暗い部屋でみたのは
窓の向こうから見つめ続けているあいつが現れてから何日が経ったのだろうか。手元にある時計は止まってしまっている。定期的に部屋の前に置かれるご飯を取りに行くときもあいつと目を合わせ続けなければならない。いや、この言い方だと少し語弊があるかもしれない。奴は顔を背けると近づいてくる。今分かっていることといえばこのくらいだ。あいつが一体何者で目的はなんなのか分からないが、とにかく危険な存在であることは間違いない。目をつむっていても近づかれないというのはありがたい設定だ。おかげで夜は眠れる。ぐっすりとは言わないが奴から顔を背けない程度のことなら容易だった。固定された首は最初こそ苦しかったが慣れてくると感じなくなっていた。これを慣れというのかそれとも麻痺というのかは分からないが正常ではないことは分かっている。どうしてこんな状況になってしまったのかも分からない。分からないことだらけだ。唯一の救いは奴の姿がそこまで怖くないことだ。一つ目ではあるが猫の形をしている。鉄のように光るあの体は美しい流線形を見せつけていた。まるで流れる水が命を持ったようだった。眺め続けることはそこまで苦ではなかった。だが、狙われていることは薄々だが感じていた。階段から上がってくる足音が聞こえる。あれは母の足音だ。起きてから数えて二回目の食事だ。おそらく昼食だろう。外の明るさからもそうだと分かる。ドアの向こうからお盆の置く音が聞こえてくる。手を後ろに回しドアを開く。手探るで皿を探す。フローリングの木の床の感覚が手に伝わってくる。右に動かすとそこには触り慣れた壁紙の感覚があった。違う、こっちじゃない。今来た道を振り返る。今度は左だ。埃の溜まった床を指でなぞる。底を転がす、まるで釣りをしているようだ。そうしている内にお盆の淵にあたる。触れた感覚を逃さないように他の指たちもそれに並ばせる。ゆっくりと盆を手繰り寄せると体の前まで運ぶ。そして皿に置かれたおにぎりを口に運んだ。酸っぱい梅の味が口の中に広がった。今日は梅か、そう思うとにやりと笑みを浮かべた。喉に引っ掛かる米粒をペットボトルに入った水で流し込んだ。腹が膨れると次第に瞼が重くなっていった。理性が働かない。いつもと違う感覚。頭がグラグラする。世界がかすんでいく。
目を覚ましたのはカラスの鳴く夕暮れ、時間は午後五時くらいだろう。窓の向こうにいたあいつはいつの間にか消えていた。ほっとしてなでおろした胸に違和感を感じた。間違いないこれは自分の体ではない。乗っ取られたのか。腕よ動け。命令するが反応はない。完全に支配されてしまったのか。誰の仕業だ。何が目的でこんなことをしている。必死に考えるがそれも空しく頭を走る電気が無意味に流れるのを感じ取るだけだった。だが視界だけは自分のものだ。間違いない。この景色は自分を操っているやつの見ている世界は見ることができる。視界に映っていたのはいつもの自分の部屋のドアと一体のマネキン。さっきまで座っていた場所に置かれている。瞬時に察してしまった。間違いない。このマネキンは自分自身だ。体を乗っ取られたのではない、コピーされたのだ。そしてコピーされた本体の方はマネキンとなる。ただの寄生ではない、存在自体が盗まれてしまったのだ。こいつの目的がなんなのかは分からないがとにかく嫌な感覚が体を走っているのは分かる。今後はこいつの行動でも観察しておくか。ただ見えるだけってのが痛いけどな。
2日たって起こしたことといえば俺の体だったもの、つまりあのマネキンを学校のトイレに置いたっていうだけだった。小鳥遊と出会ったがあいつは正体に気づくそぶりすら見せなかった。それだけ擬態が上手いのか。少し関心した。




