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吉報

今晩の夕食はカレーだったが、味は感じられなかった。今日は薄味なのか。自分の部屋に戻る。開け放たれた窓から月の光が差し込んでいた。ギリギリに耐えられなくなった体が軋む音が聞こえる。どうしようもないこの現状とあの透明な男の正体が一体なんなのか考えなければならない。さらにこの情報を月花や小鳥遊に伝えた方が良いのか悩んでいた。しかし、悩めば悩むほど苦しくなってくるもんだ。こういう時は何も考えずに呑気なことを思えばいい。窓の上に顔をのせて街の風景を眺める。電柱にぶら下がる灯の下で鞄を下げた人が歩いている。後ろで影がついて回る。騒音の響く一軒家で踊る人も見える。洗濯物を抱えてベランダの外に下着姿で立つ人も見える。この街はこの街だ。月光の下で渦を巻いて生きている途中に誰かの来訪によって崩されていく。喪失感が襲い来る。波の音が聞こえてくる。近くに海はないが引いて戻る。繰り返し聞こえるこのノイズに耳を傾ける。誰もが気にせず、通り過ぎていく風景に一人ほくそ笑む。涼む風に嬉々として迎えの挨拶をする。この無様な負け犬を嘲笑いに来たのか。遠路はるばるようこそといいたいところだ。何かと思えば今日の月はなかなか綺麗じゃないか。フクロウの鳴く声か鵺の声かそんなことはどうだっていい。構わない事実で、享楽的に生きて楽観的に死のう。小型の爆弾を抱えてあの電波塔に落としてみせた。結果としては変わらないが心のどこかが満足気に笑う。散々な結果を残した月と花がグルグルと回って落ちていく。内臓を駆け回る四角い物体の正体など誰も興味はないのだ。憎悪の対象はその復讐者によって回収された。きっと今頃展覧会でも開かれているのだろう。全ては推測でしかない。人はそれを妄想とする。幻を見ているのだと知る。彼らの存在と俺の関係性は全くといっていいほど皆無だ。ゼロに等しい。気にするほど無意味だ。鼻を通る風が頭の中に入る雑踏を消し飛ばしてくれた。喉に風が吹く。さらばだ、希望の星よ。両手を掲げて別れをいう。肌に残るざわめきはさざ波に触れて、身震いが止まらなくなった。余韻がまだ恐怖を駆り立てているのか。逃げられないと覚悟を決めなければいけない日が来てしまったのか。少し早すぎたと感じた。

 窓に置いた手と顔を下ろして、ベッドに潜りこむ。暖かい。ここが俺の場所だ。安心して眠りにつこうとする。閉め忘れた窓のことを思い出した。妙な不安が喉を走る。出るか。出ないか。窓を閉じなくても問題はないのは分かる。侵入してくるとしたら虫ぐらいだろう。運が悪ければ鳥なんかもありえる。さらに最悪な場合は酔っ払いの投げた缶ビールが入ってくるくらいだ。得てして気にするほどのことでもないか。それよりこの睡魔が強い、強すぎる。眠い。眠たい。ダメだ。眠れない。あの窓のことが気になって仕方がない。腕を伸ばして鍵を掛ければいいことは理解している。だが、それが億劫なんだ。腕を伸ばして位置を探る。窓枠を指でなぞると埃の感覚が伝う。指をこすって埃を丸める。ざらざらとしたそれに嫌悪の感情を浮かべるが止まることなくなぞる。やっとステンレスの冷たい感覚になった。さらに上へと昇っていく。慣れた触感がしたと思うと、横に動かした。一旦何かに詰まる。不思議に思ったが構うことなく横に動かす。やっと止まった。安心して鍵の位置を探る。回らない。窓の鍵が十分に回りきっていない。これはちゃんと閉まってないな。掛け布団をどかした。窓辺にぼさぼさのあの少女が立っていた。

「あっ。」思わず声が漏れる。見下ろすように俺を見るその子は俺の顔を踏み台にして部屋に入ってくる。痛い。最高だ。右手に持つ刃物に目を向ける。あれ、俺殺されるのかな。


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