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【遠い希望】

"竜彦の視点"


どうしてここに彼女の姿があるのか、それが俺の今の疑問だった。この坂道をあがった所に、昔は三人で暮らした自宅がある。


その前にどうして、俺が背中を見せ逃げ出した彼女の姿があるのだろうか?俺は恐怖心よりも、ただ驚きが心を支配しているのは感じる。


一瞬の沈黙。互いに目線が合いこのまま時間が止まってしまうのではないかと思ったぐらいだった。


沈黙を破ったのは彼女の方だった。

「どうしてここに?」

それは、俺が言うべき台詞だったはずだ。しかしその顔は驚きを隠せない。俺よりも実際驚いているようにも感じた。


「ここが俺の家の前だから」

あたりまえのことを言った。それ以外に言いようがない。

ここは俺の生まれ育った家であり、それを人に否定される覚えはない。

いつかはこの家を出るだろうが、数年の間はここで自分の生活を送るはずだ。


「もう一度聞くけど、あなたには私の姿が見えるんだよね?」


見えているに決まっている。今、当然のように口を交わし、目線をあわしている相手。

それに・・・


「俺が逃げ出すぐらいにはっきりと見えているよ」

彼女は何かを考え込んだように顔を下に向ける。


昼を回り日差しがさらに強くなったような気がした。その姿ははっきり見えているが、強い日差しはその体を透過していた。


俺は、その場に倒れこみそうになった。もちろん日差しのせいじゃない。今自分がおかけれている状況に対してだ。

そんな俺の様子を見て、彼女は口を開く。

「ねぇ、大丈夫?」

「ああ」

嘘だった。頭の中がまるで蒸し風呂の中に入っているかの様に感じる。今にもこの場に倒れこみたいと思うほどだった。


俺はなんとか家の前に辿り着き、無造作に家の鍵を取り出しドアを開く。そのままふらついた足で居間まで向かい、ソファーの上に倒れこんだ。


意識が落ちいてく。


その中で俺は、「どうして俺だけがこんな目に・・・」と思う。

”あなたの知らない世界”、よく知らない親父がテレビで語っている画面が頭に一瞬浮かぶと同時に俺の意識は更に深く沈んでいった。

暗く静かな場所へと。


"女性の視点"


私の目の前で、彼が倒れている。


私から離れるようにふらついた足で、家に上がりこんだ彼はソファーの上にまるで死んでいるかのようにうつぶせに倒れこんだ。


うつ伏せになっているため、彼の表情を確認することができない。

私は、彼に触れることもできないのだから。


その時、バタンと強い音が鳴り彼が開けっ放しだったドアが閉じた。中途半端に開いていたドアが風で押されたのだろうか?でも、風はそれほど強く吹いている感じも伝わらない。


今の私は物体に触れる術は持っていないが、逆に気配などのはっきりしないものを強く感じることができるらしい。なぜなら、彼女がそのドアを閉めたことを感じたからだ。


「ぐっすりと寝ているね」


私をここまで導いた女性。彼女が私の横に並び、倒れた彼の姿を覗き込んだ。

「寝ているというか、気を失ったみたいに感じましたけど。」

「やっぱりショックが大きかったみたい。まあ、そのうち起きるんじゃない?」

ニカッと私に向かい彼女が笑いかける。


「起きてもらわないと困ります。だって彼をこの状態に追い込んだのはわたしだから」

「まぁ、それもそうね。でも、見えているんだよね彼、あなたのこと?」

困ったねと言った感じに彼女は手で表情を作る。


「はい。見えているし会話もできました。でも、どうして彼だけ?」

その時、やっと感じた。彼の呼吸のリズムが変わりだしていた。

彼の目がうっすら開き、私を見つめていることが分かる。


「くそ、まだ見えやがる」


彼の悔しそうな声がリビングルームを包む。彼は私だけをじっと見ていた。私だけを。


そして私は感じる。彼の視線は私だけに向かい、私の隣にいるこの女性には向けられていなかった。

「彼にはあなたは見えていない?」

「そう。彼に見えている姿はあなただけ、私の姿は見えていないわ。そしてあなたは私以外の普通じゃない存在は見ることができない」

「どういうこと?」


彼には、私の声しか聞こえないのだろう。意味を成り立たせない私の独り言に面食らっているようだった。


"竜彦の視点"


一体どうなっているんだ?

