月明かり
目を覚まして、身体から怠さの抜けないまま探索を続け。
隠し部屋で見つけた宝箱から運良く帰還結晶を手に入れることが出来た。
幸運に感謝しながら手の平に乗る水晶の欠片を握り締め、砕く。
眩しい光と一瞬の浮遊感。
反射的に閉じていた目を開けると、迷宮へと下りていく階段の入口を中心に張られた帰還陣の淡い光が消えていくのが見えた。
迷宮から戻ってこられた喜びも薄く、ただただ安堵して。
辺りは薄暗くて、見上げた視界に映る鉄格子に区切られた空も真っ暗で。
久しぶりの外の空気はひやりとしていて、息を吸うと胸に染みてくる。
昼じゃないのは少し残念だったけど、雲一つない夜空に浮かぶ三日月とそれを飾り立てる宝石みたいに散りばめられた星が綺麗で。
周りをぐるりと囲む鉄柵に設えられた唯一の門へ向かうと、窓口に立っている不寝番の衛兵さんがじっとこちらを見てくる。
「証を」
前に立つなり告げられた言葉のままに胸ポケットから取り出した探索者証を渡し、生還手続きを終わらせて広場へと足を進めて。
振り返り見上げた鳥籠のような檻の街灯に浮かび上がる様はいつ見ても不気味で、早足に歩く。
足を向ける先は街を十字に分ける大通りの南口、宿の方にする。
まずはギルドに成果報告に行くのが推奨されているけど、今はとにかく身体を休めたかった。
切り揃えた石を敷き詰め舗装された広い道を進む。
人影もなく、静まり返った街中。
街灯の数も減っていき、次第に月明かりに蝕まれた暗闇が辺りを支配していく。
見上げた夜空の輝きは広場にいたときよりもずっと強くて、昔の記憶が呼び起こされていく。
街から離れた位置にある森林地帯で仲間達と夜空を見上げた日の。
初めての、掛け替えのない仲間達と。
リーダーを務める技剣士。
壁役を一手に引き受ける鉄壁の大盾士。
斥候から暗殺までこなす暗鬼。
癒しと加護を司る聖徒。
全ての属性を扱う魔術師。
あの頃の私と同じ見習いだった、魔法使い。
師弟のような関係だったけど、仲間だって言ってくれて。
早く一人前になって、皆で迷宮を踏破して一緒に旅をしようって言ってくれた。
あんな日々が、ずっと続くと思ってた。
ずっと、ずっと……
思い出に耽りながら歩いていたら、いつの間にか間借りしている宿屋に帰ってきていた。
玄関の扉を押し開けて中に入っても当然、真っ暗な受付には誰もいなくて。
受付の隣、二階への階段を僅かに軋ませながら上り、通路の一番奥にある部屋へと鍵を使って入る。
久しぶりに帰ってきた自分の部屋はいない間も掃除してくれていたのか、埃もなく綺麗で。
唐突に襲ってきた帰ってこられた、という感覚に気が抜けてへたり込んでしまいそうになるのを堪えて、武具も装備も服も床に脱ぎ散らかして下着一つでベッドに潜り込む。
清潔なシーツの心地好い肌触りと頬に感じる枕の柔らかさに心が休まる。
すぐに訪れた微睡みの中、不意にこれは夢なんじゃないかと怖くなった。
目を覚ましたらまだあの冷たい場所にいて。
あるいはもう、目を覚ますことは……なんて。
それは私にはとてもお似合いだと思った。
あの時、仲間を見捨てて生き残った私には。