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【落ちた天使】

過去、私は思い出す。

"女性の視点"


深い闇の中、私は父と母の訴えるような言葉にならない視線を受ける。

私の意志は固く、それを受け入れる気にはどうしてもなれなかった。

「私には、自分の考えがあるの」

それが私の導き出した、一つの答えだった。

やがて時間を持たない闇は薄れ、私は現実という闇に目覚めた。


夜。


視界に入った世界は、月夜に照らされた少し濁った雲だけだった。

私は日本へと向かう、旅客機の中で私は目を覚ます。

でも、やっと帰ってきたと、と思う気持ちにはなれなかった。


あの夢の中で見た、人の顔。


それは決して、妄想なんかじゃない。ついさっきまで語り合った私の両親の顔だ。

「なぜ残る必要があるの?」

それが、両親がたった一つ私に向けた疑問であり、私に向けた非難の視線だった。

ここには、まだ捨てられないものがあると私は考えている。

今の自分がいるべき場所だとも考えている。


瞬間。


「ボンッ!」と小さな音がしたかと思うと、雲が明るく闇に光ったような気がした。そして私の後ろの方から様々な悲鳴と思える声が聞こえる。

何を慌てているのだろう?


この空の上で慌てて、一体何ができる?


私は不思議なほど冷静でいた。そして、機体の角度が変わった。

流れる風が髪を突き抜ける。


「私は今飛んでいるんだ」


私は今初めて、そう思うことができた。


"男の視点"


朝。


けたたましく目覚し時計の音が響く。夏休みに入ったというのに変な習慣だけは消えないものだ。


休みに入ったことに少し気分が高揚し、普段よりもさらに深夜まで起きていたせいかもしれない。宿題は当然進んでいない。


夜更かしのため、体に疲労感がまだある。

しかし、この時間に目覚めたのは自分だけではないようだった。

下の階から人の忙しく動く気配が伝わってくる。


誰かは分かっている。

この都心から少し離れた郊外に、小さいながらもしっかりとしたつくりの家。ここには、5年前から自分とその父親しかいない。

けだるい体を起こしTシャツと半パンといった、いかにも寝起きといった姿で下の階に下りた。


そして、父がいた。

父は、小さな旅行バックに自分の下着などを詰め込んでいる。


「これから、仕事で出かける。かなりいぞぎの仕事でなしばらくは帰ることができないと思うから・・・」

そして、そのまま家を出て行った。


父は、近くの総合病院で医者をしている。

なにかと交友関係が広いらしく人手が足りない病院などに、都合があれば赴くといった具合だ。俺はこの父に尊敬などといった視線を向けたことはない。

"母を見殺しにした男"にどうしてそう怒り以外感じることができるだろうか?


居間の降りた俺は、テレビのリモコンを取りボタンを押す。

電源の入ったブラウン管の画面には、映像の上に大きく白文字で見出しが書いてある。


涙を流し訴えかける老婆。言葉にならない叫びをあげる男性。

すばやい画面展開と共に、白字の大きな文字が映し出された。


「旅客機墜落!」


白文字は画面にこの言葉を写していた。

俺はそれを見て、父がどこに向かったかがわかった。この現場に向かったのだ。

あの偽善者は証拠にもなくまた偽善を振りまきに向かったのだ。


人の命を救う仕事だと、あの男は俺に言う。

本当に大事なものも救えない男の台詞だった。俺は医者にだけは決してならないと心に誓っている。

それが命を落とした母へのせめてもの誓いだった。


テレビの音声だけが、耳に入る。どこのチャンネルを回しても同じ内容だった。

同じ映像が何度も繰り返される。その中で一瞬画面が切り替わり、レポーターの大きな声が聞こえた。でも俺はその声に背を向け家を出た。

遠くの出来事にしか感じることができなかったからだ。


夏の日差しが、体から汗をにじませる。体を不快な感覚が俺を包んだ。

そんな俺の横を水着の入った鞄を持ち走り抜ける子供の姿が目に入った。


夏、高校生活の最後の夏休み。俺、(みさき) 竜彦(たつひこ)は近くの比較的程度のいい大学を受けることになっている。

まあ、これでも頭は学年でもいい方だから、そんなに無理をしなくても楽勝だろうと勝手な自信を持っている。

そんな俺の姿をみて、友達はさらに上の医大にでも行けばいいのにと勝手なことを言ってくる。


それは一番の屈辱的な台詞だった。


蝉の声がうるさくない程度に閑静な住宅街を包んだ。

のどが渇いた俺は小銭を取り出し、自販機の前に立っていた。


いつもと同じ夏。誰も変わらない夏。母のいない夏。


すべてが同じ夏のはず・・だった。

ふと気配を感じ振り返った俺の視線にそれは映っていた。


"女性の視点"


私は一体どれくらい寝ていたのだろう。

気が付いたときは深く大きな闇が辺りを包んでいた。


ここには私しか存在しない。


私の後ろに座ってた親子連れ、隣の席の出張帰り風のサラリーマン、彼らは何処へ行ったのだろう?

それとも私だけがここに来てしまったのだろうか?分からない事だらけ。

でも、意識ははっきりしていた。


私は、僅かに注ぎ込む光を探すかのように闇の中を走り抜ける。恐怖という感情ではない何か大きなものから私は逃げ出したのだ。


そして、闇を抜けた。


辺りは夏の日差しが差し込み、気を使う程度に蝉の声がしていた。


閑静な住宅街、私は見覚えのないこの場所に戸惑いを隠せない。

その目の前には、一人の男性の姿が映る。まだ少年だろうか。

逆光のせいで影がはっきり黒になり顔までは見ることができない。


私は、彼に近づく。ここは何処で、あなたが何者で、私は何故ここにいるのかという彼も知らないだろう事を尋ねようとしていた。


やはり若い男だった。年齢は自分と同じぐらいに感じる。短く刈り込んだ髪型が多様の光に照らし出されていた。その人は私に気づくなり口を半開きの状態になった。何か言おうとしても、声にならないという感じ。


私は彼に、確かめるように一歩ずつ近づいた。


"竜彦の視点"


不意に近寄ってくる女に、俺はたじろいだ。

夏の日差し透けそうな白い肌、いや実際に透けて見えぼんやり後ろの風景が見えている。人の姿をしているが、そこに生存しているのか俺には判断のつけようがない。


子供の頃見ていた「あなたの知らない世界」の映像が頭をよぎる。

今の俺はとても情けない顔をしているに違いない。


でも、目の前にいる女の姿には恐怖を感じない。

あくまで普通の視線を俺に投げかけていることもあるが、ショートカットの髪が風になびいているかのように映る姿は、美人というより可愛いと感じる少女だった。


だからこそ俺は困惑した。


現実、空想、そんな事はどうでもいいと感じる。

今のこの目の前の映像さえ現実という判断を出す導きに思えなかった。


少女は俺に向かい少し歩み寄る。そしてその小さな口が開いた。

「ここは飛行機の中じゃないよね?」


ほんのりと赤く染まった口から出た言葉。俺は理解できていない。彼女が何を言いたいのか。ただ、俺が答えることができることは、一つだった。


「違う。ここは小竹向原だ。飛行機の中じゃない・・・」

俺のナンセンスな台詞に、今度は彼女の方が表情が困惑しているように見えた。


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