夢のち、帰還
振り抜いた刃が頸骨を割り肉を断つ感触
跳ね落ちた醜い頭
噴水のように首から吹き上がる血
糸の切れた人形のように崩れ落ちた矮躯
落ちた首を見て怯え、逃げ出すもう一匹のゴブリンの背中
一歩、追う足に力を込めて
二歩、必死に動かす短い足を嘲笑うように距離を詰めて
三歩、剣を振り上げ狙いを定めて
四歩、追い越し様に刃を滑らせ首を落とす
頭を無くしたそれは倒れず、不気味に踊り始めた
先に殺した方もいつの間にか立ち上がって、踊りながら周りを回る
酷く現実味の無い感覚
気持ち悪い
頭に手を当てようとして、
あ
私の身体が落ちていく
首無しの
落ちたのは、私?
拾わな、きゃ
手を 伸ばし て
「起きたかい?」
揺り起こされて、目が覚める。
ぼんやりとした視界に映る、よかったと安心するように綻ぶ顔。
女手ひとつでこの宿屋を切り盛りしてるメテルおばさんだった。
手慣れた動作で窓を開けながら語りかけてくれる。
「やっと帰ってきたと思ったら二日も部屋から出てこないから死んでるのかと思ったよ。まったく、いくら疲れていても着てた物くらいちゃんとまとめときな」
帰ってきてからずっと寝てたみたいで。
洗濯してくれたのか、綺麗に畳まれた衣類や装備が置いてあるテーブルを指差して目尻を吊り上げていて、少し怖い。
不意に鳴る小さな音にお腹を手で押さえると、怒ったような表情を緩めて苦笑して。
「あんたはもう……野菜たっぷりのシチューがあるよ。顔洗ってきなさい」
それだけ言うと部屋から出ていってしまった。
窓から入ってくる、眩しいくらいの日の光とそよ風。
帰ってきたんだなって、そう思える。
……帰ってきて良かったのかなって、ふと思ってしまう。
なんだか頭が重い気がして。
酷い夢を、見ていた気がする。
どんな夢だったか思い出せなくて、もやもやして。
もう一度急かすように鳴る、お腹の音。
とにかく、ご飯食べなくちゃ。
着替えようと広げた服はお日様の匂いがして、心をくすぐられるような気持ちになって思わず頬が緩んで。
姿見に自分を映して、装備を自己点検する。
着慣れた黒のハンティングシャツと皮の胸当て、ハーフパンツに通したクロスベルトの下半分にポーチが三つ。
上半分、腰の位置には皮と金属を縫い合わせた鞘に揃いの短剣が両側に一組と後ろ、ちょうどベルトが重なる部分に今は空の鞘が寂しく掛かって。
太股の半ばからブーツまでを隠す防刃布のソックスと肘まである指抜きのグローブは隙間なく肌に吸い付いて、靴底に稼動域を追加してもらったハイディングブーツも足にぴったりのサイズで。
最後に黒のマントを羽織って所々のくたびれやほつれ、小さな傷と肩まで伸びてしまった髪が少し鬱陶しい以外は問題が無いのを確認して支度を済ます。
窓枠に腰を乗せて外を見ると、いつもと変わらない景色が迎えてくれる。
宿の裏手、大きく枝を広げて庭の半分ほどを覆った木の風に擦れる葉のさざめきが耳に心地良くて。
重心を窓の外へと傾けて、身体を投げ出す。
逆さまに落ちていく視界。
見下ろした空の青さ。
手の振りと腰の捻りを組み合わせ体勢を整え足から着地し、膝を曲げて衝撃を殺す。
音を立てないように、何もなかったように。
真後ろに降りても、気付かれないように。
……やっぱり、いつも腰の後ろにあった重みが無いのが落ち着かない。
木の傍にある井戸へ向かい、桶を中に落とす。
ロープを手繰り汲み上げた水は冷たくて、顔を洗うと眠気も僅かに残っていた頭の重さも流れ落ちていった。