【天使の帰還】
夏の厳しさが、少し和らいだ八月のある日。
某所にて、佐々木 香里の葬儀がしめやかにとりなわれた。
葬儀の参列者は、遺族、学校関係者、同級生。また事故の大きさを物語るように、多くの報道陣の姿。
他に、違った面持ちで参列する、航空会社の社員達。
乗客全員が亡くなった大惨事、事故の原因は今だ解明されていない。
ニュースでは、機体の整備不良。また、気象的な原因など様々な憶測がされている。その為のブラックボックスの解析を、現在は急ピッチで行われているらしい。
俺は、一友人として彼女の葬儀に参列した。
肉親以外の葬式に出るというのは、実のところはじめてだった。母以外の死というものに直面すること自体にも。
あの二日間。
俺は一生忘れないだろう。俺が彼女を引き付ける原因になったことも、死んだ母との会話。俺の中にあった、ちっぽけで、情けない心。
あの時、俺は彼女とろくに心を交わすことは出来なかった。それが今の自分にとって悔やまれる。
葬儀の終り、突然暗い雨雲が空を包み、雨となった。
手持ちの傘はなく、俺は制服姿で雨を浴びた。そして空を見上げる。
厚く覆われた雲のある一点。
そこから太陽の光が細く、流れ出していた。
その様子は、昔ガキの頃に見た聖書の挿絵の一つに良く似ている。確か本にはその光の中から、天使が舞い降りていたはずだ。
しかし、俺の目に映る光景には、もちろんその姿は無い。
その中で一瞬。
小さな光が、逆にその隙間に昇り、そして消えた。
錯覚か?俺はしばらくその場を動くことが出来ず、その一点を見つめる。そして、無意識のうちにつぶやいた。
「佐々木 香里・・・」
彼女の名前を。理屈では理解できないことを経験したせいか、一瞬視界に入ったその光が、彼女の天に帰る姿に俺には映った。
翌月。
新学期が始まった。
俺の高校最後の学期。本当に忙しくなった。友人はすでに推薦入試に向けての最後の追い込みといった感じだった。
俺は、担任に非常に嫌な顔をされたが、決まっていた推薦を取り消してもらった。
今になって・・・と、大半の奴は俺に言ったが、仕方ない。俺自身、今までと同じ考えではなくなったのだ。だから、今の進路を変更する必要がある。
まったく、物覚えの良い俺にとっても、辛かったが。
睡眠時間を削り、ある意味、一から覚え直し。おかげさまで干支が変わった頃になると、体重が5キロは減ってしまった。
最後の入試が終り、結果が発表。
俺は、何とか関西のとある医大へ合格をすることができた。不思議なものだ。最初、何よりもなりたくなかった道に進んでいるのだから。
一番驚いたのは、もちろん親父だった。
親父は、自分に対しての俺の態度や、その仕事に対し嫌悪感をもっていたのを、誰よりも知っていたはず。
しかし、俺が合格したことを告げると、少し涙目になり、
"がんばれよ"
と、言ってくれた。
ただ、よりによって遠くへ行かなくても・・とは言っていたが。
俺がそれに返し、
「俺は新婚家庭を邪魔するほど、暇じゃないからね」
と言う。
親父の再婚が決まったのは、俺が進路変更をすることになった少し後のことだった。
相手は、高崎祥子さん。特に驚くことも無かった。別に俺が反対する理由も無い。
親父と祥子さんの結婚式は、俺が引っ越しをする一週間前。その前日、俺は祥子さんに一言だけ、忠告した。
「俺が言うのもなんだけどさ、親父と一緒だと苦労してしまうかもしれないけど・・、父をよろしくお願いします」
すると、祥子さんは、軽く俺の頬をつねった。
「大丈夫、そんなこと分かっているわよ。何年もお父さんのそばにいたからね」
祥子さんはそういい、笑っていた。
父のそばにいたのは俺だけじゃなかったんだ、という実感がわいてくる。きっと親父と祥子さんは上手く行くと思う。
翌日、親父と祥子さんとの結婚式。ごく身近な親戚だけが集まった、地味なものだった。
でも、本人たちは非常に満足そうな表情を浮かべる。
天気は晴天。
親父と祥子さんとのこれからを、俺は祝っているように感じた。
それから、時間はあっという間に過ぎた。
日々、勉強やアルバイト、遊びなど学生生活をそれなりにこなしていたかと思うと・・・
気づけば、親父と同じ白衣を身に纏い、硬く艶っとしている廊下を歩いている俺の姿がある。
少しは、親父の苦労が実際分かって来た気がした。
この世界は、いろいろな意味で厳しい。
その中で俺はどう生きられるのだろう?
ただ、そんな事を言っていると、母さんに昔みたいに説教されてしまうかと、思わず苦笑してしまう。
あの出来事から、もう七年が経つ。
この世界に入ってから、変わり映えは無いかもしれないが何とか頑張っている。
変わったことがあるとすれば、親父と祥子さんに子供、妹ができたということだ。
20歳も歳の離れた妹が出来るなんて、俺は思いもしなかったが。
そして、更に10年の時が過ぎた。