死の淵にて
今、何階層目だろう?
もうずいぶんと深く潜っている気がする。
最後に太陽の温かい光を浴びたのはいつだったかな。
そんなことを考えながら、息の詰まりそうな暗くて狭い石造りの通路を歩く。
しばらくして突き当たったT字路を光の射してくる左側へと曲がると、通路は途中で崩れてしまっていた。
見渡すかぎりの視界に広がる遺跡と迷路をごちゃまぜにしたような灰色の建物と天井で輝く偽物の太陽。
上に手を翳しても温かさは感じられなくて、見飽きた景色にも失望が滲む。
この階層をもうどれだけさ迷っているのかわからなくて、身体が酷く怠かった。
下の階層へと続く階段は一向に見付からず、携帯食料や傷薬等の消耗品も尽きていて、迷宮内の動植物で何とか持たせている状況で。
帰還用の結晶体も随分前にやってしまったミスで無くしていた。
嗅ぎ慣れた匂いを感じ、息を潜め進んだ先の曲がり角。
覗き込んだ先、通路の行き止まりの暗がりから響く何かを咀嚼するような湿った音。
目を凝らすと、蠢いていた闇は黒く巨大な背中で。
この階層にいるはずのない異質な存在に気を取られて、無意識に引いた足に当たる物。
足元で転がる石のほんの小さな音に反応したそれが振り返る前に咄嗟に駆け出して。
来た道を戻り別の通路へと曲がり様に振り向く一瞬で見えた、禍禍しく捻れた山羊のような角の間で輝く鮮血のように赤い瞳のような宝石。あれは間違いなく中位以上の悪魔種の証だった。
後ろから響いてくる蹄の足音と低く唸るような声。
突き出されてくる太い腕に何度も捕まりそうになりながら無茶苦茶に走って、階段を見つけては飛び込んで、とにかく遠くへと走り続けて。
ほとんど奇跡のように逃げ切り、もう何も追って来ていないと確信が持てた頃には四つあった収納用のポーチの一つと愛用していた片手剣、それと自分が今何階層にいるのかという情報を無くしていた。
今も腰の後ろに鞘だけが虚しく下がっていて、あの後からずっと予備の双短剣でどうにか凌いできて、と。
いつの間にかぼんやりとしていた思考を切り替えて通路を引き返し探索を続けようとして、
「ぁ……」
意志とは関係なく膝をついてしまい、そのまま倒れそうになるのを何とか堪える。
身体も精神も限界に達しかけているようで、もう一か八かの賭けに出なくちゃいけないらしい。
身体を引きずるように戻ってきたT字路。崩れかけた壁の奥に見えた小さな隙間に身を潜らせると、中はちょっとした小部屋のようになっていた。
入口の辺りに石と布で簡単な擬装を施して、ランタンは点けずに寝転がり膝を抱えて目を閉じる。
暗闇の中、自分の息遣いが酷く大きく響いている気がして。
寝ている間に見付かってしまえば殺されるのは目に見えてる。
こんな危険を犯さなくても、パーティを組んでいれば交代で眠ればいいだけで。
それか魔法が使えれば結晶体に頼らなくても呪文一つで帰還出来て。
でも私と組んでくれるような人はいないし、私に魔法の才能はなくて。
握り締めても、何も掴めない手。
どれもこれも全部、自分のせい。だからここで死んでしまっても、それは仕方ないことで。
……厳しさにも、優しさにも、返す言葉は憎まれ口ばかりで。
もっと素直になれたら。
ごめんなさいって、ありがとうって言えたら。
私もあの子みたいになれたのかな?
仲間に囲まれて、笑っていられたのかな?
諦めと怯えが混ざり合いながら、意識が眠りへと落ちていく。
もう一度、あの温かい光を浴びたいな……