理解できないことが俺には多すぎる。


すべてが夢と感じ、目覚めれば普段と変わることのない日常が返って来るものばかりと考えていた。

目をあけると、そこには独りつぶやく体の透けた彼女の姿がある。


非現実という現実が、目を開けたそこにあった。

「勘弁してくれよ・・・」

俺は再びまぶたを閉じる。意識が遠のいた。


どれくらい時間がたっただろう?夏の日差しは感じることが出来ず、体を濡らす自分の汗が不愉快に感じた。


時間の経過を感じ、ソファーに横たえた体を起こす。

誰もいないはずの俺の家。カーテンは閉められ、蛍光灯がついた家の中は外が夜であることを示していた。

居間の時計に目をやると、夜の八時過ぎであることが分かった。


「お目覚め?」

不意に、知った声が耳に入った。

エプロン姿の女性。祥子さんが屈託のない笑顔を俺に向けていた。

「祥子さん、どうして?」

「竜彦君のお父さんから家の鍵を預かってね。一人だと食事がままならないから留守の間をお願いされたのよ」


優しい笑顔だった。一瞬心が和むとともに訪れる嫌悪感・・・。

こんなときだけ親子というものを持ち出してくる父に対して、溢れ出る怒り。


「あの・・・」

「今日の夜もかなり暑いけど、冷たいものは良くないと思ってシチューを作ったんだけど・・・いいかな?」

少し不安げな表情を作る祥子さんに、この表情に俺は今の感情を消し去られた。


「好きですよシチューは。何か今日は色々なことがあってハラペコで・・・」

「大丈夫、軽く五人前は作っているからね」


相変わらずだと俺は思った。

以前も祥子さんはうちに来て料理をしてくれたことがある。

味は文句なしに美味いのだが、量の計算が出来ないらしくいつも最低二日は持つほどに作ってしまう。

自分の兄弟が多く、いつもそれを基準に作ってしまうせいと彼女は言い訳をするが。


「あの、俺はずっと寝ていたんですか?」

温かいシチューにスプーンをつけながら、俺は祥子さんに聞いた。


「ははっ、びっくりしちゃった。来たらドアは閉まっているのに、鍵だけが開いているし、竜彦君なんてうなされたように寝ていたから」

スプーンを口に持ってくる動作が、ゆっくりと俺の目に映る。


「あの、俺一人でした?」

聞かずにいられなかった。


「もちろんそう。もしかして、友達がいたの?」

もしそうなら、ちょっとひどい友達ね、といい祥子さんは再びスプーンをシチューにつけた。


夢は終わった。夏の暑さにやられただけなんだ、あんなことはあるはずがない。


俺は、夕食を食べ終え、そのまま自分の部屋に向かった。


祥子さんは、今日は泊まっていくそうだ。

祥子さんが泊まるのは三度目か・・家をいきなり留守にする父に頼まれた彼女も大変なものだと思いながら、階段を上がった。


台所では、後片付けの音が聞こえてくる。


ドアを開け、明かりのない自分の部屋に片足を入れたとき、半分開いた窓から少しかけた月がわずかな光を放つ。


そして、その月光にさえ透ける彼女の姿がある。

夢では決して無かった事に、ただうなだれる事しか出来なかった。


"女性の視点"


