赤マントさんⅩⅤ
1人布団の上。カーテンから漏れる月明かりを眺めている。あれから歩いて家に帰り、今に至る。結局彼女か何を伝えたかったのかは何一つ分からなかった。突然記憶がなくなってしまったらしい。そんな話は今の今まで聞いたことはなかったが現実に起きてしまったのだから信じるしかない。それにしても今日は色々なことがあった。転校した先に昔の知り合いがいたなんて天文学的確率、運命のようなものを感じた。自分の犯した過去の誤ちに立ち向かわなければならない時がきたというのだろうか。神はまだ死んでいなかったのだと思い知らされた。明日からどういう顔をして学校へ行けばいい?どう行動すればいい?何故ここにきてまでこんな気遣いをしなければならないのだ。ただ静かに暮らしたいだけだというのに。布団から飛び起き、電球からぶら下がった一本の紐を引っ張った。こんな気分じゃ安眠することすらできない。外の空気でも吸いに行こう。本棚に投げた鍵を拾い、階段を降りる。リビングから光が漏れているのが見えた。妹がまだテレビを見ているのだろう。一声かけて出かけるとしよう。リビングに近づいた途端異変に気づいた。そこにいるのは妹ではない他の誰かだった。もしかして強盗か何かか?それにしても大胆だ。他人の家に電気を点けたまま侵入するとは相当な自信の持ち主だ。ポケットの携帯を握りしめゆっくりと背後に近づく。足音を殺し相手に気づかれぬように全身の神経を足先にむける。その時、無線の音が相手から聞こえてきた。会話の雰囲気から送り主は相手の上司かららしい。赤いフードを被った相手は一度頷くと足早に姿を消した。まるで火の消えるような消え方だった。奴の正体はなんなのだろうか。俗にいう幽霊というやつか。疑問だけが頭に残り、なんともいえないもどかしさが襲う。ため息を一つついて黒いスニーカーを履く。月明かりの差し込むドアを開け、外に出る。空にはコンパスで書いたような月が浮かんでいた。
コンクリートと靴の擦れあう音を鳴らしながら夜の街を歩いた。白い壁の続くこの街を街灯と月が照らす。ふとしたところに人影が見えた。背の高さは自分と同じくらいか、それより少し高いか。頭はフードを被っていた。暗さで色はよく見えないが、おそらく紫色だろう。ついさっきの赤いフードを被ったあいつとは別の人物だ。まるで誰かをまちぶせるかのようにそこに立っていた。すれ違う瞬間どこか懐かしさのようなものを感じた。振り返って声をかけようとしたが何かがそれを防いだ。気にするなと必死に頭が訴えかけていた。振り向いた体をねじり、再び足を動かした。やはり夜の街はいい。誰もいない道路。こちらをじっと見つめる黒猫や点滅する街灯。どちらかといえばこの雰囲気は好きだ。
満足するまで歩いたあと、ポケットに入れた携帯を見るともう既に一時間が経過していた。近くに公園を見つけ、ブランコに腰掛ける。少し揺れていると隣から錆びた鉄の軋む音が聞こえてきた。ゆっくりと首を横にするとそこには目の真っ赤な女性が座ってこちらをじっと見つめていた。少し震えた声で話しかける。
「あ、あの何か用ですか…」
語尾になるにつれて消えるような声になっていた。彼女は黙ったまま、じっとこちらを見つめていた。この場所を離れたいが、一つも動くことが出来ない。まるで蛇に睨まれた蛙だ。彼女は口を震わせながらかすれたような声を出した。
「ひ…ひさ…しぶり。」
誰だこいつは。顔も見たことないし、声も聞いたこともない。そんな人間から久しぶりというれても困る。記憶の海の中から今まで出会った人たちの顔を浮かべたがどれにも一致しない。彼女は震えた足で立ち上がると「ごめんね。」と一言呟いて立ち去っていった。一歩一歩進む彼女を俺はただただ見つめるしか出来なかった。ここで肩を貸したり、イケメンボイスで「家に来いよ。」なんて言うことが出来るような人であるならば、こんなところで1人散歩しているという事実さえ違っていたのだろう。ボロボロの女性を見ることしか出来ない低脳な自分に面倒臭いくらい嫌気がさした。




