【夏の終わり】
父の葬儀から数日が経った。
祥子さんと妹は疲れも少しは落ち着いたように見え、今は家族三人。
東京の自宅、居間のソファーにそれぞれ腰掛けていた。
テーブルの上には、冷えたアイスティーが人数分出されている。中に入った氷が涼しげた。
この居間は昔とあまり変わっていなかった。でも、目新しい仏壇だけが置かれるようになったのが、たった一つの変化といえる。
「祥子さん、私は明日にでも関西に戻ることにします」
私は義母にそう告げ、不安そうな妹の顔を見た。
「お兄ちゃん、まだいいじゃない、もう少しここにいてほしいよ」
妹は、すがるような目で俺を見つめた。
その様子を祥子さんは優しくたしなめた。
「香里、無理を言ってはダメよ。竜彦さん、お兄ちゃんにはお父さんと同じ大事な仕事があるから」
妹の名前は"香里"
不思議な偶然と言える。でも妹の名を考えたのは祥子さんだった。
彼女が言うには、
「頭の中で、誰かがささやいたのよ」
と、言うことだった。
初めて妹に会い、名前を聞いた時に驚いたのは言うまでもない。
香里は、私の知っている佐々木 香里の面影がないとはいえない。
でも、妹はとても甘えたがりで、誰かの傍にいつも寄り添うのが好きなようだ。
私が経験したたった2日の経験から比較しても、彼女と違うと思う部分も多い。だからこそ思う。
妹は、佐々木 香里の生まれ代わりなどではないと。
高校生になったばかりの妹は、頬をふくらませ、あからさまに納得出来ないといった表情をしている。
「でもね、お兄ちゃんに次会えるの何時になるかわからないし、もうしばらく色々とお話もしたい」
香里はじっと俺の目を見つめて、次に祥子さんに非難の目を向けた。
「じゃあ、お兄ちゃんと一緒にいられるように、私達も関西に引っ越したい?」
祥子さんは香里に笑みを浮かべて顔を近づけた。
「えっ、、でも、高校になってできた友達といきなり別れたくはないなぁ・・」
香里が、困った表情で悩んでいた。
これは祥子さんなりの、冗談。
祥子さんは、あの頃よりも本当に母親といった女性になっていた。
その余裕、あたりを包む感覚は、俺が知っている母親ととても近い感じだったと言える。
私はそんな義母と妹のやりとりをみて、数日ぶりの笑顔をすることができた。
「父のこともあり話ができなかったのですが、来月にはこちらの病院に来ることになりそうです」
向こう戻るのはそのための準備もある。こらちの住居もまだ見つけていないが、しばらくはここにやっかりになるかもしれなかった。
「竜彦さん、ずっととは言わないけど、しばらくはここに住んだらいいわ。あなたの部屋もそのままあるんだし」
特に驚きもせず、祥子さんは私に向かってそういう。
「ありがとうございます、しばらくはお世話なります」
私は頭を下げる。祥子さんは自分の家なんだからと笑い、香里はただ喜んだ。
私は、踏みしめるように階段を上がり、見知ったドアを開けて中に入る。
昔の私の居場所だった部屋。
掃除はきちんとされ、高校時代の自分に戻った気分になる。
あれから、私も父のようにたくさんの生と死を見つめ、経験してきたが、今でも私は慣れることがない。この年になっても、まだ一人前とはいえ無いのかもしれない。
私は今ここにいて、できることをして行くだけで正直精一杯だ。
窓を開けると、木々のざわめきと共に、心地良い風が部屋を満たした。
そして、
「あっ、、、」
私の頬に一筋、涙が流れた。
父の死の痛み、悲しみが今になって私を襲う。
そんな私に、風は慈しむかのごとく頬を触るように流れる。
それは、とても懐かしく、とても優しい暖かさ。
夏は終わりを告げに来たようだった。
了