長が来てから一週間ほど経った頃、歓迎会が行われる事になり社員や二十歳以上のメンバーが声を掛けられた。


「近江さん、河村店長の歓迎会参加出来るかな。月曜日の夜なんだけど」


「別に予定は無いので大丈夫ですよ。でも後藤店長の送別会しなかったのが申し訳ないですね」


「後藤さんには送別会をしましょうって言ったんだけど、気を遣われちゃって断られたんだよ」


「後藤店長らしいですね。河村店長の歓迎会は行けますので宜しくお願いします」


 そして歓迎会の日を迎える。蛍子を苦しめる物の怪との出会いの始まりとも言えた。




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