赤マントさんⅫ
汗で濡れた服で目が覚めた。あれは夢だったのか。荷物で山積みの部屋を見渡す。昨日と何も変化はない。突然、引っ越すことになった。まるで誰かから逃げるように街を出た。あの時の両親の顔はひどく怯えていた。なんだったのだろうか。考えてみたが混乱するばかりだ。階段を駆け下りて、台所へ行く。コップを一つ取り、水を注ぐ。熱くなった喉を冷めた水が冷やす。上がった鼓動が下がるのが分かった。ボサボサの髪の母が心配そうに眺めていた。
「眠れないの?」
「大丈夫だよ。」
俺は半笑いで応えた。母は頷くと安心した顔で寝床へ戻った。しかし、あれは本当に夢だったのか。再び水を飲みながら考える。どう考えても現実だ。夢にしては長すぎる。頭痛が襲った。少しよろめいた。気にしても仕方がない。余った水を捨てると再び寝床へ戻った。
翌日は学校だった。こんな世の中だというのに呑気に学校なんか行っている場合なのかと思ったが、従うしかなかった。まずは目先のことを気にしなければならないのは確かだ。自己紹介。何も考えてない。名前だけ言えば大抵の人々なら許してくれるだろう。先生に呼ばれ教室の扉を開いた。目に飛び込んできたのは過去の因縁とも言える。あの女が座っていた。阪峰さゆり。あいつだ。リコーダー事件のことはよく覚えている。今ではいい思い出だ。だが何故やつがここにいる?あいつは違う街に転校したはずじゃないのか。これも気にする必要のないことなのか。口を開けて驚く阪峰と目があった。最後に会った時とまるで変わっていない。それが俺の感想だった。それもそうか。阪峰が転校したのは俺がまだ中2のころの話だ。そんなに時は経過していない。
「じゃあ、自己紹介してもらおうか。名前と、何か一言お願いね。」
先生の明るい声が聞こえたが俺の頭はそれどころではなかった。この状況についていけないのだ。深呼吸をする。高鳴る鼓動を抑えるのはこれが一番効果的だ。
「えーと、赤月神楽です。よ、よろしくお願いします。」
声が震えていたのは分かっていた。誰も気にしないだろう。安心しろ、自分。
案内された席に座ると隣の女子が話しかけてきた。
「ねえ、どこからきたの?」
真っ先にその質問が来るのか。それもそうか。初対面かつ、転校生には最も応じやすい質問だ。ありがとう。俺は心の中でその女子生徒に感謝をした。
「と、隣町かな。」
思えば異性と話すなんて何年ぶりだ?リコーダー事件以来、俺は一人の女子とも話していない。男子からは異常なほど話かけられたが。慣れないことはするもんじゃない。親父がよく言っていた言葉だ。だが、回避しようのないことなら仕方がない。過去は忘れて頑張るしかない。
「へ、へえそうなんだ。」
女子生徒の目が泳いでいるのが分かった。そうかい。俺はやっぱりダメな子かい。
「部活とかって何する予定なの?」
部活か…。確かに何か始めた方がいい。それは俺の中でも分かっていた。しかし、運動系の部活というものは自分には向いていない、はずだ。となると、必然的に文化系だ。だが、ここで「文化系かな…」と返事をすると相手か運動系の部活に入っている場合「あ、そう。」と会話が終了してしまう。もちろん関係も終了してしまう。今、俺はこの子をキープしておきたい。優しそうだし、可愛いし。今日の俺はいつもとは違う。覚悟は決めてきたんだ。例え気持ち悪いと思われてもいい。やらなくて後悔より何倍もマシだ。
「えーと…何さんだっけ。」
「小鳥遊だよ。」
女子生徒の明るい微笑み。素晴らしい。
「小鳥遊さんって何部入ってるの?」
質問を質問で返す。まさに愚行。さて、これが吉と出るか凶と出るか。さあ、どっちだ。頼む。
「私?私はオカ研だよ〜。まあ、非公式だけどね。」
「へ、へえ。」
以外だった。君みたいな可愛い子がオカ研なんて陰湿な集団に入っているとは。以前の学校のオカ研の噂は酷いものだった。誰かを呪ったり、悪魔を召喚したり。この前かなんか生贄と称して先生を磔にしていた。まさか、この子もそうなのか。自分の引き笑いがバレたのかムスッとした顔で小鳥遊さんは言った。
「何、その反応。イメージ悪いのは分かるけどさ。もうちょっと隠してもいいじゃん。」
可愛い。
「でも今、特に入る部活決めてないんだ。オカ研、体験入部してもいい?見学というか、なんというか。」
小鳥遊さんの目が輝くのが分かった。可愛い…とは言えなかった。その瞳の奥には罠にかかった獲物を見る目をしていた。間違いない。
赤月くんはイケメンです




