赤マントさんⅩⅢ
小鳥遊。そういう名前らしい。教室で待っていろと言われてかれこれ三十分以上は経っている。運動部が声を張りながら青春の汗を流している中、俺はこうして一人窓の外を眺めて無駄な時間を過ごしている。一体あの小鳥遊という女子生徒は何の用事で俺をここで待たせているんだろうか。それにあの目は何かある。俺の中で警笛がなっている。隣街から来たというだけでなにか問題があるのだろうか。いや、そういうわけではなさそうだ。それよりも現在進行形で気になることがある。背後に立っている一人の女子の存在だ。阪峰さゆり。リコーダー事件の被害者。そして、俺は加害者だ。間違いなく俺は彼女のリコーダーをなめまわしていた。飴のようになめまわしていた。気が狂ったようになめまわしていた。恋というものは時として人をおかしくさせる。たいていの場合はよりまともなのだが。それは置いといて、恋というのは病気であると俺は信じている。恋をしている時はなぜか相手の顔が以上に可愛く見えてしまう。ふと正気に戻ると、なぜ自分はあのような小娘に心を寄せていたのかと自分を疑いたくなる。そうやって人々は成長していくのだろう。だから、今俺の背後でもじもじしている女生徒のことはそこまで可愛くない、そう言える自信がある。と言うとそれはまた嘘である。あの女生徒自体それなりの容姿の持ち主だ。誰がどう見ても美人である。趣味の合わない人もいるかもしれないが、それは少数派であろう。間違いなく綺麗な顔立ちだ。俺自身、迫られれば何一つためらいなく彼女に身を捧げてしまうだろう。きっと男達の人気も高いはずだ。それなりの付き合いは終えている。さて、そんな彼女がもじもじしながら後ろにいるのはなぜだろうか。俺は刺されるのだろうか。仕方がない。なにせあの阪峰のリコーダーを蛇のように、いやらしく妖艶な舌で舐めつくしたのだ。数ミリ薄くなっていたとしてもおかしくないくらいの勢いで舐め回していた。さあ、どう罵倒する。早く来いよ。俺はもう覚悟はできている。いつでもいいからとどめを刺せ。くっ…殺せ。
「ごめんなさい!」
彼女の声が誰もいない教室に響き渡る。下げた頭をただ見ているしかなかった。それよりも自分の心にある動揺を隠しきるのに必死だった。
「あのときは、その、私のせいで。」
こんなキャラだったっけ。よく覚えていないがそういうことなのだろう。震える唇を力ある限り噛んで動きをとめる。彼女に気づかれないよう大きく息をすった。
「ま、まあ頭をあげて。」
彼女の目からは涙が溢れていた。一体なんのつもりなのだろうか。十割十俺が悪いというのに。そうだ。この機会を利用して俺は過去に犯した自分の罪から解放されることにしようか。
「どうして謝るのですか。」
「あなたは私のせいであんな目にあって。」
どうしようか。理由が分からない。新しい拷問かなにかか。ひたすら謝ることで相手に罪の意識を強く植えつけ、苦しめる。クソっ。いつのまにそこまで成長したんだ、阪峰さゆり。お前はそんな奴ではなかっただろう。まさか、この街が彼女をそうさせたのか。なんて恐ろしい。俺はこんなところに引っ越してきてしまったのか。畜生。こいつは困ったぜ。自分の運のなさを悔やむ。目の前では嗚咽をしながら泣いている女子高生がいる。この場を誰かに見られたらどうなる。間違いなく他の男子から敵意の目をむけられてしまうだろう。この教室いや、この学校から一人も味方がいなくなってしまう。廊下から軽い足取りが聞こえてくる。その行く先はこの教室だ。はめられた。これははじめから罠だったのだ。図ったな阪峰め。初めからこれが狙いか。だが残念だったな。俺にも手段というものが残っている。俺の演技力をなめるなよ。隣街ではカメレオンの赤月と呼ばれていたのを忘れていたのか。さあ、流れろ俺の涙よ。廊下の足音がドアの前で止まる。軋むドアが開かれる。
「赤月君、遅くなってごめん。」
小鳥遊だったか。この演技をする必要はなかったか。頬を流れた涙のあとをこすろうとしたが、小鳥遊の表情から感じ取ったなにかを察知し、慌ててその手を止める。
「どうしたの、さゆり。なにかされたの?」
しまったこいつは阪峰の仲間だったか。そうか。勘違いをしてはダメだったのだ。このクラスにいるのはまだ全員敵。
「な、泣いてないよ。大丈夫だって。」
なんだと。ただ純粋に俺に謝りたかっただけだったのか。それを勘違いしてしまって。俺はなんてことをしてしまったんだ。悔やんでも悔やみきれないぞ。
「え、でも泣いてたんじゃ。」
小鳥遊の口を遮り、阪峰は笑顔を浮かべた。
「ほら、笑ってるでしょ。泣いてないよ。」
赤月の目には阪峰の無理やりな笑顔が焼き付いていた。