彼が、再び気を失った。

私はそれと同時にあの女性の姿も消えたことにも気がついた。また私は独りぼっちになってしまった、という思考が頭を巡る。


彼もしばらくは目覚めそうも無いと感じた私は、部屋を見渡し二階への階段を見つけるとそのまま足を向けた。

他人の家だということは承知している。でも今の居場所はここしかないと自分に言い訳をする。


人も通り過ぎるこの体なのに、階段や自分の意識するものには乗ることが出来る。


不思議な感覚。ただ、人とふれあい、自分の存在を確かめる手段だけは持ち合わせていない。何て中途半端な存在なんだろうと、再び思う。


二階に上がり、二つある部屋の手前のドアをくぐる。

そこは生活感溢れる部屋だった。


飲みかけの缶ジュース、無造作にたたまれた布団、部屋の隅に転がる漫画雑誌。ただ、意外なのは本棚にきちんと並べられた参考書。

机の上に広がる参考書達。使い込まれたような後があり勉強嫌いの持つ本の状態ではなかった。


「難しい本だよね、これって・・・」

それが本のタイトルから伝わってくる。

しばらくそれを眺めていると、下で物音がした。


彼の家族が帰ってきた?

私は、とんとんっと軽い歩みで階段を下りる。もちろん、音がするはずもない。


階段を降り、角を曲がろうとした私を、何かがすり抜けた。嫌な感覚だ。


振り返ると、肩から提げたか布製の鞄からエプロンを取り出す女性の姿が映った。そして、まだ気を失っている彼のそばにより


「こう見ると、ほんとそっくりだよね」

と、つぶやいた。


母親にしては若い。親戚か誰かだろうか?普通ではない状態になり、人の生活をこのような形で見ることになるとは思いもしなかった。


女性は台所へと姿を消し、しばらくすると調子の良い包丁の音が響く。

私は再び、二階へと足を運ぶ。ここにいるのは、少し私にはとっては辛かった。


会談のきしむ音を聞くことなく、私は再び二階の彼の部屋に再びたどり着く。


窓から覗く夕日は先ほどよりも傾き、夜の近づきを示す。夕日はゆっくりと沈み、空はオレンジと紫の入り混じった色になった。しばらくすると美しいグラデーションが流れ、夜の色を作り出す。


いつしか空は青とも黒と言えない色へと変わり、月の周りだけはうっすらと明るい赤と黄の混じった色が覆う。


一日の変わり様をこんなにじっくり見たのは、生まれてはじめてだろう。


そして今という現実の時間に、私の意識は元に戻され・・

"ガチャリ"とドアの開く音が、私を再び彼に出会わせた。

月光が透かす私の姿は、彼にはどう見えているだろう?


"竜彦の視点"


うなだれた俺は、再び視線を彼女に向けた。

もう見えないで欲しいという、わずかな望みが俺を動かしたに違いない。


でも・・・彼女はそこにいた。

「ごめんね」

美しくも、とても悲しい声だった。


俺の思考が固まる前に、その言葉が俺をさした。


言葉と同時に投げつけられた視線。ひどく疲れたようで悲しくも見える。少し睡眠をとった事と、食欲を満たしたことによる安心感が、抵抗無くそれを俺に受け入れさせた。


「謝ってもらっても、仕方ない」

それは事実であり、彼女の言葉は何の解決にもならないのだ。

俺の言葉を避けるように少し頭を下げ、そしてその視線を窓の外へと向ける。

それは夜の色を作り出し、今はまだ終わることの無いような時間の世界を産み出していた。


「そうだよね・・でもわたしもどうしてこんな事になっているか全然理解できていないから。ただ、今この視界に映る夜は、"普通"だった私が最後に見た空と同じだから」


「・・・・」


「私は本当にどうしたんだろ、本当に。あの時確かに日本へ帰る飛行機の中にいて、まぶしい光に包まれたと思ったら、こんな事になっていて・・」

最後は涙混じりの声だった。


言葉の節々に感情が入っているせいだろう。しかし、その単語の一つ一つが気にかかった。


俺は、部屋の明かりをつけ、そのままテレビのリモコンへとを伸ばす。

黒からグレーそして薄い色がともり、音声が流れ出した。


"・・・この事故の犠牲者は、乗客524人。現在分かっているのは死者516人、行方不明者8人です。次に現在分かっている乗客のリストです”


