1.稼働前日(前編)
"アリフェレット異海譚"の箸休め程度にどうぞ。
私もアリフェレット異海譚を書くモチベーション維持も兼ねて、気分転換で好き勝手に書き綴っていくつもりです。
海外産TCAGである"Glory of Spellcaster"――通称GoS――が稼働から二十周年を記念して、VR技術を用いた新作を発表した。
前作との互換性は一切なく、その代わり既存のカードをリメイク。そして新しいカードも順次追加していくとのことだ。
この世界初のVR技術を用いたアーケードゲームは日本にもローカライズされて、筐体が設置されるらしい。そんな話題を、僕は悪友と下校中に駄弁っていた。
「ついにVR技術がゲームに使われる時代がきたね」
「VRMMOはまだまだ先らしいけどな」
VR技術と言えば軍事利用や医療現場で少し使われていたくらいでしかなく、一般人が気軽に体験できるような技術じゃなかった。ある意味謎に包まれた技術がようやく一般人に御披露目されるというわけだ。
僕は昔からTCGが好きで、特に外国産TCGの写実的なイラストに惚れた。日本のイラストも勿論好きだが、まぁその辺は個人の好みだろう。
僕の悪友はイラストではなく、TCGの競技性に惚れて今では夏休みを利用して海外の大会の常連と化している。その時は僕も一緒に連れて行ってもらっている。けっこうノリのいい人が多く、ジョークを交えながら話すのは楽しいんだ。
「GoSは夏休みしか触れなかったからね。日本でも筐体があればなぁ……」
「まぁ、それも今日までだぜ! なんたって明日からはこっちでも出来るんだし」
新作"Glory of Spellcaster 2ndworld"――通称GoS2――の稼働が明日であり、開店前から近くのゲーセンに並ぶつもりだ。丁度高校も明日から夏休みだし、タイミングはばっちりだ。
余談だけど海外で行われたロケテストも夏休み中に行われてたから、さりげなく僕たちも参加している。感想を言うなら、何と言うか、もうほんとすごい。
前作と違いアバターを作成して、それが仮想空間内の自分の身体になる。MMORPGで言うならプレイヤーキャラと言ったところかな。
そして廃れた遺跡や鬱蒼とした森、障害物の無い平原といった舞台で魔法を駆使して対戦相手と戦うのだ。三回ほど並んでプレイしたけど、相手によって戦い方が違うのでマンネリになることもなかった。
「駿! 一緒に帰ろ」
「おわっ!? き、急に話しかけてくるなよ沙織……」
「はぁ、どうせ例のVRゲームに舞い上がってたんでしょ?」
「まぁな」
悪友である駿の彼女、沙織が後ろから声をかけてきたようだ。僕、駿、沙織の三人はいわゆる幼馴染というヤツで、僕の知らない間に二人が付き合っていた。
どっちから告白したのかと聞けば二人して顔を赤くしながら押し黙るので、真相は謎のままだったりする。
「良哉も悪乗りしないでね」
「はは、善処するよ。と言うか僕も舞い上がってたから何とも、ね」
「もう! 二人して夏休みは高飛びしちゃうんだから。少しは私の身にもなりなさい」
「「高飛び言うな」」
まるで犯罪者みたいな言い方は勘弁してほしい。それに沙織から逃げてるわけじゃないし。
「そんなに面白いの?」
「勿論! 何なら沙織もやるか? ロケテストも経験済みだからバッチリ教えてやるぜ」
「実は妹がやりたいって言ってるから、それに付き合おうかなって……」
「あれ? 理沙ちゃんが?」
僕は思わず聞き返した。沙織の二歳下の妹である理沙ちゃんはゲーム好きだ。けれど、それは国内産ゲームに限った話であって洋ゲーは苦手だと言って気がするんだけど。
「世界初のVRゲームだからやりたいって」
「なるほど。やっぱりVRは魅力的なんだね」
「当然だろ。なんてったってゲーマーが夢見たことの一つだからな!」
一時、VRMMOを題材にしたアニメやゲーム、ラノベに漫画が流行ったくらいだ。そりゃ注目もされるか。
「じゃあ俺らはこっちだから。明日、朝六時に"ベルケン堂"な」
「また明日ね良哉」
「了解。それじゃあまた明日」
朝六時か。本気で並ぶつもりだな駿。なら少しベルケン堂に下見に行くかな。
待合場所になったゲームセンター、ベルケン堂に向かって足を進める。もしかしたら筐体だけでも置いてあるかもしれない。運が良ければスターターパックも売ってもらえる可能性も……。
そんなありえない妄想ができるあたり、予想以上に舞い上がっているみたいだ。まるで遠足前日の子供だよね、これじゃあ。
「ん? あれ?」
ベルケン堂まで辿り着くと、何やら人集りができている。集まっている人はしきりにスマホのカメラで何かを撮っているようだ。う~ん、誰か有名人でも来てるのかな?
