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交渉

「久しぶりだな、月花。」

「久しぶり?一昨日出会ったはずだろ。」

月花はニヤリと笑った。

「惚けたふりがうまくなったな真田。」

真田と呼ばれたその男は再び消え、辺りに静寂が訪れた。月花がため息を一つつく。

「まったく素直じゃない奴め。」

耳元で風の音がした。その瞬間、先程まで月花の玉座だったものが霧と化した。木の床は飛び上がり真っ二つに割れたかと思うと粉々に砕け散った。宙にまった赤月の体は地面に叩きつけられた。呻き声を上げて立ち上がる。そこにはバラバラになった廃校舎と腕を組んだ月花がいた。

拍手の音が聞こえる。振り返るとそこには余裕な表情を浮かべた月花と背中で息をしている真田が立っていた。

「前より強くなってるな。」

真田は悔しそうに歯ぎしりをした。その目は確実な殺意が込められているようには見えなかった。ただのじゃれあいと捉えてよさそうだ。だが、安心はできない。廃校舎が一つ吹き飛んだのだ。誰が気づいてもおかしくはない。しかし、人一人窓から顔を出す者はいない。一体何が起きているんだ?赤月の頭は混乱していた。

「毎回直すのが面倒なんだ。もう少し大人しくできないのか。」

月花が手を叩くと砕けた廃校舎は元の形へと姿を変えた。

「便利な技だな。」

真田は笑うように言った。

「まあな。」

怠そうに廃校舎の玄関に立つと奥へと入って行く。その後ろに真田と赤月が並んだ。月花が背中を向けながら話す。

「今日は何の用事があってきた?交渉と言っていたが。」

「透明な奴のことだ。」

月花は笑う。

「透明なのは君のことじゃないか真田。」

足を止めて、月花を見る真田の目は復讐に燃えていた。

「仲間の一人が殺されたんだ。ふざけたことを言うな。」

止まった二人はしばらく見つめあったあと、何事もなかったように歩き始めた。靴の音だけがボロボロに朽ちた校舎の中に響いていた。

 二人はその後も黙ったまま部室に戻り黙ったまま椅子に座った。そして黙ったまま見つめあうと、真田は透明になって消えた。どうやら交渉は決裂したようだった。踏み込んではいけない何かを感じた。月花を見ると満足気な顔で足を組んで座っていた。そもそも交渉に応じる気などなかったのだろう。赤月の目にはそう見えていた。

 授業を終えるチャイムが鳴る。赤月は立ち上がると部室を後にした。終始無言の空間に耐えることができなかったのだ。廃校舎を出て、教室に向かった。階段を上る途中、声を掛けられる。阪峰だった。

「赤月君?何してるの?」

阪峰の目が細くなった。

「確か、保健室に行ったはずだよね?」

背後の窓から差し込む光が阪峰を照らしている。その光は階段まで伸びて、黒く薄汚れた校舎の床に映っていた。

「保健室ってこっちだっけ?もしかして、さぼり?」

阪峰の目は広がり、赤月をより中心へととらえる。赤月は口を開こうとしていたが、その口は動かそうとすればするほど、硬く結ばれていった。なるべく阪峰を見ないように必死に当たりのコンクリートを目で追っていた。ゆっくりと阪峰の高さが下がっていく。その度に赤月の高さも下がっていった。視線をずらさず、一歩ずつ近づく。赤月は背後の壁に気づかないまま後ろへと下がる。じりじりと近づく阪峰に恐怖心を抱いていた。

「いや、別にそういうのじゃなくてさ。気分が悪くなったから保健室に行こうと思ったんだけど、突然外で爆発音がしたからもうそれどころじゃなくなって、もうあれがそれで。」

すらすらと並べられる嘘に対して阪峰の表情は変わることはなかった。きっとこれはばれてしまった、赤月はそう思った。しかし、現実は違ったみたいだった。

「そっか。それならよかった。」

阪峰は微笑んでいた。階段を上る阪峰のあとを追うように赤月は歩きだした。

 砂埃を残したままの部室の上を履きなれたスニーカーで歩く。月花はいつも通り足を組んだまま椅子に座っていた。窓の隙間から差し込む光は彼女の影を地面に作っていた。彼女の顔を見たが何を考えているのかはまったくといって読み取ることは出来なかった。ただ一点を見つめて動かずにいた。

 ドアが開いて小鳥遊が笑いながら入ってくる。

「月花、今日もやりすぎだよ。またいつものかって先生、溜息ついてたよ。」

しかし、月花の表情を見ると小鳥遊はすぐに口を閉じた。ただならぬことが起きているのを感じ取ったらしい。一点だけを見つめ動くことのなかった目がじろりと動き小鳥遊を確認すると話始めた。

「小鳥遊。鷹ノ崎が殺されたよ。犯人は未だに捕まってない。現在も鷹ノ崎の姿をしているかもしれないし、もうすでに違う姿になっているかもしれない。」

小鳥遊は少しひきつった笑みを浮かべた。

「それってどういうこと?」

月花の表情がこわばった。敵意と殺意を混ぜた顔をしていた。赤月は思わず一歩下がってしまった。

「で、でも私この前鷹ノ崎と会ったよ。話しもしたよ。もしかしてその時すでにもう…」

「そうだよ。」

黒い月花の瞳は光の差し込む窓を眺めていた。静かに舞う砂埃が照らされてまるで雪のようだった。

「私、今日はもう帰る。」

小鳥遊の震える声が聞こえてきた。ボロボロになった木の床をきしませながら小鳥遊は走り去っていった。彼女なりに鷹ノ崎について思うことがあるのだろう。足を組んだまま座っている月花に赤月は一歩近づく。

「あのさ。」

「なんだ?」

一度、呼吸を整えると赤月は話し始めた。

「何が起きてるのか説明してくれないか?」

月花は深いため息をついた。そして、赤月を振り返って目をじっと見つめた。そして、白い歯を見せてニコリと笑った。

「それが出来れば苦労しないよ。」

そういうと椅子から立ち上がった。そして、何歩か部屋の中を歩くと窓際に立ち止まった。外にいる何かに気づいたらしく、手を振った。

「もうすぐ、阪峰が来る。小鳥遊はもう少し傷を癒す必要があるだろう。だが、私たちは止まってはいられない。赤の組織だけでも面倒だったのに他の勢力まで加わってくるとはな。まだ、勢力とは決まったわけではないがな。もしかしたらただの殺しが趣味の変態かもしれん。次に殺されるのはお前かもしれんぞ、赤月。気をつけろよ。」

赤月は首を縦にふった。そうすると、月花は今までにないほど優しい笑みを見せた。

 軋むドアを開けて阪峰が入ってきた。事態を把握していないのか目をぱちくりさせて呆然と立っていた。

「何かあったの?」

月花が口を開く。

「鷹ノ崎が殺された。」

阪峰は少し黙ったあと、ぷぷっと吹き出すと笑い始めた。

「何言ってるの月花。冗談にしても下手すぎるって。」

月花はそっと笑みを浮かべ、

「そうだな、私にはセンスがないみたいだな。」

そう言うと、部屋から出ていった。

気まずい空気が流れる。後ろを振り向き、阪峰をじっと見つめる。

「冗談じゃないんだよ。」

口から漏れた言葉がこれだった。自分のセンスのなさを悔やんだ瞬間だった。

「知ってるよ。」

阪峰はそう言った。

もう分からん。

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