ニュース番組。アナウンサーが引きつった顔で出してくる名簿の一覧がテレビに流れ出た。


ゆっくりと流れる、縦に並んだ名前たち。

「あっ!」

彼女の声が部屋を包んだ。

名前と年齢が並んだ、そのある部分。彼女の視線が釘付けになっている。


そこには

「佐々木 香里 18才」と書かれていた。

彼女の嗚咽のような声が、その名前を読み上げる。


その文字を何度も繰り返し読む、それが夢であって欲しいと願うかのように。何度もその名前を読む姿に、俺は母が亡くなった頃の小さな自分の姿を照らせずにいられなかった。


"佐々(ささき) 香里(かおり)"それが彼女の名前。今現在、リストで名前確認出来る以外、彼女はどの枠内にいるのかが分からない。


「私は、もう死んでいるの?そうだよね、生きているはず無いよね、だってこんな姿だし、こんな・・・」


"普通じゃない状態だから"


佐々木 香里の目には涙が溢れ、そして頬をつたう。

ただ、ほほから流れ落ちた涙は床を濡らすことなく落ちて消えていった。

「そうだな、普通の状態じゃないよな。だってよ、何にせよ君の名前はあのリストにあったんだから・・・」


慰めもせず、ただ事実しか俺は言う手段が無い。名前も今知ったばかりの女。その前は俺の行く先々に現れ、俺にとって迷惑以外何者でもない。


だから、

「本当にそうだね・・」

それだけを俺はつぶやいた。


佐々木 香里は俺に赤くなった目を向ける。

「ごめんね、本当に。私も何やっているか全然分からないんだ。どうしてここにいるのか?やっぱり私死んでいるんだと思う。だからこんな姿で・・・後悔ばかりしてきたから私。きっとこの世界に未練がましく離れたくないと思っているせいだよね」


本当にそうか?

未練がましいのは何も彼女だけじゃないだろう。同じ現場で亡くなった多くの乗客たち。まだやり残した事なんて数え切れないはずだ。


そんな中。

「何故、君だけが俺に見える?」

「えっ?」

俺は彼女にすり抜けない程度に近寄り、言った。


「確認されているだけでも、516人の人が亡くなっている。君以上に後悔している奴なんていっぱいいるはずだ。それにさ、どうしてここに現れる?」


「それは・・」

困惑の表情。


「俺は今まで君に会ったこともない。もし未練があるなら、親や友達の前とかに現れるんじゃないのか?」

テレビのニュースは、まだ同じ内容を取り上げていた。

その映像の中に、せわしく動くあの男の姿が目に入ったのは・・本当にどうでもいい事だった。


"香里の視点"


彼の言葉は私には辛かった。


確かに普通は親しい家族、友人、恋人に会いたいと、きっと願うだろう

でも、私には特に親しく付き合う友人、もちろんのこと恋人なんていやしない。誰にも干渉されたくなく、自分のすべてを縛る両親にも会いたいとも願わない。


ただ、一人で・・・

「私は一人になりたかったから・・・」

だから見知らぬこんな場所に来てしまったのだろうか?


それなら、あの女性は一体?


「なぁ、一人って面白いのか?」

考えたことなど無い。ただ、楽しいと言う感情なんて得に必要なかったとも思う。私は、そんな人間なんだから。

だから・・・


「どうだろう?考えたことも無いよ。ここに来たのも本当に偶然だし・・・」

「そうか・・・」

彼の表情は特に変わることはなかった。


しかし、本当にそうなんだろうか?この近くに来たのは、確かに偶然だろう。ただ、ここまで導いたのは・・・彼女だ。

一体彼女は何者なんだろう?私は考え込んでしまう。


「まぁ、いいや。身元が分かっただけ安心した。つーか、俺はホントに疲れたからもう寝るよ。ここ最近寝不足で・・」


彼が子供のような大あくびをする。実際まだ大人になりきれているとはいえないかもしれないが。

「私は・・・」

「別にいてもいいぜ。安心しろ、別に手をだすなんてしねぇし・・まぁ、実際触れることも出来ないけどな・・」

彼は、とろんとした目で私を見ている。


「ありがとう・・」

再び彼は大きなあくびをし、何も言わず畳まれた布団に突っ伏した。


"竜彦の視点"