更に近づいてみると、サインを貰っている人もいるようだ。なるほど。誰かのサイン会か。運がいいなぁ、なんて思いつつ誰のサイン会かなと前の方に居る人物を見る。
「へ?」
「あら、良哉くん」
サイン会を行っている二人の内一人は思いっきり知ってる女性だった。と言うか僕や駿と同じく海外の大会の常連だった。それも国内でも数少ないプロプレイヤー。
僕が彼女の知り合いと知るや、周りから嫉妬の視線に晒される。中には僕の顔を見て驚く人もいるけど。
「茜さんのサイン会だったんですか」
「プレイヤーじゃなくて声優としての、ね」
「あぁ、何かのゲームのイベントですか」
ついでにサインを貰おうかな、なんて思ってたらベルケン堂の店主が僕を呼んできた。
「なぁ良哉くん。ちょっと茜ちゃんとコレでエキシビションマッチの相手をしてくれないか?」
そう言って指し示すのはGoS2のVR筐体。え、ちょ、マジですか!?
「いいんですか!? 稼働前日ですけど、やっちゃっていいんですか!?」
「勿論だ! 君のことだから駿くんとロケテにも行ってきたんだろう? 本当ならあの娘がやるはずだったんだが……」
店主が言うにはサイン会の〆として、明日稼働の対戦アーケードゲームの主役を演じる女性声優二人によるGoS2エキシビションマッチを行う予定だったそうだ。
事務所としても二人を全面的に売り出したいということなので、練習がてら昨日の内に対戦をやったそうだ。
結果は茜さんの圧勝。三回やっても茜さんにダメージすら入れられなかったらしい。
「それでどうしようかと思ってたところに有名プレイヤー様が通りかかった、と言うわけさ」
「わたしとしても手加減をしたつもりだったんだけどねぇ」
何せ賞金を狙ってガチ勝負の世界を渡ってきた人だ。いくら手加減しようと素人が簡単に勝てるはずがない。
「茜ちゃんが強いことは知ってたけど、ここまでとは思わなくて……」
「明日香はゲームが苦手だからねぇ」
更に詳しく聞くと事務所側はここまで実力差があることは知らなかったと言う。まだまだ競技性のあるカードゲームが日本で浸透していないため、所詮はお遊びという意識が強いのだろう。
俺としては正式稼働前に遊べるから文句なしなんだけど。
「え~と、明日香さんでしたっけ。僕が代わりにやっていいですか?」
「はい。お願いします! 私はもう昨日やりましたので」
本人の許可も取ったので、これで問題はほとんど無い。ただ茜さんと明日香さんの対戦を楽しみにしていた野次馬はブーイングを上げていたけど。
しかし少数、さっき僕の顔を驚いて見てた人は納得の表情をしていた。多分僕が大会の常連ということを知ってるんだろう。
「茜さんはアバターカードの設定は終わってるんですよね?」
「えぇ。良哉くんは設定が必要ね」
「あぁ、いや。実は持ってるんですよ。設定済みのアバターカード」
そう言って財布からお守り代わりに入れていたアバターカードを取り出す。このアバターカードに自分のアバター設定、勝敗数や勝率などのデータが入っている。
そしてこのアバターカードはロケテストの記念として貰ったものだ。茜さんのアバターカードは日本語で書かれているが、僕のアバターカードは英語だ。
「ロケテのアバターカードね」
「そうです。アバター設定はロケテから変えるつもりが無かったそうなので、もらってきました」
筐体に設置されたカプセル型のVR機に入り、シートに腰を下ろす。さて、ロケテスト以来のGoS2だ。思いっきり楽しませてもらおう。
本編では結構カードゲームの用語が出てきます。
この用語の意味が分からないというのがありましたら、感想で教えてください。
用語集の方へ載せますので。