眠れやしない。


こんな状況でベッドで熟睡するなら、ただの馬鹿だよ。

俺は、ベッドの中で自分に言い聞かせる。彼女・・佐々木 香里のあんな顔を見たせいで、俺は逃げるようにベッドに逃げ込んだだけだ。


彼女に恐怖したわけじゃない。ただ、自分がそこにいても何も出来ず、遠目から見ることしか出来ない自分に・・・ただの他人ながらも負い目を感じたのかも知れない。


俺は・・・彼女の姿を再び見ようと顔をあげようとした。

しかし、急に頭がだるくなり、視界が狭まる。まさか、俺は大馬鹿者か?

意識を失ったのはすぐ後のことだった。


"香里の視点"


夜。


本当なら、今ごろは祖母の家に泊まっていたはずだ。


きっと祖母は心配している事だろう。偶然、自分の孫娘が巻き込まれた惨事。私には誰よりも優しい祖母だったから、今はどのような気分でいるのだろう?


私が一人こっちに帰ってくることを快く受け入れてくれた、たった一人の祖母。私は彼女だけには会わないと、という気持ちになった。


でも、どうして私はこんな場所にいるのだろうか?静まりかえった暗い部屋。私はすっと立ち上がり部屋のドアを通り過ぎた。

まだ、物音が聞こえる。先ほどの女性だろうか。


軽い感じで、明かりのともる部屋へと向かう。そして、話し声が聞こえてきた。一階のソファーの置いてある居間に、先ほどの女性がいた。

たしか、祥子という名前だったはずだ。

「・・・そうですか。はい、大丈夫です。そんなに気にされなくても・・・で、そちらのご様子は?・・・そうですか、はい・・・」

電話での会話。


何度かうつむくような姿勢をとりつつ話している。


その女性の表情は次第に青く変わってくる。

「・・あの、あまり無理をなさらずに・・お一人の体ではないのですから・・」

小さな指の動作で、携帯での通話が途切れる。

しばらく女性は青い顔で、下を向いたままいた。

「どうして、自分を責めた生き方しか・・」


一人つぶやく彼女に、私は手を差し伸べたく思った。

何故かは分からない。ただ、本能的とも感情的とも取れない衝動に駆られてしまった。

しかし、私の手は彼女の体を通り過ぎ、人の温かみを感じることは出来ない。

むなしく空を切るこの手を、私は何かに投げつけたく思った。


その時、私の肩にそっと手が乗せられたような感覚が走る。

「辛いのね・・・」

「あなたは・・・」

軽く頭をかく姿勢で、愛想とも取れる笑いを私に向けるあの女性・・・彼以外に私を認識できるあの女性がいた。


「どうして、消えてしまったの?私をここまで導いたのはあなたでしょ!」

「そう。導いたのは私。でもね、ここまで来て自分の現状を理解しようとしたのはあなた自身。私は不安定なあなたを見ていられなかったのよ」

「ふざけないで、私はあの事故で死んでしまったんでしょ!だからこの姿・・これが・・・これが死んだってこと・・・」

彼女が少し困ったような顔つきに変わる。ソバージュの髪が邪魔なように映った。


「あなたは、正確に言うとまだ死んでいないわ。死と生の狭間であなたは彷徨っている・・・」


"まだ死んではいない"


その言葉は、強く私を打つ。

「見て・・・」

瞬間。

居間に置いてあるテレビのスイッチが入った。

そして、聞き覚えのあるニュースキャスターの声が耳に入る。


それを見た祥子さんが少し慌てたそぶりで"あらっ、私リモコンなんて触って・・"と言っている。

パッとテレビが光った。

"速報です、生存者が発見された模様です。持ち物から、発見されたのは・・"

「まさか・・・」

私は食い入るようにテレビに見入った。

"佐々木 香里さん・・・18才ということです"


「ねぇっ」


ソバージュの髪をかき上げた女性は、ニッと私に向けて白い歯を見せる。

「"嘘"じゃないでしょ?」

私の両目には先ほどと違う涙が溜まっていた。


私はまだ生きている、それを初めて感じた瞬間だった。

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